第2話 入院
あれから数日が経つ、麻酔が切れ意識が戻り始めると同時に激痛が走り俺は目を覚ます。
「うっ、いてててっ痛て!」
左足はギプスで固め吊るされ、首も固定されている。
その下はと言うと体全体に包帯でグルグル巻きにされミイラ男の状態でベットに横たわって居たのだった。
「あっ、群城さんお目覚めになられたのですね。今、先生を呼んで来ます」
俺を看護してくれている茶髪で若作りなおばさま看護師は、そう言って担当している先生を呼びに行ってしまった。
「ここは? 病院か……確か猫を避けて85ごと谷底に落ちた所までは覚えているんだが……あれからどうなったんだ? いてててっ」
どうやら群馬県のM市にある大きな病院の集中治療室に、1人横たわって居る俺は今喋った事を全て帳消しにする程の激痛が走り、まだこの世に生きている実感と、余りの
「くそ〜っ、いて〜、あの白猫さえいなければ今頃は……」
愚痴っていると眼鏡を掛け、ヒョロ長い担当医の男性が現れて俺の様子を伺いに来た。
「こんにちは群城さん、お話しは出来ますか?」
「あっ先生、喋れますけどめちゃくちゃ痛いんです……どうにかなりませんか?」
俺の意識はしっかりとしている分、痛みもはっきりとして激痛が続いていた。
「それじゃ〜後で鎮痛剤を射っておきましょう。それと今回、群城さんの状態なのですが左足の複雑骨折、腰椎圧迫骨折、左右両肩の脱臼にむち打ち症とかなり重症な状態です。回復には3ヶ月あるいは半年以上掛かるかもしれません」
「そんなに〜! いたたたたっ」
担当医のヒョロ眼鏡先生は左手でカルテを持ち、もう片方の右手で眼鏡を持ち上げて症状を読み上げ、説明してくれた。
俺は余りにも長い入院に驚きながらも、今後の人生を考えてしまっていた。
(3ヶ月以上の入院って……これ、今の仕事場はどうなるんだ? それに改造したAE85の修理費だってまだ払いきって無いのに……)
考えれば考える程ど、落ち込んで行き、顔は真っ青へと変貌し肝さえ凍る思いだった。
「それと群城さん、言いづらい事なのですが……」
「はい?」
ひょろ眼鏡先生は俺にショックを与えない様に言葉を選んではいるようだが結局、素直に話すようだった。
「群城さん、貴方は先程言ったように腰痛圧迫骨折と左足の複雑骨折、それに両肩の脱臼をしています。そして今後の回復次第ですが……もしかしたら私生活の中で支障が出る部分が現れるかもしれません。覚悟して頂きたい……」
「えっ! それって車の運転にも影響するんですか?」
これから先、実車でのドリフトが出来なくなる事を危惧した俺は不安ながらに問い掛けたのだった。
「一般的な運転なら腰痛用コルセットと痛み止めを服用すれば平気だと思いますが……激しい、特にレースの様な深いシートに乗っての運転は難しいと言えるでしょう」
「そんな……」
体が治り復帰をしたらまたAE85改に乗り、ドリフトをする予定だったがその言葉を聞き心が折れそうになった。
だがある事を思い出し、それに望みを掛けヒョロ眼鏡先生にもう一度質問をしてみる事にした。
「体の回復、そうリハビリで何とかなりますよね」
TVのニュースとかで頑張ってリハビリを重ねて体を克服した例を思い出した俺はそう尋ねるのだった。
「群城さん……今の最先端医療でも可能な物と不可能な物が有ります。確かに重症になった人が完治した例がありますが、それは一例であって100%では有りません。ですので私からはっきりと治るとは言え無いのです」
「そうなんですか……」
しょぼくれながら
「群城さんはまだ24歳、若いのですから骨格形成も細胞の入れ替わりも早いでしょう。しっかりとした養生とリハビリをすればもしかしたら完治が出来るかもしれませんよ。頑張って下さい」
絶望の中に有る1つの希望、それはパンドラの箱と同じで俺はそれにすがる思いで努力をしようと思ったのだった。
入院をして1週間後痛みが少しづつ和らぐが、ギプスで固められた場所が痒く、体も部分的な所を濡れたタオルで拭く程度しか出来なかった。
そして俺は集中治療室から大部屋へと移される。
面会も出来るようになり、色んな人が俺の所に来てくれた。
「群城くん、体調はどうだい?」
1番初めに来たのは群サイで俺の後ろで追走してた沢村さんだ。
髪の毛が薄く、堀の深い顔立ちが印象的だ。
「沢村さん、お見舞いに来てくれてありがとうございます」
「それにしても凄い状態だね〜。まるでミイラ男じゃないか」
「あははっ、お恥ずかしい……所であの後、俺の85改はどうなりましたか?」
今は自分の体を治す事が先決だが、それでも乗り続けていたAE85改が気になり聞いて見てしまっていたのだ。
「そうだよ、それを言いに来たんだよ」
左の手の平を下にして右手拳でポンっと手の平を叩いた。
話しを聞くと俺はあの時、マーシャルの赤旗中断を見過ごして時速100キロの勢いで走っていたと言う、沢村さんはそれに気付き自身は減速をしながらリトラクタブルライトを開き、パッシングで俺に合図を送ったが有頂天になって周りが見えて無い俺にはその事がわからずに猫が居るコーナーへと突っ込み、避けられずにガードレールを乗り越えて谷底に落ちたのだった。
