アラン・フィンリー探偵事務所 Shadow Rain ~雨の日の殺人鬼~(女×女×不問)
Danzig
第1話
アラン・フィンリー探偵事務所
Shadow Rain(シャドウ レイン)
男×女×不問
アラン(M):雨のイーストエンド
アラン(M):ロンドンは一年を通して雨が多いと言われているが、一日中降り続くような雨は少ない
アラン(M):長く降ったとしても、せいぜい1、2時間程度だ
アラン(M):だが、秋になると少し様子が変わり、雨が降る日も、断続的に降る雨も多くなる。
アラン:・・・また雨か・・・
アラン(M):雨は、秋の冷えた空気と、物悲し気なイーストエンドの雰囲気をより一層深めて行く
アラン(M):そういえば、あの日もこんな雨の日だったなぁ・・・
(場転)
アラン(M):その日、僕が事務所で雨音を聞きながら退屈な午後を過ごしている時、彼女はやって来た
(コンコン)
アラン(M):事務所の扉を叩く音。
アラン:どうぞ、開いてますよ。
ヴィクトリア:失礼します。
アラン(M):扉を開けて入って来た女性は、シンプルながらも仕立てのよさそうなコートを身にまとっていた。
アラン(M):その下には上品なシルクのシャツと細身のパンツ・・・
アラン(M):落ち着いたダークグレーの色合いは、人混みの中では埋もれてしまいそうな装(よそお)いだ。
アラン(M):だが、こういった服装は、上流階級の人間が人目を忍んで出かけているのだという事を伝えてしまう。
アラン:ご依頼ですか?
ヴィクトリア:ええ・・・
アラン:では、そちらのソファーにお掛けください。
アラン:今、紅茶を入れますね。
ヴィクトリア:はい
アラン(M):彼女は上品な所作で背筋を伸ばしソファーに浅く腰をかけた
アラン(M):そして僕は、給湯室で紅茶を作り、いつものようにローテーブルの上に置いた。
アラン:お待たせしました、アランフィンリー探偵事務所へようこそ。
アラン:今日はどんなご依頼ですか?
ヴィクトリア:あの・・・初対面の方にこんな事をお願いするのは大変恐縮なのですが・・・
アラン:はは、大丈夫ですよ、ここは探偵事務所です。
アラン:お困り事が御座いましたら、お気軽に相談してください。
ヴィクトリア:ありがとうございます。
ヴィクトリア:申し遅れましたが、私はヴィクトリア・モントローズと申します。
アラン:モントローズ・・・あのモントローズ伯爵家の方ですか?
ヴィクトリア:ええ、
ヴィクトリア:とは言っても、私の家は古い分家なので、社会的に責任のある家柄という訳ではありません。
アラン:そうですか、失礼しました。
アラン:ところで、ご依頼というのは?
ヴィクトリア:ええ・・・あの・・・
ヴィクトリア:私を殺して下さいませんか?
アラン:・・・えっと・・・
アラン:それは、どういう事ですか?
アラン:自分を殺せとは、あまり穏やかではありませんが
ヴィクトリア:申し訳ございません・・・
アラン:何か事情がおありのようですね。
ヴィクトリア:・・・ええ・・・
アラン:どんな事情か、よろしければ、お聞かせ願えませんか?
ヴィクトリア:はい・・・あの・・・
ヴィクトリア:あなたは「シャドウ・レイン(Shadow Rain)」の事はご存じですか?
アラン:シャドウ・レインですか?
アラン:ええ、ここひと月ほど、ロンドンを騒がせている殺人鬼の事ですね。
アラン:雨に隠れるように殺人を犯す事で、シャドウ・レインと呼ばれるようになったと聞いていますが。
ヴィクトリア:ええ、そうなんです。
アラン:その殺人鬼がどうかしましたか?
ヴィクトリア:実は、そのシャドウ・レインは、どうやら私のようなのです
アラン:ちょっと待ってください。
アラン:あなたは今「私のようだ」と仰いましたが、あなたにはその自覚がないという事ですか?
ヴィクトリア:ええ・・・
アラン:では、どうして自分がシャドウ・レインだと思うのですが?
ヴィクトリア:私は「解離性同一性障害(かいりせい どういつせい しょうがい)」という疾患(しっかん)を持っています。
アラン:解離性同一症・・・いわゆる多重人格というやつですね。
ヴィクトリア:そうなんです。
アラン:それで、あなたのもう一つの人格がシャドウ・レインだと・・・
ヴィクトリア:ええ・・・
アラン:でも、どうして「もう一つの人格」がシャドウ・レインだと思うのですか?
ヴィクトリア:それは・・・あの・・・
ヴィクトリア:多重人格症と言っても、いろいろなケースがあるようなのですが、
ヴィクトリア:私の場合は、別の人格が現れている間の記憶がないのです。
ヴィクトリア:そして、私が今の人格に目覚める時は、何故かいつもベットの上なのです。
ヴィクトリア:まるで眠りから覚めるかのように・・・
アラン:ほう・・・
ヴィクトリア:それで、目覚めた時にはベッドはぐっしょり濡れていて、
ヴィクトリア:私は何故かレインコートと手袋を身に付けている時もあるのです。
ヴィクトリア:それと・・・血の付いたナイフも・・・
アラン:なるほど・・・
ヴィクトリア:そして目が覚めるといつも、その日のニュースでシャドウ・レインの事が報じられるのです。
アラン:それで自分がシャドウ・レインだと
ヴィクトリア:ええ・・・
アラン:なるほど、話はわかりました。
アラン:しかし、そういう事でしたら、一旦、警察に相談してはどうでしょうか?
