ドリフティングG

天夢佗人

第1話 リアル・ドリフト

 紅葉深まる秋の空シベリアから吹き付ける冷たい風が北の山脈を通り抜け、空っ風となって押し寄せて来るこの季節。

 ここ群馬県みなかみ町にあるサイクルスポーツセンターで俺はあるイベントに参加していた。

 そのイベントとはこのサイクルスポーツセンター、略して『群サイ』のコースを一部使って自転車では無く車で走ると言うイベントなのである。

 峠のコース幅は車1台分が走れる幅でエスケープゾーンなどは無く路面も荒い、何かあればすぐに事故ってしまうと言うちょっとした危険でスリルのある楽しいコースなのだ。


「よぉ〜、群城くん調子はどうだい?」

「あっ、滝川さん。こんちわっス」


 ビデオカメラを回しながらやって来る小太りで眼鏡を掛けたこの人は『ドリドリマガジン』編集長の滝川さんだ。

 どうやら俺達、ドリフトドライバーの取材に来てるようだ。


「いつも日光サーキットに居るけど今日は群サイなんだね」

「ええっ、なんたって年に一度の祭りですからね」

「ワンメイク祭りで血がたぎるって事だね。それにしても群城くんの86はいい音してるね〜」

「86と言うより実際は85なんですけどね。確かにエンジンや足回り、排気系などは変えていますけどね」

「おっ、じゃ〜85改だね。綺麗な車体で30年前の車とは思えない程だよ」


 85やら86やらわからない人も居ると思うが、俺の乗っている車は昔のトヨタ車で1983年に生産されたAE85型ハッチバック式3ドアのスプリンタートレノと言う30年以上前の車だ。

 AE85型は85PSと非力でパワーが無く、AE86型の130PSに比べると不人気で購入を敬遠したくなるのだが車体だけで考えれば86より値段が安く、事故車が少なく購入しやすいのだ。

 それにエンジンを別物に交換したり、それに従う足回りやコンピューターCPU系を交換してしまえば85も86も無いわけで、もはや外見以外は別物と言っても過言では無い車になってしまっているのだ。


「群城くん、エンジンルームを見せてくれないかい」

「どうぞ」


 85改のボンネットをパタンと開けるとエンジンルームにはE92型のエンジンが搭載して有り、カムやピストン、ミッション、吸排気系までもが変更しているのでパワーがかなり上がっている。


「おおっ、これは凄いじゃ無いか! どの位出るんだい?」

「お金掛けましたからね。おおよそ180PSぐらいですかね」

「過給機無しでそこまでなら上等じゃないか〜これならここ群サイでも楽しめそうだね。カッコいいドリフトを期待してるよ」

「ありがとうございます」

「それじゃ〜他の人にも取材するからこの辺で」

「はい、またよろしくお願いします」


 滝川さんと別れた後、俺は今日のエントリーを済ませようと受付に行く。


「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「群城さんですね、群サイ86ドリフト際にようこそ。こちらパンフと参加賞と同意書になります。どうぞ」

「ありがとうございます」


 パンフと参加賞の鳥弁当を貰い、同意書にサインをする。


群城勇ぐんじょういさむ、ドリフト歴は4年っと……この祭りの関連に同意しますっと……」


 同意書とはどんな事かと言うと『この群サイで車を走らせて事故を起こしても主催者やその関係者には一切関係は有りませんから全て自己責任でお願いします』と言うサインだ。

 同意書を受付に渡し、俺はゆっくりと他車を眺めながら自分のパドックへと戻って行く。

 周りの皆んなはそれぞれ個性豊かな86や85を持ち込こんでおおよそ、100台位は居る人達が群サイに挑もうとしているのだ。

 ターボやスーパーチャージャーの過給を積んだ車もいればレーシング仕様並みのエンジンにスポンサーステッカーを貼り付け、派手な塗装をしている車もいる。

 逆にボロボロで『こんなので走れるのかよ!』っと言う車さえ居たのだった。

 そして俺の車はと言うと青一色のストリート仕様のAE85改だ。


「さて、フリー走行だし軽く走って車の状態でも見ますか」


 自分のパドックエリアに戻ってからバラクラバーを被りヘルメットを付ける。バラクラバーをなんで付けるかと言うと、頭や顔を火傷から防ぐ為のフェイスマスクで有ると思ってくればいい、いざと言う時に役に立つのだ。

