その後 高橋さんと鈴木くん(あるいは高橋さんと各々)

「あ、あの、小林さん、これ」


 佐藤がそう言って、先生に頼まれたのか小林に何かプリントを手渡そうとする。


「あ、ありがと」


 小林は目も合わさずに軽くお礼を言うと、プリントをさっと取ってしまう。

 呆気に取られた様子の佐藤は、すぐにその場を離れていく。


 ぎこちなさすぎだろ。


 小林と佐藤の一緒の登校? が最後の決め手か、二人の関係は変な風にこじれてしまった。

 それまでの一手に関わってしまっているためか、あたしはどうにも気が重くなる。



 男女数名で遊びに行った、あの日の放課後。


 カラオケに行って楽しんでいたところ、あたしはちょっと退室してトイレに行っていた。

 トイレから出ると、その日の交遊を持ちかけてきた色男、鈴木とばったり会った。偶然、同じ時間にトイレに行きたくなったのだろうか。


「高橋、ちょっといいか?」


 そんな風に呼び止められる。


「何?」


 みんなでいる楽しい空間に早く戻りたい気持ちはあるけど、断固拒否する理由もない。


「佐藤と小林なんだけど、何かおかしくないか?」


 ぎくりとした。

 あたしはその理由を知っている。

 でも、ここはごまかしてみようか。


「おかしいって、何が?」


「いや、ギクシャクしてるっていうか。前はあんなんじゃなかっただろ」


 そうだね。


「気のせいじゃない?」


 ああ、何で佐藤は今日来たんだろう? いつもこういうのは来ないのに。


「お前、何か知ってるんじゃないのか?」


 知ってます。

 何なら、あたしも少し関係してます。


「その顔は、知ってそうだな。安心しろ、俺も知ってる」


 は?

 こいつ、知らない振りをして聞き出そうとしていたのか。この野郎。


「最初からそう言えよ」


「小林がお前に言ってなくて、佐藤が俺に言ってる状態だとしたら、二人だけのことを他の人に言う佐藤って最低だねとか何とか言って、それ以上話ができなくなるかもと思ってな。悪いとは思ってるよ」


 本当か。顔がそう言っているとは全く思えないんだけど。


「原因は何だ? 今日の朝、一緒に登校した件の前に何かあると思うんだけど、聞いているんだろう?」


「鈴木に言わなきゃいけないわけ?」


「わけはないだろうが、もし理由が理由なら誤解かもしれないし、誤解なら解いてやりたいからな」


 友達思い、ということか。


 鈴木は女子に対して軽薄なところがある。彼女がいなければ、複数人と何回デートに行っても構わないだろうというタイプだ。

 同じタイプの女子にはもちろん人気。そうでない女子にもまずまずの人気はある。顔がいいうえに社交的で話が面白いのもあるだろう。だからこそ、今回の交遊もオーケーしたわけで。


 節操がないようで、あたしはごめんだけど。

 男友達に向けているその熱い感情を、少しは女子にも向けて見せろなんて思う。


「あー、聞いてるとは思うんだけどさ、彼氏の有無を聞いたのはまずかったね。あれで小林が警戒しちゃって」


「やっぱりか」


 鈴木もそう思っていたか。


「誤解があるとしたらそこだ。おそらく、自分が好意を持たれて狙われているとでも思ったんだろうけど、あいつはそんな奴じゃない。ただ、本当に彼氏がいたらやり取りそのものが迷惑になると思って聞いただけなんだ」


「あたしも、その可能性はあると思っていたけど」


 思っていながら、あたしはその意見をメッセージで強く推さなかった。どちらかといえば好意を持っている派ではあったけど、佐藤が鈴木の言うとおりの人なのだとしたら少し申し訳なく思う。


「だったら」


 鈴木はそこで言葉を切った。

 説得してもよかった。あるいは、説得してくれないかだろうか。

 そうだと思って話を続ける。


「それでも、これから好意を持つ可能性は十分あるわけでしょう?」


「これからなら、別にいいじゃないか」


 あたしは首を横に振る。


「それも踏まえて、最初から無理だとアピールしたかったんだと思うよ」


 その方法を教えたのはあたしなわけで、これも少し心が痛む。


「それは、少しあんまりじゃないか?」


「だって、全くその気がなくて、これからも持てない人に好意を持たれるってのはさ、とても怖いんだよ。リスクがあるっていうかさ。あたしたちは、男子にはまず力で勝てないわけ。暴力に訴えてこられたら終わり。自分が興味あって近付いた人ならさ、百歩譲って自業自得でもいいよ。でも、向こうから来て勝手に好きになられて、曖昧な態度を取っている内にそういう手段に出られたらなんて納得できない。そりゃあ断っちゃうよ。鈴木は佐藤を信頼しているようだけど、小林もあたしも佐藤のことは知らないんだから」