ヴィクトリア:それは出来ません。
アラン:どうしてですか?
ヴィクトリア:もし本当に私が殺人を犯していたのであれば、モントローズ家の名に傷がついてしまいます。
ヴィクトリア:ですから、シャドウ・レインの正体を世間に知られる前に、私を殺して頂きたいのです。
ヴィクトリア:どうか、お願いします。
アラン:申し訳ありませんが、お断りします。
ヴィクトリア:どうしてですか?
アラン:ここは探偵事務所で、僕は探偵です。
アラン:殺人の依頼は受けていません。
ヴィクトリア:でもそれは、表向きの話ではないのですか?
アラン:それはどういう事ですか?
ヴィクトリア:貴方の事は、ミリアム教授が教えてくださったのです。
アラン:そのミリアム教授というのは、女性精神分析医のミリアム・クラウザー教授の事ですか?
ヴィクトリア:ええ、
ヴィクトリア:私はミリアム教授の患者で、私が解離性同一性障害だと診断して下さったのもミリアム教授なのです。
アラン:そうだったのですか
ヴィクトリア:私がミリアム教授にシャドウ・レインの事を相談した時に、貴方の事を教えて下さいました。
ヴィクトリア:貴方に相談をすれば、私の望みを叶えてくれるかもしれないと・・・
アラン:彼女がそんな事を・・・
ヴィクトリア:ですから、お願いします。
アラン:ですが、先ほども申し上げた通り・・・
ヴィクトリア:例えあなたが殺し屋だったとしても、私は決して口外は致しません。
ヴィクトリア:それは、モントローズ家の名にかけて誓います。
ヴィクトリア:ですからお願いです、私を殺して下さい。
アラン:ちょっと待って、まずは落ち着いて下さい。
ヴィクトリア:ですが・・・
アラン:ミリアム教授は、あなたの望みが叶うかもしれないと言っただけで、
アラン:僕が殺し屋だとか、殺しの依頼を引き受けると言った訳ではないのではないですか?
ヴィクトリア:ええ、それは確かに・・・
アラン:やはりそうでしたか。
アラン:ミリアム教授は、僕の父の古い友人です。
アラン:彼女は僕が探偵稼業をしている事も知っていますので、あなたの相談を受けた時に、僕の事を思い出したのでしょう。
ヴィクトリア:そんな・・
アラン:まだあなたがシャドウ・レインだと決まったわけではないのですから、
アラン:その解決方法を、僕に探って貰えという事を言いたかったのかもしれませんよ。
ヴィクトリア:本当にそうでなのでしょうか・・・
アラン:おそらくは・・・
ヴィクトリア:・・・・
アラン:先程も申し上げましたが、僕もミリアム教授とは知らない仲ではありません。
アラン:教授がどんな理由で、あなたに僕の事を紹介したのかも含めて、今回の事を僕から彼女に詳しく聞いてみます。
アラン:ですから、それまで少し待って頂けますか?
ヴィクトリア:ですが、私はいつシャドウ・レインになってしまうのか分かりません。
ヴィクトリア:怖いんです・・・私が人を殺していると世間に知られてしまうのが・・・
アラン(M):彼女は「人を殺すのが怖い」ではなく、「それを知られるのが怖い」と言った。
アラン(M):おそらく貴族としての重圧が、彼女にそれを言わせるのだろう
アラン:ヴィクトリアさん、お気持ちは分かります。
アラン:ですが、今の段階では何も答えが出せません。
アラン:とりあえず、今日のところはお引き取り下さい。
アラン:また改めてこちらから連絡をいたします。
ヴィクトリア:・・・そうですか・・・分かりました・・・
アラン(M):そう言ってヴィクトリアは俯(うつむ)きながら事務所を後にした。
アラン(M):僕は彼女を見送った後、ミリアム教授に会うためにキングストン大学へと向かった。
アラン:はぁ・・・・ったく・・・
(場転)
ヴィクトリア(M):私は何とも言えない失意の中で帰路(きろ)についた。
ヴィクトリア(M):私はここ数日、毎日怯えて暮らしていたが、あのアランという探偵にお願いをすれば、
ヴィクトリア(M):私を恐怖から解放して貰えると信じていただけに、落胆は計り知れなかった。
ヴィクトリア(M):いつ私がシャドウ・レインだと知られてしまうか、そして、いつ私がシャドウ・レインになってしまうのか、
ヴィクトリア(M):その事ばかりが、頭の中を巡っていた。
ヴィクトリア(M):あぁ、今日はミリアム教授の診察日・・・
ヴィクトリア(M):もしアランが私を殺してくれるのなら、もう行く事はないだろうと思っていたのに・・・
(キングストン大学)
アラン(M):僕は大学に着くとミリアム教授の研究室を訪ねた。
アラン(M):ミリアム・クラウザー教授
アラン(M):大学病院の精神科医にして、精神分析学、深層心理学の分野では知らぬ者は居ないという程の権威(けんい)だ
アラン(M):彼女は親父(おやじ)の古い友人であり、フィンリー家の秘密を知る数少ない人物のうちの一人でもある。
アラン(M):だが、いくら親父の古い友人だからって、一般の人間に殺人の依頼をさせるだなんて、流石に不用意すぎるだろう・・
アラン(M):僕は正直、あの人の事が昔から苦手だった。
アラン(M):あの人はいつも僕の都合など考えもせずに、勝手に自分の思惑通りに話を進めてしまう。
アラン(M):それに、僕はチェスが苦手ではないが、あの人には勝ったためしがない。それも面白くない。
アラン(M):僕は研究室に向かいながら、ミリアム教授に文句の一つでも言ってやろうと思っていた。
(大学の研究室)
アラン(M):僕は研究室に着くと、一旦気持ちを落ち付かせてから、静かに扉を開けた。
アラン:こんにちは、ミリアム教授
ミリアム:あぁ、誰かと思えばアラン君か
アラン:お久しぶりです。
ミリアム:あぁ、久しぶりだね
ミリアム:だが、君が来るとしたら、もうそろそろだろうとは思っていたよ。
ミリアム:ヴィクトリアの件だろ?