 そんな時は来ない方がいいのだが……。


 85改のドア開け、乗り込むとバケットシートに俺は包まれるように座り込む。

 エンジンを掛け、体に5点シートベルトを取り付けるといつも聞き慣れてる4AGのエンジン音が心地よいサウンドを鳴らし、快調で有る事を示している。


「いいエンジン音だ、今日も快調だ」


 右手はハンドルを握り、左手でシフトレバーを1速にして左足でクラッチを緩めながら右足でアクセル踏み込むと85改は前へと進んで行く。


「練習がてらに広場に行って軽く走ってみるか」


 ピットエリアから離れ、多目的広場に向かって行くとマーシャルの手が止まれの合図をして俺の車を停車させる。

 周りに車が居ない事を視認で確認するとGoサインを出して俺の85改に行くように指示を出す。

 それに合わせて俺はゆっくりと85改を進め、ある程度の場所からアクセルを全開で踏んで行く。

 パイロンと白線のラインで作られた簡易的なコースは広場と言う事も有り、全域が見渡す事が出来てどの車がどの位の距離で走って居るのががわかる状態だ。

 このコースは単純だが横幅も車2台分が余裕で並んで走る事も出来て追走の練習にもなる所だが、車の調子を俺は見たいので距離を取り単独で走り回った。


「まぁ〜こんな感じかなぁ」


 通常運転の限界を超え、4輪のタイヤをスライドさせて曲がりながら進行方向と逆にハンドルを切りながら絶妙なコントロールで走るのがドリフトだ。

 その走りでウォーミングアップを1〜2周走り終えると自分のパドックへと戻り車の様子を見直す。


「タイヤはこのまま2.5気圧で大丈夫だなぁ、他も問題無さそうだし一丁峠でも攻めて見ますか」


 水分補給をしてからバラクラバーとヘルメットを付け85改に乗り込む。

 エンジンを掛け、パドックエリアから離れ本線のコース前へと近づくと、こちらにもマーシャルが立っており他の車が居ないか確認して安全なマージンを確保してコースへ入るよう合図を出す。

 それに合わせ走り出すと最初のコーナーが現れるがそこは急激なヘアピンでパワーを掛けリアをスライドさせ曲がり込んで先に行く。

 その先には数本のパイロンが置いて有り、ここがスタートラインである。


「ここからGoだなぁ」


 スタートラインで一時車を止め、深呼吸をする。

 峠コースは1.6キロのショートコースで時間にしたら一周2分ちょっとと言う所だろうか、今からそこを走るのだ。


「スーッ、ハァー!」


 気持ちが入った所でクラッチを緩めながらアクセルを踏み込むと車が走り出す。

 前側のエンジンからプロペラシャフトで後輪へ伝えるFRの動力は、力強くタイヤに行き渡り85改を蹴り出すように押し出す。

 シフトを1速から2速へとシフトチェンジし、次のコーナー直前までには3速までシフトアップする事が出来る。

 ここまでに時速140キロを超え、コーナー入り口手前に来ると今度はコーナーを曲がる為にスピードを落として制動を掛け、左足の前足トーでブレーキを掛けながらヒールでクラッチを切り、2速にシフトダウンして回転数を合わせる。

 車体はと言うとグリップ走行をしている訳ではないのでコーナー手前で一旦旋回方向の逆にステアリングを切ってアンダーステアーを出した後、今度は進行方向にハンドルを切りオーバーステアーにする事で意図的に誘発させてドリフトへと持って行く。

