悪女ガートルードは九回死んだ
七緒ナナオ
悪女ガートルードは九回死んだ
——私の首が落ちるのも、これで八回目だったかしら。
稀代の悪女、ガートルード・ラングトリーは処刑台へ続く木製の階段を一歩一歩確実に登りながら、まるで他人事のように思った。
実のところ、ガートルードは無実だ。
いわゆる冤罪にかけられて、あれよあれよという間に斬首刑を言い渡されただけ。
ほんのちょっと運が悪かったにすぎない。……ちょっとどころの運の悪さではないけれど。
——王太子殿下がご執心の、男爵令嬢を小突いたのが、いけなかったのかしら。
踏み締めた階段の、上から二段目が、ぎし、と鳴る。
ガートルードは公爵令嬢だ。
エルミナ王国に六つある公爵家の中でもっとも序列が高く、地位と権威と歴史のあるラングトリー公爵家の長女である。
現国王と王妃の間に娘はなく、王妃と母であるラングトリー公爵夫人に続く三番目に高貴なる女性——それがガートルードの価値だ。
近頃、王太子が熱を上げている男爵令嬢風情など、足元にも及ばない。そのはずなのに。
——
ガートルードに死刑を宣告したのは、婚約者であった王太子だった。
名も知らぬ無礼な男爵令嬢に、身の程を教えてあげただけにすぎないガートルードは、その現場に偶然居合わせた王太子によって、現行犯で断罪された。
よもや他人を捌いたこともないであろう王太子が、震えて泣きながら「ガートルードの首を刎ねよ!」と言ったものだから、ガートルードは今、こうして、断頭台へと向かっている。
太陽を崇拝するエルミナ王国で、一番美しいと噂されたガートルードの輝ける赤髪は、もう、ない。首を落とすときに邪魔にならぬよう、ざんばらに切り落とされてしまったから。
陶器のように滑らかで、雪のように白い肌も、いまや見る影もない。断罪されてすぐに投獄されて、身体を清めることも許されなかったから。
贅の限りを尽くしたドレスも今はなく、一枚のボロ布を適当に縫い合わせただけの囚人服を身にまとい、手枷と足枷がアクセサリー代わり。靴もなく、ささくれだった処刑台を歩かされている。
——次はどうか邪魔をなさらないでね、ジュリアス殿下。
そうしてガートルード・ラングトリー公爵令嬢は、無実の罪で八回目の死を遂げた。
◆◇◆◇◆
「おはよう、メアリー。今朝は何年何月何日の朝かしら?」
通算八回目の死に戻りによる九回目の朝を迎えたガートルードは目を覚ますなり、ガートルードを看病していたメイドのメアリーにそう言った。
「お、お、お嬢さまぁ! お嬢さまがお目覚めになりましたぁ!」
相変わらずメアリーは騒々しい。たった三日、意識不明で目を覚まさなかったくらいで大袈裟な。とはいえ、九回の生の中で、意識不明で三日も寝込むことはなかったから、少し新鮮な気分である。
ガートルードは、泣きながら部屋を出ていくメアリーの後ろ姿を見送りながら、苦笑を漏らした。
「結局、今日はいつなのよ」
ガートルードの問いに答える者はいない。
ベッドにひとり残されて、ガートルードは両手でその美しい顔を覆った。白く滑らかな陶器のような肌。卵型の小さな顔。甘酸っぱいイチゴのように赤く、とろけるような長い髪。傷ひとつない身体は女性らしい曲線美に満ちている。
けれどガートルードの関心ごとは、自分の身体にはなかった。
「シシリー男爵令嬢は無実で、彼女の養父とその支援者に国家反逆罪の疑いあり、だなんて。よくも私を陥れてくれたわね」
