第4話

第1話のシナリオ




■場所:舞台の中央


スポットライトに照らされた楫鳥かじとりが深く礼をする。

顔を上げ、ニヤリと笑う楫鳥。


楫鳥「この度のご観覧、厚く御礼申し上げる。俺は楫鳥。最高にイケてるナイスな小鳥だ」


目を閉じ、右翼を大きく掲げる。


楫鳥「これからお目にかけるのは、愛と血煙の冒険譚アバンチュール旭光きょっこうを求めながら宵闇を駆け抜けた、一人の男の物語」


目を開けると、今度は左翼を掲げる。

楫鳥の背後に映し出される一枚の汚れた写真。

リボンに袴の薫子とインバネスに青色眼鏡の佐伯が並んで映っている。


楫鳥「時は仮想20世紀初頭。とある極東の島国にて。襲い掛かるは運命の奔流、はてさて男の行末やいかに……」


スッと居住まいを正し、口元だけで薄く笑う楫鳥。


楫鳥「それでは『あの子は閣下の掌中の珠』。ここに幕開けだ」


再び深く礼をする楫鳥。

暗転。


■場所:公園(夕)


人影はまばら。

木陰で寝ころび、本を日よけに眠っている佐伯。

佐伯をのぞき込む薫子。


薫子「ちょっと」


無反応の佐伯。


薫子「ちょっと! 佐伯さん!」


本をずらして薫子を見る佐伯。


佐伯「これはこれは。どちらのご令嬢かと思えば薫子チャンではないですか」


ムッとしている薫子。


佐伯「どうしました。怖い顔をして」

薫子「どうしましたじゃないです! お兄さまがお待ちですよ!」

佐伯「清孝が?」


起き上がる佐伯。

そっぽを向いて頬を膨らませる薫子。


薫子「あんまりお兄さまに迷惑をかけないでくださいな!」

佐伯「薫子チャン」


薫子、振り向く。

身をかがめた佐伯と目が合う。

真剣な表情の佐伯に見つめられて真っ赤になる薫子。


薫子「えっ、さ、佐伯さ」


佐伯の手が薫子の肩口に伸びてくる。

思わずぎゅっと目をつむる薫子。

薫子の髪についた葉っぱを取り上げる佐伯。


佐伯「ほら、取れましたよ。葉っぱ」


薫子、その声にパッと目を開ける。

にっこり笑う佐伯。

真っ赤な顔のまま唇を噛みしめる薫子。


佐伯「薫子チャン?」

薫子「なんでもないです! 早く来てください!」


佐伯を置いて歩き出す薫子。

佐伯、すぐに追いつき隣を歩く。

父親と手を繋いだ小さな女の子とすれ違う二人。

少女、ニコニコと歌っている。


少女「とおりゃんせ、とおりゃんせ!」


離れていく二組。


■場所:日下部邸・清孝の部屋(夕)


ドアの前でむくれている薫子。

困った顔で笑う清孝。


清孝「そんな顔をしないでくれ」

薫子「小説の話をなさるんでしょう? 私も混ぜてくれたって……」


佐伯、わざとらしくおどける。


佐伯「ダメですよ薫子チャン。男同士の会話なんていうのは総じてろくでもないものです」

清孝「お前と一緒にするな」

佐伯「おいどういう意味だ」


にらみ合う清孝と佐伯。

その様子にどんどんへの字口になる薫子、ぷいと顔を背ける。


薫子「はいはい。邪魔な妹は退散いたしますよ!」


去っていく薫子の後ろ姿を見送る佐伯と清孝。


清孝「すまないね」


清孝の声に振り向いた薫子、舌を出す。


■場所:同・中(夜)


薫子が完全に見えなくなってからドアを閉める清孝。

部屋の中を進んでいく清孝に続く佐伯。

無造作に置かれた椅子に掛ける。


佐伯「それで? 何の用だよ」

清孝「いやなに、岡元先生の新作が素晴らしくてね」


両手で雑誌を持ち微笑む清孝。

無言で清孝を見つめる佐伯。


清孝「というのはまあ冗談さ」

佐伯「……まあ、概ね検討はついてるが」

清孝「だろうね」


清孝、机を挟んだ佐伯の向かいの椅子に掛ける。


清孝「中原警部殿から相談を受けた」

佐伯「酔わせて聞き出したの間違いでは?」


清孝、佐伯の言葉を無視して机の上に新聞を広げる。

新聞の見出し『神隠しか。婦女四名行方未だ分からず』


清孝「もう4件になるというのに、事件か事故かすら分からない始末なのだと」

佐伯「……それで?」


清孝、窓から外を見る。


清孝「これは何というか、私の勘のようなものなんだけれどね」

佐伯「へえ。現実主義者リアリストの清孝先生らしくないお言葉だな」


薄く笑う佐伯。


清孝「茶化すな」


佐伯に視線を移す清孝。


清孝「……煤天狗が一枚噛んでると思う。確証はないが」

佐伯「同意するよ。奴らの犯罪はいつも同じ匂いがする」

清孝「野生児の君が言うなら間違いないだろうな」

佐伯「喧嘩売ってないか?」


凄む佐伯をものともせず新聞を見つめる清孝。


清孝「薫子のこと、どうか守ってくれ」


目を伏せる佐伯。


佐伯「言われるまでもないな。もとよりそのつもりだ」


清孝、苦し気に顔を歪める。


清孝「本当なら私が、守ってやらねばなんだがね」


清孝をじっと見つめた後、もう一度目を伏せる佐伯。


//佐伯の回想


■場所:日下部邸・忠重の部屋(夜)