 そしてハンドルをまた進行方向の逆に切ってカウンターを当て、フェイクドリフトで抜けて行くのだ。


 峠コースはあえて上り坂を多くしたショートコースにしてある、下り坂が多いとスピードが乗り過ぎて制御出ず、事故が多発しやすいので出来るだけ事故を少なくする為に防止対策として登りを多めにしているようだ。

 まぁ〜元々は自転車が走るコースなので森林が多く、辺りの視界は木々で見えずサーキットコースと違い凸凹が多いので危険性は高い。

 対向車が来る訳が無いが丘が多く、ブラインドコーナーばかりで先が見えずらいので各コーナーにはマーシャルが立っている。

 何かしらで事故を起こしたとしてもフラグで危険を教えてくれるので全開で走り抜ける事が出来るのでまさに公認された峠と言えるのだ。

 俺はそんな中を走り抜け、ドリフトを楽しんでいた。


「よし、いい感じで走れてるぞ」


 直線では140キロオーバーのスピードを出し、そこから減速してドリフトの体制を作りコーナーへ進入して行く醍醐味はサーキットとは違うスリルと緊張感が味わえる。

 そして綺麗にドリフトが決まる瞬間は頭の中がハイテンションになり、その欲求がどんどんと増して行く。

 時間が経つに連れギャラリーも各コーナーで増え続け、更に気分が盛り上がると派手なドリフトへと変わって行った。


「うひょ〜人が増えて来るなぁ〜いいとこ見せないとなぁ」


 1周目を終え、2周目に入ると後ろから知り合いの真っ赤な86トレノがやって来る。


「あれ、沢村さんじゃないか?」


 普段はAE86を専門に板金修理をしている沢村さんだ、今日は愛車の真っ赤な86で遊びに来たようだった。

 その沢村さんは俺の後にビッタリと付けると追走をしてドリフトをして来る。

 ギャラリー達もそれを見て大興奮をして歓喜を沸かせ、片腕を上げて応援してくれている。

 ギャラリー達の歓喜でハイテンションになる俺は有頂天になり過ぎてる事も知らず、走り続けていた。


「沢村さんが後に着いたし、日光サーキットで培った技を見せつけてやるぜ!」


 右に左に激しく回すハンドル捌きと、スピードコントロールするアクセルワーク、そしてドリフトの微調整をする為のサイドブレーキで走り抜けて行く。

 だが追走してくる真っ赤なAE86は俺を信頼しているのか臆する事無くピタリと張り付き離れる事は無かった。


「すげ〜よ沢村さん。後追いの方が難しいのにこんなに近くまで張り付くなんて……群サイに来てよかったぜ!」


 ドリフトをし、スキール音を鳴らしタイヤスモークを上げながら走りを続けるといくつか先のコーナーで、観戦をしている女性の腕から1匹の白い猫が溢れこぼれ出し、コースの真ん中へと飛び出してしまう。


「ミィーちゃんダメー!」


 それに気づいたマーシャルが赤旗中断のフラグを振るのだが俺は後ろの真っ赤な86に気を取られ気づかず走り続けでしまった。

 後続の真っ赤なAE86はすぐに気づきスピード落とし、段々と俺から距離を取り始め離れて行くのだが、俺はそれが自分のテクニックで振り切り勝ったと思う過信をしてしまい喜ぶのも束の間だった。


「ん、距離が離れた……俺、もしかしたら沢村さんに勝てたのか? ンッ? ナニッ!」


 サイドミラーで離れる沢村さんの86を見た後、前方を見ると白い猫がコースのド真ん中で怖がり丸くなってうずくまっているのを発見する。

 それを見た俺は咄嗟とっさにハンドルを切り白い猫を回避するが外側のガードレールを突き破り、谷底へと転落してしまう。

 AE85改は前側から真っ直ぐに数メートル落下してフロントが大きな木にぶつかると潰れ、俺はその大きな衝撃で気を失ってしまうのだった。

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