アラン:ええ、そうです。
ミリアム:どうしたんだね?
ミリアム:何やら不機嫌そうに見えるが。
アラン:教授にしては少し不用意すぎやしませんか?
アラン:一般人に殺しの依頼をさせるだなんて
ミリアム:あぁ、そういう事か、
ミリアム:安心したまえ、モントローズ家は由緒正しい貴族の家柄だ
ミリアム:それに、おそらくヴィクトリアは、モントローズ家の名にかけて秘密を誓うだろう
ミリアム:貴族の名前はそうそう安いものではないよ
アラン:そういう事を言っているのではありません。
アラン:親父(おやじ)の事は知りませんが、今の僕は探偵です。
ミリアム:だが、殺し屋をやっていない訳ではないのだろ?
アラン:確かにそれはそうですが・・・
ミリアム:では何が問題なのかね?
アラン:僕はフィンリー家の事を知らない人間からの、殺しの依頼は受けません。
アラン:教授には以前にもそうお話したと思います。
ミリアム:別に私も誰彼構(だれかれかま)わずに紹介するわけではないよ。
ミリアム:ヴィクトリアにはやまれぬ事情があったからね。
アラン:何ですか、その彼女のやまれぬ事情とは。
ミリアム:一つは、モントローズ家の名前の重さ。
ミリアム:もし、ヴィクトリアがシャドウ・レインだと世間が知ってしまったら、
ミリアム:モントローズ家の名前に傷をつけた彼女を一族は許さないだろう。
ミリアム:それは彼女だけではない、彼女の両親や夫、子供に至るまで、
ミリアム:これから先の長い間、一族の中で肩身の狭い生き方を余儀なくされる。
アラン:いや、それは分かりますが・・・
ミリアム:そして、もう一つ
ミリアム:彼女の信じる神は自殺を許してはいない。
アラン:・・・
ミリアム:これは非常に重要な事でね。
ミリアム:ヴィクトリアは誰かに殺されない限り、死にようがないんだよ。
ミリアム:仮に、いくら警察が杜撰(ずさん)な捜査をしていたとしても、
ミリアム:いずれはシャドウ・レインの正体に辿り着くだろう。
ミリアム:そうなれば、彼女は死よりも大きな苦痛を味わう事になる。
アラン:教授の言っている事は分かりました。
アラン:しかし、申し訳ありませんが、フィンリーは自殺のほう助はしていません。
ミリアム:そうか・・・
ミリアム:では、私からの依頼なら殺人を引き受けてくれるのかね?
アラン:・・・・
ミリアム:ヴィクトリアを殺してやってくれ
アラン:申し訳ありませんが、それも出来ません、
ミリアム:何故だね?
アラン:それは依頼主が変わっただけで、彼女の死ぬ事への願望を叶える事に変わりはないからです。
アラン:事情を知る前ならいざ知らず、今となっては、その依頼を受ける訳にはいきません。
ミリアム:まったく、君も父親(ちちおや)に似て頑固だな。
アラン(M):ミリアム教授はそう言って、口角を少し上げた。
アラン:申し訳ありません。
ミリアム:うーん・・・
ミリアム:では、ヴィクトリアを殺すという依頼ではなく、
ミリアム:シャドウ・レインを殺してくれという依頼であればどうだね?
ミリアム:それならいいんだろ?
アラン:でも、シャドウ・レインの正体はヴィクトリアさんなんでしょ?
ミリアム:特に確定した何かがある訳ではないよ。
ミリアム:だが、状況的に見れば、恐らく・・・
アラン:それなら同じではないですか
ミリアム:どうしてそう言えるんだね?
アラン:それは・・・
ミリアム:肉体が同じだからか?
アラン:・・・そうとも言えます。
ミリアム:だが、肉体が同じでも、精神は違うだろ。
アラン:精神・・・ですか?
ミリアム:あぁ、精神とは人間の思考プロセスだ
ミリアム:それは、感情や記憶、意思決定のメカニズムと関連しており、アイデンティティを構成する重要な要素の一つだよ。
ミリアム:ヴィクトリアは貴族の令嬢であり、清廉(せいれん)にして潔白(けっぱく)だが、シャドウ・レインは、まるでその逆だ。
ミリアム:そして何より、二つの人格は記憶を共有してはいない。
ミリアム:つまり、二人はアイデンティティの違う「別人」と言っていい。
アラン:・・・・
ミリアム:アラン、それでも君は二人が同じ人間だと言えるのかね?