両手で覆われた顔が、ぎりりと歪む。ガートルードを蝶よ花よと世話してくれたメアリーや両親には、万が一にも見せられないような歪みよう。
ガートルードはこれまでに八回死んだ。
八回かかって、ようやく掴めた敵の正体。シシリー男爵令嬢を使って王太子ジュリアスを籠絡し、政治の実権を握らんとする隣国の手先にたどり着いた。ガートルードを八回も死に至らしめた原因をようやく知れた。
八回も要したのは、別にガートルードが無能だったからじゃない。
一回目は、ただ普通に生きて、訳もわからず婚約破棄され、辺境の修道院へ送られる途中で野党に襲われ殺された。
二回目は、死に戻りという特殊な状況を把握するので精一杯だった。だから無能にも、一回目と同じ結末を辿ってしまった。
三回目、四回目で、死に戻りの条件と戻った際の時間をある程度コントロールできることを知った。ガートルードが処刑されるようになったのは三回目からで、冤罪にかけられるようになったのは四回目からだ。
五回目で、なぜガートルードが死ななければならなかったのか理由を探り、六回目は、誰か味方をつけるべく奮闘した。死に戻りを利用して、死なせてはならない家臣や騎士、貴族たちを救ってきた。
七回目に至っては、見えざる敵の狙いがジュリアス王太子を傀儡にすることであることを知り、八回目は、それを阻止しようとして失敗した。
まさかシシリー男爵令嬢をコツンと小突いただけで処刑されるとは思わなかったのだ。
まさに恋は盲目なり。ガートルードはジュリアス王太子があれほどに傲慢で強権的で独善的な人物であるなんて、少しも思っていなかった。ガートルードは王太子に芽生えた恋心を完全に読み違えたのだ。
「……アーネスト・ロスメル宰相にあいたい」
ガートルードは震える身体を抱きしめて、宰相の名前をくちびるに乗せた。
水分不足でカラカラのくちびるは、決して甘い響きをもたらしてはくれなかったけれど、ガートルードにとって宰相の名前はお守りに等しい。
「もし今日が……今日が、太陽暦328年の7月24日なら……」
急がなければ。
太陽暦328年7月24日から数えてちょうど一ヶ月後に、ガートルードは必ず殺されるのだから。
もう八回死んだのだ。九回目はごめん被る。
◆◇◆◇◆
太陽暦328年7月24日は、ジュリアス王太子がシシリー男爵令嬢にひと目惚れする日だ。
ガートルードの八度の人生すべてが死に向かうことになった要因である。
訳あって平民から男爵家の養女となったシシリー男爵令嬢は、非常に可愛らしかった。
ガートルードの美貌が神々しさや磨き上げられた彫刻のようなものであるとすれば、シシリー男爵令嬢は柔らかく慈愛に満ちた愛らしさで輝いていた。
誰もが彼女に夢中になり、彼女の過去に同情し、彼女を愛でて可愛がる。
貴族らしからぬ無知さと、平民として過ごしたときに身に染み込んだのであろう貴族に対する畏怖と従順さが、あらゆる紳士の心を射止めた。
正直な話、ガートルードでさえ、シシリー男爵令嬢に手を差し伸べて庇護下に置きたいと思わずにいられなかったほど。
そんな可愛らしいシシリー男爵令嬢と、ジュリアス王太子が出会ったのが、太陽暦328年7月24日だ。
王宮で開かれた舞踏会で、慣れない靴を履いて靴擦れを作り、庭園の噴水の近くのベンチに腰掛けて泣いていたシシリー男爵令嬢を、ジュリアス王太子が見初めたのが、ガートルードの死のはじまりだ。
「あの子の靴擦れをどうにかしなければ」