数メートル落ちたAE85改はフロントから大木にぶつかりクワガタの様に凹んでしまっているらしい。
その時の俺はと言うとロールバーがあったお陰でコックピットは保たれ潰れる事が無く守られ、シートベルトをしっかりとしていたのでフロントガラス側へ飛び出す事も無かったのだ。
それでも
残った85改はと言うと、ウインチ付き
「群城くん動けるようになったらAE85を見に来るといい、そして廃車にするかどうするか決めてくれ。それまではそのままにしておくからさぁ」
「ありがとうございます。沢村さん、後の処理までしてもらって……」
「いいって事さぁ。それと礼は俺だけじゃ無く他の人もしてやってくれよ、君の為に皆んなが動いてくれたんだからさぁ」
「はい、わかりました」
「後さぁ、今回怪我して不運だとは思うけどそれでも五体満足で生きてる事に感謝しなよ。これから何があってもさぁ」
「はぁ……」
沢村さんはそう言って去って行ってしまった。
その後は知人達がやって来てる、ドリフトをして仲良くなった人達だ。
「よぉ、群城! 元気してるかぁ〜?」
「お前、この姿を見て元気もクソもないだろう」
「おっ! スゲ〜包帯だらけじゃん、ミイラ男だなぁ〜」
2人は俺を指差し、爆笑していた。
「お見舞いに来たのか、冷やかしに来たのかどっちなんだよ」
2人はいつもこう言う感じで場の空気などお構い無しに自分のペースで話して来る。
「ん? お前を
「お前ら、2人共帰れ!」
そんな会話を続けていると病院で有る事を忘れ俺達は大はしゃぎし過ぎて看護師に怒られてしまう。
「貴方達。ここは病院よ、静かにしなさい!」
『はい』
「そんじゃ〜また日光サーキットで会おうぜ、待ってらからな」
「ああっ」
2人は速攻で追い出され出禁にされてしまった。
今度は会社の上司がやって来て案の定、解雇通知を言い渡された。
「群城くん、申し訳ない。真面目に働いているのを考慮して上役に話したんだが……趣味での事故で長期休暇は会社では認めて貰えないのだ。許してくれ……」
「わかりました……わざわざのご報告ありがとうございました……」
自分の働いている会社はブラックに近いグレーな企業で病気での長期休暇申請ならまだしも、趣味で事故を起こして長期休暇など許してはくれず、無慈悲にも解雇処分を言い渡されたのだ。
「さて、これからどうしようかなぁ〜」
病室の白い天井を眺めながら先の事を悩むが答えなど出ずただ群サイで猫を避けて落下した、あの時の事ばかりを思い出し1人むしゃくしゃして腹を立てていた。
「くそ〜っ、なんであんな所に白猫が居たんだよ! アレさえ居なければ俺の夢が叶えてたかもしれないのに……」
俺の夢……それはD1、いわゆるドリフトグランプリに出る事だった。
日光サーキットで沢山練習し、今回この群サイに滝川さんの様な有名な雑誌記者やD1のスカウトをしに来るスポンサーにアピールをしたかったのだが残念ながらこの有様なのだ。
「結局、俺は運の無い男なのだろうか……」
病室で不貞寝しては目覚め、起きてる時は群サイの事故った事を思い出してはまた怒り、不貞寝する毎日を繰り返して物事の先に進む事はなかった。
そんな腐った1ヶ月を寝て過ごすと痛みも楽になりCTスキャンで体の状況を診てもらい、ひょろ眼鏡先生から歩く許可が貰える。
「体もいい感じに回復してるし、そろそろ動いてもいいでしょう。少し歩いて見ますか?」
俺は『はい』と答えベットから降りる用意をして腰痛用のコルセットを付け、松葉杖を突き立ち上がろうと右足に負荷を掛けた途端に筋力が無い事に気づき床に倒れこんでしまった。
『パタン』っと床に座り込むと骨折した所々の場所が激痛に襲われ叫んでしまう。
「いてててててっ」
「大丈夫ですか? 群城さん」
看護師に支えられなんとかベットへと戻される俺は自分の歯痒さと悲しみに嘆いた。
「くそ〜っ、なんで俺がこんな目に……」
仕方なくベットで出来る負荷運動を考え、少しづつ筋肉を付ける事から始めた。
負荷運動だけをしてると暇なのでスマホでYouTubeを見る事にした。
アニメやエンターテイメントも見るがやっぱりドリフト画像を見てしまう。
俺はドリフトで有名な人が車載カメラで群サイの映像を投稿してたのでそれを見る事にしたのだった。
「この人、有名だからなぁ〜走りが凄いんだよなぁ〜」
だが、その人がコーナーでドリフトをしている時に、ある物体が道の真ん中に居る事に俺は目を疑った。
「えっ! 嘘?」
動画には白い猫が現れ、その有名人が
「いや〜今日の群サイ、楽しかったですね〜。公認された峠を走れるなんて最高です。道もクリアーで楽しいですよ」
「さっき猫を轢いてクリアー? 嘘だろ!」
俺は慌てて他の人が群サイで走っているのを見る。
やはり、とあるコーナーに白猫が現れ轢いてゆくのだ。
「ま、まさかこれ見えてるの俺だけ……」
心的外傷……外的内的要因により肉体と精神に障害を受けて俺はトラウマになっていたのだった。
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