アラン:それは・・・
アラン(M):少しの間、僕が答えあぐねていると、ミリアム教授はゆっくりとした優しい口調で話を始めた。
ミリアム:アラン、今ヴィクトリアを救えるのは君しかいないんだよ
アラン:・・・・
ミリアム:シャドウ・レインを殺してくれ
アラン:ですが教授、それは・・・・
アラン(M):僕は教授の話を頭の中で何度か反芻(はんすう)し、答えを出した。
アラン:・・・分かりました、教授がそこまで仰(おっしゃ)るのであれば。
ミリアム:そうか、引き受けてくれるか
アラン:ただし、僕は今の時点では、まだシャドウ・レインの正体を確定出来ていません。
アラン:ですから、シャドウ・レインの正体が誰であれ、その殺人鬼を殺すという依頼であれば、お受けいたします。
アラン:その条件であれば、自殺ほう助にはならないだろうと納得させられますから。
アラン:教授は、それでいいですか?
ミリアム:あぁ、それでいい
アラン:ひょっとしたら、教授は全く知らない他人を殺害する依頼を出してしまったかもしれませんよ。
ミリアム:それは分かっている、だが君に依頼をするには、それしか方法がないのだろ?
ミリアム:じゃぁ、それで頼むよ。
アラン:本当にそれでいいんですね?
ミリアム:あぁ、問題ない。
アラン:・・・わかりました。
アラン(M):その時も、ミリアム教授の口角が少し上がった気がした。
ミリアム:ではアラン、話はこれで終わりでいいかね?
ミリアム:悪いが診察の時間だ、患者を待たせてる。
アラン:分かりました、お時間を取らせてすみませんでした。
ミリアム:いやいいんだ
ミリアム:ではアラン、頼んだよ
アラン(M):そういうとミリアム教授は白衣を片手に、僕を置いて研究室を出て行った。
(廊下)
ミリアム(M):私は診察室へ続く廊下を進みながら、先ほどのアランとの会話を思い出していた。
ミリアム(M):彼の父親は私の古くからの友人で、アランの事も、彼が子供の頃から知っているが、
ミリアム(M):ふふ、親子というのは似てくるものだな。
ミリアム(M):私はアランに今回の依頼をしたことが、少々気の毒だった気がしていた
(診察室)
ミリアム(M):私が診察室に着くと、既に今日の患者であるヴィクトリアが待っていた。
ミリアム:待たせてしまいましたね、申し訳ない。
ヴィクトリア:いえ、そんな事はございません。
ミリアム:あれから、体調はどうですか?
ヴィクトリア:はい・・・それなのですが・・・
ミリアム:どうしました?
ヴィクトリア:今日、先生がお電話で教えて下さった、アラン・フィンリー探偵事務所へ行きました。
ヴィクトリア:ですが、私の依頼は受けて頂けませんでした。
ヴィクトリア:それで・・・もう私はどうしたらいいのか・・・
ミリアム:それで気分が優(すぐ)れないのですね。
ヴィクトリア:ええ・・・
ミリアム:その件に関してなのですが、先程、アラン君が私の所へ来ましたよ。
ヴィクトリア:本当ですか!・・・それで、なんと・・
ミリアム:私からも事情を説明して、改めて頼んではみたのですが、、
ミリアム:どうやら、彼には彼の事情があるようでしてね、私が考えていたようには行きませんでした。
ヴィクトリア:あぁ・・・
ヴィクトリア:そうでしたか・・・
ミリアム:ですが、いろいろ条件を変えて、それで何とか依頼を受けて貰いましたよ。
ミリアム:当初の予定とは少し変わりましたが、これでシャドウ・レインの問題は、近いうちに解決できると思いますよ。
ヴィクトリア:それは本当ですか!