八回死んだガートルードの心の中には、もはや婚約者であるジュリアス王太子への気持など微塵も残っていなかった。
八回にも及ぶ婚約破棄の中、ジュリアス王太子はガートルードを悪女と呼んだ。
王太子の初恋を受け入れず、邪魔する悪女。
王太子に焦がれて頭がおかしくなった悪女。
シシリー男爵令嬢を殺害しようとした悪女。
多くの罪を犯し反省すらしない希代の悪女。
王族のみが命令できる暗部を動かした悪女。
誰も彼もに媚を売り、春をも売る尻軽悪女。
国政を乗っ取り、散財悪政を強要する悪女。
王太子の想い人を虐げ、暴力を振るう悪女。
すべて事実無根である。
けれど、恋に目が眩んだジュリアス王太子は、病に臥した国王陛下の代理として強権を振るい、ガートルードを断罪した。
貴族院の議員たちも皆、ジュリアス王太子が下した判決に賛同していた。誰も彼も皆、シシリー男爵令嬢の愛くるしい容姿に焦がれていたからだ。
彼女こそ、無垢なる無自覚の悪女では。
そんな思いが過ってしまうほど、ガートルードには味方がいなかった。——否。まったく味方がいなかった訳じゃない。
独断的な理由で公爵令嬢を処刑するなど、前例がない。と言って、ジュリアス王太子の独裁を止めようとしてくれたひとが、ひとり。
そのひとこそが、アーネスト・ロスメル宰相である。
この国で、ガートルードが信じられる紳士は、ロスメル宰相ただひとり。
彼だけは、八回に渡る断罪と、六回における処刑の際に、必ずジュリアス王太子を諌めてくれていたという。制止しきることはできなくて、ガートルードは八回死んでしまったのだけれど。
「ロスメル宰相……あなたがいるから、八回もの死を耐えられる」
ガートルードはそう呟いて、両手を組み合わせた。
まるで神に祈るかのように固く指を組み、ロスメル宰相の名前を心の中で呟いた。
実のところ、八回の人生でガートルードがロスメル宰相と顔を合わせたことはない。彼がガートルードのために尽力してくれていた、という話を死の間際に伝え聞くだけだった。
それでも。それでもガートルードは、彼の名前をお守り代わりにしてしまうほど、アーネスト・ロスメル宰相を信頼していた。
——アーネスト宰相、アーネスト様。ああ、アーネスト。
名前に続く甘く痺れるような感情だけは、声に出していなくても、どうしても呟くことができなかった。
◆◇◆◇◆
「お嬢さま、本当に行かれるのですか? まだ目覚めたばかりなんですよ」
幼い頃からガートルードの世話を焼いてくれるメイドのメアリーが、今にも泣きそうなほど眉を垂れ下げて、馬車に乗り込んだガートルードに声をかけた。
「行くわ。今夜は必ず行かなければならないから」
——あのお嬢さんの靴擦れをどうにかするために。
ガートルードは決意に満ちた表情でメアリーに微笑んだ。拒絶の笑みともいう。
それでもメアリーは意を結したように奥歯をきつく噛み締めてから、白いエプロンをぎゅっと握りしめて口を開いた。
「で、ですが、お嬢さま……救急セットをポシェットに忍ばせるくらいでしたら、いっそのこと欠席された方がよろしいのではないでしょうか」
「心配いらない。用が済んだら帰ってくるから」
「…………っ、はい」
一介のメイドであるメアリーが、これ以上ガートルードを引き止めることはできない。メアリーが歯を食いしばって耐える姿を見て、ガートルードはほんの少しだけ心が軽くなったように思えた。
そうして馬車は、決戦の地である王宮へ向けて出発するのであった。
