第3話

あらすじ


時は仮想20世紀初頭。とある極東の島国。花咲いたのは浪漫の文化。華やかな夜の帝都を照らすのは瓦斯燈がすとうの光……しかし光ある場所には必ず影が存在する。宵闇に跋扈ばっこするのは悪逆非道の犯罪者達―。


T京府K田区に務める刑事である佐伯宏虎は、いつものように公園で惰眠をむさぼっていた。軽佻浮薄けいちょうふはくな軟派者でありながら、その陽気さから何故か憎めない……それが彼だった。まどろみの中で自分を呼ぶ声に目を覚ます。声の主は幼なじみの日下部薫子だった。薫子の兄である清孝が話があるというのだ。清孝の話は今世間を騒がせている「女性達の神隠し」についてだった。清孝はこれに犯罪組織「煤天狗」が絡んでいるのではないかと考え、実父である砂川が彫った根付を持っていることから煤天狗に狙われるだろう義妹・薫子を守ってくれと懇願する。佐伯はもとよりそのつもりだと即答する。佐伯は薫子を愛していた。しかし、佐伯が目を離した一瞬の隙に薫子は神隠しにあってしまう。無力感に苛まれながらも佐伯の目は死んでいなかった。


佐伯には、薫子も清孝も知らない秘密があった。それは、彼が違法捜査を行うため任命された極秘特命捜査官であるという裏の顔を持つこと。佐伯は薫子を救出するため捜査を開始する。花街の芸者や薬屋の老人など、帝都に紛れた腕利きの情報屋達から情報を集め組み立てていく。オペラ劇場で長身の男から小道具の人形の説明を受けたという被害者たちの共通点を見つけた佐伯はその長身の男が怪しいと睨み、探し出す。男は小さな人形屋の主人だった。


男は人形愛者だった。生きているかのように美しい人形を作っては吊り下げて眺める。そんな人形への欲望が高じ、本当の生き人形を作りたいと思い至った男は女性をさらっていたのだ。佐伯は男が生き人形にこだわっていることから女性たちはまだ生きていると確信する。さらに佐伯は、男が女性達を「展示」するという話も入手した。煤天狗構成員の会合でそれは行われるらしかった。


会場である取り壊し予定の劇場に潜入した佐伯はついに薫子を含む女性達を発見する。薬によって眠らされ、美しく着飾った女性達が吊り下げられた光景を前に構成員達の興奮は高まっていく。人形として触れずに愛でろという男の言葉はかき消され、女体への欲望に目がくらんだ構成員達が舞台へと集まってくる。佐伯は吐き気を催していた。汚く醜い人間のさがを見せつけられ、嫌悪感があふれてくる。それと同時に、こんな身勝手な犯罪者達に関係のない市民が傷つけられることはあってはならないと強く感じていた。


構成員達が舞台を埋め尽くしたタイミングで、佐伯は舞台にめがけて数弾発砲する。構成員の重みでぎりぎりだった床は崩れ、構成員達は奈落へと落ちていった。奈落へと睡眠ガスを送り込むと、佐伯は吊り下げられた女性達を回収するのだった。


病院のベッドで薫子が目覚める。ベッド横の椅子にかけていた佐伯が声をかけると、薫子はやんわりと微笑んだ。その姿に佐伯は決意を新たにする。市民が傷つけられることはあってはならない。そしてなによりも、世界で一番大切なこの女性のことはどんな手を使っても守らねばならないと。


今回薫子はたまたま巻き込まれただけだった。根付のことは煤天狗にバレていない。佐伯はひとまず安堵する。同刻、失態を演じた人形愛者の男は煤天狗幹部達によって処分されそうになっていた。薫子の実父である天才牙彫家、砂川の最期の作品を探しまわっているという幹部達の言葉に男はハッとして喚く。自分がさらった女の一人に、驚くほど見事な牙彫の根付を持った女がいたと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る