ミリアム:ええ、
ミリアム:また、アラン君の方からヴィクトリアに連絡が行くと思いますから、その時は対応してやって下さい。
ヴィクトリア:はい、わかりました。
ヴィクトリア:あぁ、先生、有難うございます。
ミリアム:いえいえ、この件が早く解決できるといいですね。
ミリアム:では、今日の診察を始めましょうか
ヴィクトリア:はい
(間)
ヴィクトリア(M):ミリアム教授の診察が終わる頃、外は雨が降り始めていた。
ヴィクトリア(M):私が駐車場で車のエンジンを掛けようとした時、
ヴィクトリア(M):私の屋敷から「アランと名乗る探偵が私を訪ねてきている」との連絡が入った。
ヴィクトリア(M):私はアランにはドローイングルームで待っていてもらうようにと促(うなが)し、急いで屋敷に戻った。
(ヴィクトリアの屋敷)
アラン(M):僕がヴィクトリアさんの屋敷で、紅茶をいただいていると、彼女が少し急いだ様子で部屋に入って来た。
ヴィクトリア:ごめんなさいアラン、お待たせをしてしまって。
アラン(M):僕の前に現れた彼女は、探偵事務所で見た時よりは幾分(いくぶん)元気があるようだった
アラン:いえ、大丈夫ですよ、今美味しい紅茶を頂いていたところです。
アラン:なんでも、ヴィクトリアさんも、ミリアム教授の所へ行っていらしたとか。
ヴィクトリア:ええ、今日は週に一度の診察の日でしたの。
ヴィクトリア:アランもミリアム教授の所にいらしたと、教授が仰ってましたわ。
ヴィクトリア:入れ違いだったみたいですね。
アラン:ええ、どうやらそうみたいですね。
アラン:あの時、ミリアム教授の言っていた「待たせている患者」が、まさかヴィクトリアさんだったとは・・・ミリアム教授も人が悪い。
ヴィクトリア:ふふ、そんな事があったんですか。
ヴィクトリア:医者の守秘義務というやつでしょうか、教授は厳格な方ですから。
アラン:ええ、多分そうなんでしょうね。
ヴィクトリア:ところでアラン、ミリアム教授からお話を伺(うかが)いましたが、今回の依頼を受けて下さるとか。
アラン:結局、そうなってしまいましたね。
ヴィクトリア:よかったわ、ありがとうございます。
アラン(M):ヴィクトリアが安堵の表情を浮かべた次の瞬間、急に彼女の雰囲気が変わった。
ヴィクトリア:ところでアラン、探偵事務所でもお話を致しましたが、
ヴィクトリア:あなたが例えどんな職業であっても、私はモントローズ家の名にかけて決して口外はいたしません。
ヴィクトリア:ですから、安心をしてください。
アラン:お気遣いありがとうございます。
アラン:ですが、あなたが今回の件に関して、ミリアム教授からどのような説明を受けたのかは分かりませんが、
アラン:何やら思い違いをなさっているようですので、少し訂正をさせて下さい。
ヴィクトリア:思い違い・・・ですか? それはなんでしょうか。
アラン:まず、僕はヴィクトリア・モントローズの依頼を受けたのではなく、ミリアム・クラウザーの依頼を受けたという事。
アラン:そして、僕は探偵であり、探偵としてここに来ているという事です。
アラン:これからあなたにお聞きする事は、探偵としてシャドウ・レインの動向を探る為のものです。
アラン:どうかご理解ください。
ヴィクトリア:・・・そうでしたか、それは大変失礼をいたしました。
アラン:いえ、いえ、こちらこそ一方的な物言いで、申し訳ありません。
ヴィクトリア:それではアラン、あなたは探偵として、今回の件をどのように解決するおつもりですか?
ヴィクトリア:ミリアム・クラウザー教授の依頼とは、一体、どのようなものなのですか?
アラン:あなたの疑問はわかりますが、それは探偵の守秘義務として、依頼主ではないあなたにお話する事は出来ません。
アラン:それもご理解下さい。
ヴィクトリア:ですが、私は当事者です。
ヴィクトリア:教えて下さってもいいではありませんか。
アラン:いえ、まだあなたがシャドウ・レインだと確定した訳ではありません。
ヴィクトリア:ですが・・・
アラン:もしあなたが本当にシャドウ・レインだと、僕の中で確信が持てた時、
アラン:その時には、あなたに全てをお話します。
アラン:勿論、その時にお話する時間があればですが・・・
ヴィクトリア:そうですか・・・分かりました。
ヴィクトリア:シャドウ・レインの正体が世間に知られる前に、解決をして頂けるのであれば、あなたに全てを委(ゆだ)ねます。
ヴィクトリア:あなたがどのような手段を使おうと、私はその全てを受け入れます。
ヴィクトリア:そして、その覚悟は既に出来ています。
アラン:分かりました。
アラン:では、聞き取り調査を始めましょう。
アラン:あなたが、ご自身をシャドウ・レインだと思うようになった切欠を教えて頂けますか?
アラン:何でも構いません、思い当たる事柄を挙げて行ってもらえますか
ヴィクトリア:はい・・・
ヴィクトリア:実は、私は昔から片頭痛を持っておりますので、頭痛の酷い時にはよく薬を飲んで横になるのです。
ヴィクトリア:低気圧のせいでしょうか、雨が降りそうな時に酷くなることが多いんです。
アラン:なるほど・・・それで?
ヴィクトリア:3週間程前でしょうか、私が目が覚めると、髪の毛が少し濡れている事に気が付いたのです。
ヴィクトリア:その時は、ほんの少し濡れている程度でした。
アラン:3週間ほど前ですか・・・シャドウ・レインの最初の出没とは、少し日にちにズレがありますね。
アラン:シャドウ・レインが最初に現れた時は、どんな感じでしたか?
ヴィクトリア:最初にシャドウ・レインの事件があった日には、何かがあったという事はありませんでした。
ヴィクトリア:ただ、その日も私は片頭痛が酷くて数時間横になっていました。
アラン:そうですか・・・
アラン:それで、髪の毛が濡れている事に気づいた後、あなたはどうしました?
ヴィクトリア:不思議だとは思ったのですが、特にどうもしませんでした。
ヴィクトリア:その二日後がミリアム教授の診察の日でしたので、教授にその事を話しました。
アラン:で、教授はなんと?
ヴィクトリア:その時は、夢遊病かもしれないと言われました。
アラン:夢遊病ですか・・・
ヴィクトリア:はい、眠っている間に外に出たのではないかと
アラン:なるほど・・・それで?