◆◇◆◇◆
ガートルードの父は、今までガートルードが伏せっていたことを王宮に伝えてはいなかったらしい。
ジュリアス王太子はガートルードを気遣う素振りなど見せずに、いつものようにガートルードをエスコートした。王太子のエスコートはいつも早足で、病み上がりで体力のないガートルードはついてゆくだけで精一杯だ。
「ガートルード、踊るぞ」
と、ファーストダンスに誘うのは、そうしなければ舞踏会がはじまらないから。完全に義務だけの誘いである。
今の今まで。八回死ぬまで。ガートルードは、貴族の政略結婚なのだから愛など求めても仕方がないのだ、と無感情に受け入れてきた。
けれど、九回目の人生を生き直している、と思った途端、ジュリアス王太子の存在が汚らわしく思えて仕方がない。
この男は、あと数時間もすれば初恋を得て気が狂ったかのようにしつこくガートルードの粗を探すようになる。すべては婚約破棄をするために。
この男は、あと一ヶ月もすれば飽きたおもちゃを捨てるかのようにガートルードを断罪し、処刑台へ送るようになる。すべては恋路を邪魔する悪女を消すために。
——八回死んで、ようやく気づくなんて。私もまだまだ未熟な精神しか持ち合わせていないみたい。
と、ガートルードがうっかり吐き出したため息を、ジュリアス王太子の耳が拾ったらしい。
「ガートルード、いくら病み上がりだとしても舞踏会に出席することを決めたのは君だろう? それとも私の気を引きたいとでも? 無意味なことはするな。私は決して、お前を愛すことはない」
氷のように冷たく、鉄のように容赦のない事実がガートルードの心に刺さる。
——ああ。殿下は私の不調を知った上で、気遣い無用だと判断されたの。
八回の人生の中で絶望を味わうのは、いつも死の間際だった。
九回目の人生では、今、この瞬間。
ガートルードは立ち上がれないほどの絶望を味わい、八回の死によってすり減り続けた善性が、九回目の生の中で、確かに砕ける音を聞いた。
◆◇◆◇◆
「きゃあああああっ!」
可憐な悲鳴が、夜の庭園に響き渡った。
噴水近くのベンチに腰を掛け、可愛らしい小さな靴を投げ出して踵をさするシシリー男爵令嬢があげた悲鳴だ。
「しーっ、静かになさい。死にたいの?」
善性が砕け散ったガートルードは、靴擦れを作って足をさするシシリー男爵令嬢に鋭利な鋏を突きつけていた。
本来なら。
ジュリアス王太子よりも先にシシリー男爵令嬢を見つけ出し、その踵に作った靴擦れの治療をするはずだった。
けれど今は。
ガートルードにシシリー男爵令嬢の靴擦れを治療する意思はない。
ベンチの上で身体を縮こまらせて震えるシシリー男爵令嬢が、ガートルードの死に関わっていないことなんて、知っている。
彼女に恋した男達が、ガートルードを排除しようと画策しただけのこと。
彼女と王太子との距離が近くなったことで、養父とその支援者が王太子を傀儡にして国政を動かそうと画策しただけのこと。
「お嬢さん。あなたに罪はない。けれど、あなたさえいなければ、私は死なずに済んだのよ」
もはやガートルードの心中に、王国への忠誠はない。
死ぬには惜しい家臣や騎士、貴族たちの命など、どうでもいい。
王太子が誰と婚姻を結ぼうと、どうでもいい。
その婚姻によって王妃の親族に国政を支配され、平民たちが苦しもうと、もう、どうでもよかった。
今まで、なんのために死に戻ってきたのだろう。
婚約破棄を回避するため?
処刑を回避するため?