 弟が中学生になったあたりの出来事を思い出す。

 家で弟をからかったことがあって、その時に弟があたしを手で振り払った。

 思いがけない力に、あたしはよろめいて壁に激突した。

 弟は謝ってくれたし、弟を嫌いになったわけではないけど、子供のころの力関係は完全に逆転していることを思い知らされた。同時に、男子の力というものも。


 男子の力と、それに対しての恐れ。でも、決してそれが全てではない。佐藤を傷付けた言い訳も含んでいることを、あたしは自覚していた。だからこその苛立ちを、あたしは鈴木にぶつけてしまう。


「何なんだよ。折角の楽しい時間にさ」


「悪い、本当に。俺が悪かった」


「なら、あたしはもう行くよ」


「ああ、俺は用を済ませてから行くよ」


 そう言って、鈴木はトイレの中へと入っていった。


 呆れた。トイレも本当だったのか。

 一体どちらがついでだったのか。いや、鈴木は佐藤の件をどこかで話そうと思っていて、たまたまいい機会が用を足したいタイミングと同時に訪れたというところか。そう思っておこう。思わせろ。


 使用しているカラオケルームに戻ると、男子の一人が熱唱していた。周りもそれなりに盛り上がっている。

 元々座っていた場所に座ると、小林が心配そうに聞いてくる。


「大丈夫? 随分と遅かったけど、具合でも悪い?」


 優しい口調だ。いい子なんだよな。そんないい子を、あたしは少しからかってみる。


「いや、別に。ちょっと鈴木に口説かれてただけ」


「ええ?」


 小林が更に心配そうな顔をする。

 周りを軽く見ると、こちらを気にする様子のある人物はいない。カラオケの音で、あたしたちが何を話しているかは聞こえていないようだ。分かって言ってはいるのだけど。


「冗談。少し話してただけ」


「何を?」


「カラオケが終わった後のこと。ほら、人が歌ってるんだからさ、ちゃんと聴いてあげようよ」


「う、うん」


 小林はまだ何か聞きたそうだったけど、それ以上はもう何も言わなかった。


 そして、カラオケもその後も、小林と佐藤は一線を引いたようにずっと気まずいままだった。



 それから数日経ったけど、小林と佐藤、二人の距離感は変わらなかった。

 最初に口を出したあたしが小林に今更「佐藤、やっぱりいい奴だよ、うん」なんて言うのは気が引けるし、佐藤にはなんか申し訳ないし。


 ああぁぁ、もう!


 放課後、あたしは動いた。帰り支度をしている佐藤の元に行く。


「佐藤、あー、あのさ、この前、折角一緒だったのに連絡先交換してなかったろ? 折角だからしとこうよ」


 佐藤が事態を把握できないような顔であたしを見る。

 それはそうだ。数日経ってから、急に連絡先を聞いてくるあたしを変に思ってもおかしくない。


「う、うん。いいけど」


 佐藤が戸惑いながらも応じる。

 言わせてる、やらせてるみたいだ。なんでこんなことに。


 無事に交換が終わる。


「よっし。なんか話したいことあったら、いつでも連絡くれていいから。あたしも、構わないよね?」


「それは、もちろん」


 嬉しそうじゃないな。小林のことがあって警戒しているのでなければ、こちらが凹む。


「それじゃあね」


「じゃ、じゃあ。また、明日」


 ぎこちなく佐藤が言葉を返してくる。

 あたしはそれを少しおかしく思いながら、手を振って佐藤の元から離れた。


 小林の代わりにはなれないかもだけど、あたしが少しは相手をしてあげるよ。鈴木の言ったとおりの人であるかどうかも、この目に見せてもらおうかな。


 少しは、楽しませてもらおうじゃない。

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よければ、君とお話を 成野淳司 @J-NARUNO

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