ヴィクトリア:教授が言うには、夢遊病はストレスから来ることが多いので、少し様子を見ようと・・
ヴィクトリア:でも、それからなんです、次第に目覚めた時の状態が酷くなっていきました。
ヴィクトリア:それと同時に、自分が眠った事すらも覚えていないような事も増えて行って・・・
ヴィクトリア:教授にその事も相談したら、解離性同一性障害の疑いがあると言って調べて下さいました。
アラン:それで、解離性同一性障害と診断されたのですね。
ヴィクトリア:ええ、何かのタイミングで別の人格が現れて、何らかの行動をした後(のち)に眠りについたのではないかと
アラン:ほう・・・
ヴィクトリア:それで、前々回シャドウ・レインが現れた日、私はレインコートを着たまま目覚めました。
ヴィクトリア:そして前回も・・・
アラン:それで、ご自身がシャドウ・レインだと思うようになったのですね?
ヴィクトリア:そうなんです。
ヴィクトリア:前回目覚めた後で、テレビでシャドウ・レインのニュースを見たんです。
ヴィクトリア:その時、私はもう恐怖でパニックになってしまいました。
ヴィクトリア:それで、ミリアム教授の診察日が待てずに、お電話で教授にご相談したんです。
ヴィクトリア:この状況で、モントローズ家の家名を守る為には、どうしたらいいのかと・・・
ヴィクトリア:そうしたら、教授がアラン・フィンリー探偵事務所を紹介して下さって、
ヴィクトリア:あなたに相談したら、私の望みを叶えてくれるかもしれないと・・・
アラン:なるほど、それで僕の事務所に
ヴィクトリア:ええ・・・
アラン:わかりました。
アラン:では、次に何がシャドウ・レインのトリガーとなっているのかを調べて行きましょう。
アラン:全ての雨の日にシャドウ・レインが現れるわけではありません、何か雨以外にトリガーがある筈です。
ヴィクトリア:そうですね、わかりました。
アラン(M):それから僕は、再びヴィクトリアのスケジュールの聞き取りを行い、
アラン(M):シャドウ・レインの出没場所や出没時間などの情報と照らし合わせた。
アラン(M):本来のヴィクトリアのスケジュールは、僕の想像よりも遥かに忙しいものであったが、
アラン(M):二ヶ月前にストレスで体調を崩してからは、週に一度のミリアム教授の診察以外は、
アラン(M):殆ど何もせず、のんびりと気ままに過ごすようになったという。
アラン(M):結果として、ランダムとも思えるシャドウ・レインの出没と、
アラン(M):二ヶ月の間のヴィクトリアの気ままな行動との間に関連性を見出す事は出来なかった。
ヴィクトリア:どうでしたか?
ヴィクトリア:何か分かるような事はありましたか?
アラン:うーん、ヴィクトリアさんの行動と、その行動の切っ掛けになった現象も含めて
アラン:シャドウ・レインの出没と照らし合わせてみたのですが、
アラン:正直、どちらもこれと言った一貫性がないものですから、関連性を見けるのは難しいですね。
ヴィクトリア:そうですか・・・・痛ぅ・・
アラン(M):一瞬、ヴィクトリアの顔が引きつったように見えた。
アラン:どうされました?
ヴィクトリア:・・・ちょっと頭痛が・・・失礼ですが、ちょっとお薬を飲ませて頂きますね。
アラン:ええ、どうぞ・・・それより、大丈夫ですか?
アラン:よろしければ、今回はこれで終わりにして、少し横になられたほうが?
ヴィクトリア:いえ、今回は横になる程の痛みではないですから
ヴィクトリア:どうも私は低気圧に弱くて、この時期は割と頻繁(ひんぱん)に起こるんです。
アラン(M):そうか、低気圧か・・・
アラン(M):僕は、ヴィクトリアの行動と、シャドウ・レインの出没記録の上に天気情報を重ねた
アラン(M):そして、それを見て、僕はある事に気が付いた。
アラン:これか・・・・
アラン(M):ヴィクトリアが探偵事務所に来てから、今に至るまでの経緯(いきさつ)を頭の中で丁寧に思い浮かべていくと、
アラン(M):僕の中の小さな気付きは、ほぼ確信へと変わっていった。
ヴィクトリア:何かお分かりになりましたか?
アラン:ええ、ヴィクトリアさん、ありがとうございました。
アラン:これで大体の予測は立てられました。
ヴィクトリア:本当ですか!
アラン:ええ、僕の予測が正しければ、多分、もうシャドウ・レインが殺人を犯す事はありませんよ。
ヴィクトリア:あぁ、よかった・・・
ヴィクトリア:という事は、アランの中で私がシャドウ・レインという確信が持てたという事ですね。
ヴィクトリア:では、先ほどの約束通り、全てを私に話して頂けますか?
アラン:いえ、まだ僕の中で予測が出来たというだけで、確信が持てたわけではありません。
アラン:確信が持てる時が来るとすれば、それは僕の予測通りにシャドウ・レインが現れた時です。
ヴィクトリア:ですが、アランは今「シャドウ・レインが殺人を犯す事はない」と・・・
アラン:僕は、シャドウ・レインが現れた時点で、この件を終わらせます。
アラン:ですから、シャドウ・レインが再び殺人を犯す事は無いという事です。
ヴィクトリア:・・・そういう事ですか・・・
ヴィクトリア:つまり、私がシャドウ・レインになっている間に殺(ころ)・・・いえ、解決させるという事ですね。
ヴィクトリア:ですから先程、「その時に話す時間があれば」と仰ったのですね。
アラン:それにお答えする事は出来ません。
ヴィクトリア:・・・そうでしたね・・・
アラン:申し訳ありません。
ヴィクトリア:いえ、いいんですよ、あなたは「探偵」ですものね。
アラン:ええ
ヴィクトリア:ではアラン、あなたはこれからどうなされるのですか?