テロップ『8年前』


部屋の中でうなだれている忠重。

忠重の部屋の前で呆然としている清孝と佐伯。


清孝「……あんまりだと思わないか」


俯いていた佐伯、清孝に向き直る。


清孝「芸術家ってのはそんなに偉いのか。あんな小さな……それも自分の娘にこんな重いものを背負わせて。死者を侮辱するのは気が引けるが、こんなの非道だろう。薫子ちゃんはまだ7つなんだぞ」

佐伯「いやはや全くもって同感だな」


佐伯、黙って部屋に入っていく。


清孝「おい!」


驚いて顔を上げる忠重。


忠重「貴様……!」

佐伯「日下部中将閣下ともあろうお方が盗み聞きに気づかないとは。随分動揺しておられるようだ」

忠重「いつから聞いていた!」

佐伯「恐れながら、初めからです」

清孝「……」

忠重「……お前達に取れる選択は一つだけだ。忘れること。何も聞かなかったことにすること。それだけだ」

佐伯「承服しかねますな」


鋭い眼力で佐伯に圧をかける忠重。

それをさらりとかわす佐伯。


佐伯「薫子さんは、俺を救ってくれた女性だ。彼女の人生に影を落とすものがあるのなら、排除しなくてはならない」

忠重「やめておけ。死ぬぞ」

佐伯「本望というもの」


破顔する清孝。


佐伯「さて、閣下には選択肢がある」

忠重「なんだと?」

佐伯「俺に」

清孝「俺”達”」


佐伯、じろりと清孝を見る。

ニコニコと佐伯を見つめ返す清孝。

佐伯、咳払い。


佐伯「俺達に協力させ動向を掌握するか。それとも閣下の目の届かぬところでウロチョロされるか……。賢明な閣下のこと、迷うべくもないとは思いますが」


自嘲的な笑みをこぼす忠重。


忠重「この私が、貴様のような若輩に脅される日が来ようとはな」


忠重、深く息をつくと居住まいを正す。


忠重「良いだろう。どこまでやれるか見させてもらおうじゃないか」


ほっと胸をなで下ろす清孝。


佐伯「寛大なご配慮を頂き、幸甚に存じます」


佐伯、深く頭を下げる。


//回想ここまで


ため息をつく佐伯。


佐伯「お前に何かあったらそれこそ帝国文学の損失だろう。せいぜい療養するんだな」

清孝「なんだ優しいじゃないか。気味が悪いな」

佐伯「よしわかった。表へ出ろ」


けらけらと笑う清孝。


清孝「頼りにしてるよ。佐伯巡査」


佐伯、小さく鼻を鳴らす。


■場所:オペラ劇場(昼)


テロップ『翌日』


きゃいきゃいと出てくる幸子と薫子。


■場所:ミルクホール(昼)


店の前をとことこと歩いている楫鳥。


楫鳥「ミルクホールってのは、牛乳・パン・清涼飲料なんかを出してた簡易飲食店のことだぜ!」


バタバタと飛んでいく。


■場所:同・中(昼)


窓際の席でカップに入った牛乳を飲む幸子と薫子。


幸子「そういえばさあ、最近どうなの?」

薫子「どうって、何が?」


薫子、キョトンとしつつカップを口に運ぶ。


幸子「決まってるじゃない。佐伯さんのことよ」


むせる薫子。


幸子「婚約した?」


ニヤニヤする幸子。

息を整えると目を吊り上げる薫子。


薫子「そんなわけないでしょ! なんでそうなるのよ!」

幸子「なんだ。まだなのね」


幸子、つまらなさそうにケーキに口をつける。


薫子「ま、まだも何も! これからだって何もないわよ!」

幸子「ふーん?」

薫子「大体あの人は……」


薫子の顔が曇っていく。


幸子「あの人は?」

薫子「……今は芸者さんに入れ込んでるわよ。馬鹿みたい」


笑う幸子。


幸子「まあ、浮気は男の甲斐性って言うしねー」

薫子「何が甲斐性よ。不純よ。前時代的よ!」


パクパクとケーキを口に運ぶ薫子。


幸子「ほらほら。ついてるわよ、拗ね子ちゃん」


幸子、薫子の口の周りをぬぐう。


■場所:道(夕)


幸子と手を振って別れる薫子。

佐伯、それを影から見ている。


佐伯〈神隠し起こらずだな。良かった〉


佐伯のズボンが掴まれる。

そちらを見る佐伯。

泣きそうな顔の子供。


子供「お母さん……」

佐伯「あー、迷子か」


佐伯、ちらりと薫子の方を見る。


佐伯〈仕方ねえな。即行で派出所まで送って戻るか……〉


佐伯、子供を抱えて踵を返す。

薫子、幸子の後姿を見ながらふと眉尻を下げる。

懐から小さな根付を取り出す。


薫子〈お父様、天国のお父様。薫子は時折どうしようもなく寂しくなるのです。ふいに、自分が透明になって消えてしまったような心地になるのです〉


きつく目をつむり、胸の前でぎゅっと根付を握りしめる薫子。


薫子「……早く帰らなくちゃ」


薫子の背後で大きな物音。

驚いて振り向く薫子。

猫が茂みから出てくる。

薫子、わざと明るい声を出す。


薫子「な、なんだ。驚いちゃったじゃない」


一つ深呼吸する薫子。

根付を懐にしまうと帰り道に向き直る。

薫子の目の前に天狗の面をした男が立っている。


薫子「ヒッ……!」


天狗面の男、薫子の口をハンカチでふさぐ。

暴れる間もなく昏倒する薫子。


天狗面の男「……行きはよいよい。帰りは、こわい」


男、小さく笑い声をあげる。




(第1話 終了)

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あの子は閣下の掌中の珠【恋愛コン・タテスクコミック部門応募】 ノザキ波 @nami_nozaki

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