それとも、意味なんてはじめからなかったのか。
八回の死の際に悪女に仕立て上げられたガートルードは、力なく鋏を振り上げた。
恐怖で声が出ず、震えることしかできないシシリー男爵令嬢の姿が、どうしてか滑稽に思えた。
そうして腕を振り下ろし——
「止めなさい、ガートルード・ラングトリー公爵令嬢!」
ガートルードの凶行を未遂に終わらせたのは、アーネスト・ロスメル宰相そのひとだった。
◆◇◆◇◆
「いけません、ガートルード嬢。こんなところで貴女自身を傷つけてはいけない」
アーネストがガートルードの手から鋏を奪い取って、そう言った。彼はガートルードを落ち着かせるように背中へ腕を回し、トントンと優しく撫でてくれさえした。
「……あ、わ、私……」
「ガートルード嬢、
アーネストの言葉に違和感を覚えながらも、善性の抜け殻に悪意を無理やり詰め込んで動いていたガートルードは、ずっとずっと会いたかった人物の腕に縋ってうめき声を上げた。
「あ……う、うぅ……っ」
「落ち着いて、大丈夫ですよ。私はすべて知っています。——シシリー男爵令嬢、申し訳ありませんが席を外していただいても?」
「え、えっと……そちらのお嬢さまは、大丈夫なんですか?」
「私がついています、問題ありません。彼女の名誉にも関わりますから、どうかこのことは内密に。貴女の口が硬いことを祈ります」
「はい、わかりました。決して誰にも言いません。……それでは失礼します」
怖い思いをさせてしまったというのに、シシリー男爵令嬢はガートルードを気遣うような視線を投げながら、その場から立ち去った。
残ったのは、噴水の前で抱き合うふたりの男女だけ。
ガートルードは結局、シシリー男爵令嬢を傷つけることができなかった。
鋏を振り上げても、振り下ろそうとしたのは彼女の胸へではなく、自分の胸に向けてだった。その鋏も、アーネストによって奪われた。
「どうして……」
「これ以上、貴女が苦しむ姿を見たくはなかったのです。何度も何度も貴女の死を見送ることなど、耐えられそうになかったから」
「まさか、あなた……すべて知って?」
ガートルードの問いに、アーネストは力無く微笑んだ。彼もまた、人生を繰り返し繰り返し生きてきたのだろう。アーネストの紫色に輝く神秘的な眼は、何十年も時を重ねた老人のように疲れ切っていた。
「ガートルード・ラングトリー公爵令嬢。貴女を無実の罪から救って差し上げたかった。この国のために、王家のために、王太子殿下のために歯を食いしばり耐える貴女を救いたかったのです」
その告白は、まるでアーネストがガートルードを死に戻らせていたかのような内容だった。
まさか、まさか。ガートルードの頭が、身体が、心が、冷や水を浴びせられたように醒めてゆく。
息が苦しい。心臓が痛い。ガートルードは、お守りのように大切にしていた人の名前を心の中で必死に呟く。もたらされようとしている事実に吹き飛ばされないよう、必死で縋りつく。
「何度繰り返してもジュリアス殿下は同じ過ちを繰り返す。貴女を悪女に仕立て上げ、ありもしない罪で断罪する。貴女を無駄に死なせ続けてしまった。申し訳ありませんでした。貴女を苦しめるつもりはなかったのです」
「あ、あなたが私を、何度も何度も生き返らせていたの? どうして?」
発した声は、どうしようもなく震えていた。アーネストの暖かく優しい腕に抱かれているというのに、どうしようもなく寒い。
ずっとずっと会いたかった。アーネストに会いたかった。抱かれたいとも思っていたかもしれない。それなのに、どうしようもなく身体が震える。
「ガートルート、貴女を愛しています」
冷えた耳朶に吹き込まれた熱い熱い愛の告白。
どろりとした執着が、善性の抜け殻に無理やり詰め込んだ悪意を溶かしてゆく。まるで魔法のように。
最後に残ったのは、八回死んで九回目の人生でも大事に大事に抱えていた純粋な気持ちだけ。
「私も……私も、アーネストを……あいしています」
そう告げたガートルードの頭の奥で、かつての人生でもアーネストから同じ言葉を聞き、ガートルードも愛の言葉を舌に乗せて囁いたような記憶が一瞬、ほんの一瞬過ぎったけれど。
九回目の死を回避できるのなら、と。
ガートルードはアーネストがもたらした愛に縋りつくことを選んだ。宝石のように美しい彼女の眼は、もう意志ある光を宿してはいなかった。
◆◇◆◇◆
そうしてガートルードは九回目の人生において、はじめて婚約破棄されずに済んだ。
破棄される前にアーネストと共に海を渡り、帝国に亡命したからだ。
帝国では険しくも穏やかな生活を得て、二男、一女を産み育て、幸福のままに死んだ。
ガートルードが十回目の人生を生き直すことは、決してなかったという。
〈了〉
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