アラン:僕は一旦、あなたの前から消えます。
アラン:あなたが、普段通りの生活をしていないと、シャドウ・レインが現れない可能性がありますから
ヴィクトリア:でも、それでは・・・
アラン:大丈夫ですよ。
アラン:僕はあなたからは見えない場所にいるというだけで、監視はしていますので安心してください。
ヴィクトリア:あぁ、そういう事ですか、分かりました。
アラン:では、僕はこれで失礼します。
ヴィクトリア:では、ヴィクトリアとしてあなたと会うのは、これが最後になってしまうかもしれませんね。
ヴィクトリア:アラン、今までありがとうございました。
ヴィクトリア:ミリアム教授が依頼の際に、あなたにはご無理を通して貰ったと仰っていました。
ヴィクトリア:それも併(あわ)せまして、重ね重ね本当に有難うございました。
アラン:ヴィクトリアさん、まだ事件は解決した訳ではありませんよ。
ヴィクトリア:そうですね。
ヴィクトリア:では今回の件、よろしくお願いいたします。
アラン:わかりました、では失礼します。
アラン(M):僕はモントローズ家の屋敷を後にして、自宅に戻った
アラン(M):そして、僕は慎重にシャドウ・レインを殺す為の支度を整える。
アラン(M):今回はなるべく人目に付かず、迅速かつ、なるべくターゲットに苦痛を与える事のないように・・・
アラン(M):僕の予測が正しければ、シャドウ・レインが次に現れるまでには、まだ日にちがあるが、
アラン(M):もしもの事を考えて、支度を整えた後、僕はすぐに監視対象の張り込みへと向かった。
(間)
ヴィクトリア:もしもし、ミリアム教授ですか? 私です、ヴィクトリアです。
ヴィクトリア:先程、アランさんが私の所へ来て、聞き取り調査を行って行(ゆ)かれました。
ミリアム:そうですか、それはご対応ありがとうございました。
ミリアム:それで、いかがでしたか?
ヴィクトリア:アランさんは、探偵の守秘義務として詳しい事は教えて下さいませんでしたが、
ヴィクトリア:どうやら、私がシャドウ・レインだと確信を持たれたご様子でした。
ミリアム:そうですか・・・
ミリアム:それで、彼はなんと?
ヴィクトリア:もうシャドウ・レインが殺人を犯す事はないと仰っておりました。
ミリアム:そうですか・・・
ミリアム:で、彼は今どこに
ヴィクトリア:もう帰られましたわ。
ヴィクトリア:この屋敷を出て、私から見えない場所で、私の監視をしていると・・・
ヴィクトリア:そして、シャドウ・レインが現れたら、事件を解決するという算段のようです。
ミリアム:分かりました、わざわざご連絡して下さって、ありがとうございました。
ヴィクトリア:いえ、教授にはお世話になりましたので、お礼が言いたくて
ヴィクトリア:もう、教授の診察は受けられないかもしれませんから・・・
ミリアム:・・・・
ミリアム:早く事件が解決するといいですね。
ヴィクトリア:ええ・・・
(間)
アラン(M):張り込みをしてから二日目
アラン(M):僕の予測が正しければ、今日、シャドウ・レインが現れる。
アラン(M):そして、その日の午後、天気予報通り、雨の兆候が現れた
アラン:もうすぐ雨が降りそうだな。
アラン(M):そう思った時、監視対象が動き始めた。
アラン(M):監視対象は車に乗り、門を出て行った。
アラン(M):僕も慎重に車で後を付ける
(間)
アラン(M):車はリバーサイド・パークに向かっているようだった。
アラン(M):シャドウ・レインは、人気(ひとけ)の少ない、少し薄暗い場所を選らんで殺人を犯している
アラン(M):リバーサイド・パークにも、木々に囲まれた散歩道があり、人もまばらだ
アラン(M):恐らく今回はそこで殺人をするつもりなのだろう
(間)
アラン(M):車は案の定、リバーサイド・パークの駐車場に駐(と)められた。
アラン(M):雨は既に降り始めており、車からレインコートを着た人影が降りてきた。
アラン(M):その顔は、これまでに何度も見ていたが、表情がそれまでとは若干違うように思える。
アラン(M):恐らくシャドウ・レインになった時には表情が変わるのだろう。
アラン(M):シャドウ・レインは、そのまま、僕の予想通り、散歩道へと歩いて行った。
アラン(M):木の陰でターゲットが通るのを待つシャドウ・レイン
アラン(M):遠くに人影が見えた時、シャドウ・レインがナイフを取り出した。
アラン(M):それを確認して、僕は声を掛ける。
アラン:そこまでにしてください、シャドウ・レイン。
アラン:いや、ミリアム教授
アラン(M):彼女は一瞬びくりと肩を上げたが、その後、ゆっくりとこちらへ振り返った。
ミリアム:どうして君がここに?
アラン:僕はあなたを監視していましたから、ここにはあなたに付いて来ただけですよ。
ミリアム:君はヴィクトリアを監視していたのではないのかね?
アラン:いえ、監視対象は初めから貴方でしたよ。
アラン:ヴィクトリアさんが犯人でない事は直ぐに分かりましたから。
ミリアム:どうしてだね?
