慕情

雛形 絢尊

第1話

私は誰を探しているのか。初恋なのか。

夏は晩になる。この頃は少し肌寒い。

私は誰を忘れようとしているのか。

叶わなかった恋、それらを貪り食うように私はあの人に恋焦がれていたのか。

とても恋しい夜だった。それもそのはずあの人からの連絡があった。偶然だった。

私は即座に連絡を返そうとした。躊躇った。

ここですぐに返すなんて。

それからすぐに私は連絡を返した。

胸の動悸がおさまらなかった。

とても、それはとても。


夏草が茂る夜だった。僅かながら星も覗ける。

あの人は手を差し伸べてきた。私は躊躇わずあの人の手を握った。ものすごく温かい感触がした。

星なんて要らないほどに私は夢中になった。

それからの年月、順を追って恋を学んだ。

図書館では本を読んだ。あの人は分厚い本を読んでいる。第四章が終わったあたりであの人は眠りについていた。そんな私も読んでいた本を閉じてあの人を見つめることにした。

海にも行った。それでこそ砂浜で海を眺めている。それだけだ。それだけでよかった。

あの人は一昔前の文学を読んでいた。

あの日は雨が降り出した。走って屋根のある建物に駆け込んだ。あの人の本は濡れてしまった。


秋になった。あの人は英語を学び始めた。それは拙い、止まり止まりで。私はあの人の声が好きだった。

低く、優しいあの声が。あの人は覚えたての英語で私に愛を告げてくれた。

私たちはその足で川辺に来た。まるで子供のようにはしゃいだ。

秋の紅葉を観ながら色々なことを話した。それはとてもいっぱい。生まれや育ちのことや、あの人のことをより深く知れた気がした。季節はあなたを追い越した。


そうしてまた移り変わり季節は冬になった。

あなたと見る雪景色がとても好き。

蛍みたいだといった。すぐ溶けてしまうのに。

2人で一つの毛布で暖をとった。私たちだけの世界だった。このまま時間が止まって仕舞えばいいと願って目を閉じた。

そうして年が明けていく。こんなにも早く。

あの人は時々消えてしまう。目の前からいなくなってしまう。

それが夢になって私は夢と現実の狭間がわからなくなってきた。

あの人はまた消えては現れ、幻のようになっていく。

蜜蜂が飛んでいた。花の香りがする春になった。


あなたはいた。陽炎のようにその場所にいた。

そのまま時間が止まってしまったようだ。

それともゆっくりと時計が動いているのか、私には何もわからなかった。

あなたの言葉が残されていた。


私はここにいます。

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