陽が沈んで、また昇る。
あれから何度も季節が巡った。
病院の裏側。件の家に面した庭の片隅。
そこにひっそりと建つ墓へ夏の終わり、花を供えた。墓と言っても、手頃な大きさの石を加工もせず設置した簡単なもので、旧時代の人々が見れば犬猫の墓と勘違いしたかもしれない。
初めてここへ来た時は、雑草に紛れていたせいで『そこにある』ことにすら気づかなかった―――兄曰く、マヤさんの墓であるらしい。かつてはそれ一つだけがぽつねんと建っていたのだけど、今は二つの墓石が寄り添うように並んで置かれている。
あの日から約一年を掛けて、兄は心残りを片付けて死んだ。その、最後の仕事の一つがこれだ。兄と僕、二人で遺骨を埋めて作った、ソウマさんの墓。
瞼を閉じると墓前に座り込んで両手を合わせ、祈るように頭を垂れた兄の姿が眼裏に浮かんだ。
「一人じゃ、できなかった」
ありがとう。
帰り道、瞳を細めてそう言った兄が、泣いていたのか、笑っていたのか、今ではもう判然としない。実のところ、当時もよく分からなかった。だから、ふとした時に繰り返し考えてみるのだけれど、記憶の中にある兄の表情は細部がだんだん不確かになり、どちらであったか、どうしてもはっきりしないのである。
兄の語った『忘れる』というのは、きっと、こういうことなのだろう。
抜け落ちるほど、寂しくなる。
堪らなく寂しくなったら、図書館へ行く。そうして中庭にある小さな墓を眺めつつ、兄のことを、兄の最期を思い出すのだ。記憶は次第ぼやけていくのだけれど、その分、魂に焼き付いた
時折、死後の世界について考える。
存在するのか、しないのか。理屈ではどうも、しない気がする。しかし決めつけては詰まらないので、もしあったら、と想像してみる。
旧時代の人々は、あの世にはいくつも種類があると考えたらしい。悪人が行き着く苦しいあの世、善人が辿り着く幸せなあの世―――それらは語り手によって姿形も性質もがらりと変わり、天の上、地の底、山の奥、海の彼方、あらゆるところに立ち現れる。いずれにしても大抵は、語り手の生きた場所に紐付く何かが想像されるものだろう。
僕の場合は、島だった。
この島が必ず頭に浮かぶ。
現実と違うのはただ一点、そこに兄がいることで、兄は日溜まりで本など読みながら、僕が来るのをのんびり気長に待っている……………
僕の全てはここにある。ここ以外のあの世は想像できず、しかし兄がいるのなら、僕にとってそこは概ね、天国、極楽―――呼び方は様々あるものの、とにかく楽園と言って差し支えのない場所であろう。
さて。
僕の過ごしている今は相変わらず、観なくても別に構わない
陽が沈んで、また昇る。
エンドロールは終わりに一歩近づいた。
新しい今日が始まる。
どこにも続かない虚しい今日が。
いつか
いつか楽園へと至る今日 白河夜船 @sirakawayohune
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