アラン:女性がナイフで殺人をするのは、結構難しいんですよ。
アラン:男性並みの腕力か、医学的な知識がない限りね。
アラン:彼女はそのどちらも持ち合わせていない。
ミリアム:なるほど・・・
ミリアム:で、どうして今日だと分かったんだね?
アラン:ヴィクトリアさんの行動とシャドウ・レインの出没記録に天気情報を重ねた時に分かりました。
アラン:シャドウ・レインは、いつもあなたの診察日から、ちょうど3回目の雨の日に出没していましたから。
アラン:そして今日も、あなたの診察日から3回目の雨
ミリアム:そうか
アラン:あなたはヴィクトリアさんに、自分の診察から3回目に雨が降る時、
アラン:レインコートと手袋をして指定の場所に行け。
アラン:そういう催眠暗示(さいみんあんじ)をかけていたんですよね。
アラン:そして、現場で彼女と落ち合い、自分の殺しに使った凶器を彼女に渡していた・・・
ミリアム:・・・・
アラン:流石ですね、曜日や日付とかではなく、不定期な雨を利用するなんて。
アラン:それに、そんな複雑な催眠暗示を掛けられるなんて、
アラン:こちらも、流石、深層心理学のエキスパートというべきでしょうか。
ミリアム:君に褒めて貰えるとは、痛み入るね。
ミリアム:もう一つ教えてくれないか、いつ私だと分かったんだね?
アラン:最初にあなたを疑ったのは、キングストン大学にあなたを訪ねて行った時です。
ミリアム:あの時に・・・何故だね?
アラン:あなたは、多重人格者の精神について語った時、
アラン:「ヴィクトリアは清廉潔白だが、シャドウ・レインは、まるでその逆だ」と言いました。
アラン:どうしてあなたはシャドウ・レインの精神が、ヴィクトリアさんの逆だと言えたのですか?
アラン:ヴィクトリアさんにはシャドウ・レインの記憶がないのですから、彼女から聞く事は出来ませんよね?
ミリアム:ほう
アラン:それに、ふたりは記憶を共有していないとも言った。
アラン:ヴィクトリアさんにシャドウ・レインの記憶がない事はわかります。
アラン:ですが、何故、シャドウ・レインがヴィクトリアさんの記憶を持っていないと言えたのですか?
ミリアム:・・・
アラン:それは、ミリアム教授、あなたがシャドウ・レインを知っていたからです。
アラン:精神分析の権威(けんい)が、会った事もない人間の精神について語るなんて、可笑しな話ですからね。
アラン:少なくとも、僕の知っているミリアム・クラウザーという人物は、
アラン:不確定な事柄に関して、決して断言をする人間ではない。
ミリアム:なるほど、確かに不用意な発言だったよ。
ミリアム:ふふ、それにしても、君は父親に似て鋭いんだな
アラン:恐れ入ります。
アラン:でも、どうして教授がこんな事をしたんですか
ミリアム:そうだな、ここまで来た君には、全てを話さなといけないだろうな・・・
ミリアム:実は私は解離性同一性障害なのだよ
アラン:教授が・・・ですか?
ミリアム:あぁ、だがヴィクトリアのケースと違う点は、
ミリアム:私の場合は、もう一方の人格とコミュニケーションが取れる点だ、ある程度、記憶も共有できるのだよ。
ミリアム:非常に稀なケースだが、まさか自分がそれになってしまうとわね。
アラン:それで、そのもう一方の人格が殺人鬼だったのですか。
ミリアム:あぁ
ミリアム:だが、私の別人格も最初は殺人を犯すような性格ではなかったんだよ。
ミリアム:彼女はとても臆病(おくびょう)な性格でね、他人の前には滅多に出て来ない。
ミリアム:現に彼女は先程まで表に出ていたのだが、君が声を掛けた途端(とたん)に引っ込んでしまったよ。
アラン:ならどうして・・・
ミリアム:彼女はずっと私のストレスに悩まされていたようでね、
ミリアム:次第に破壊行動をとる様になり、いつしか殺人衝動にかられるようになったんだよ。
アラン:・・・
ミリアム:最初私は、これが別人格などではなく、単なる自分自身の押さえきれない衝動だと思っていたんだが、
ミリアム:調べて行くうちに、明確な人格がある事が分かったよ。
ミリアム:私が診断を下したのだ、間違いない。
アラン:そうだったんですか・・
ミリアム:最初は彼女に言い聞かせて、衝動を思い留まらせていたんだが、いつしかそれも効かなくなってしまってね。
ミリアム:次第に私の意識外で行動を起こすようになってしまったんだ。
アラン:それで殺人を
ミリアム:あぁ、私が気付いた時には、もう殺人を犯した後だったよ
アラン:・・・
アラン:でも、何故ヴィクトリアに
ミリアム:ヴィクトリアは昔からストレス性障害で悩んでいてね、私の古くからの患者だったんだ。
ミリアム:ある日、彼女に夢遊病の症状がある事が分かったのでね、利用させてもらったよ。
ミリアム:殺人をする日を予め決めておけば、その日までは私の別人格も大人しくしててくれたしね。
アラン:・・・
ミリアム:暫くシャドウ・レインの隠れ蓑(かくれみの)にでもなってくれればと思ったのだが、
ミリアム:彼女があれほど狼狽(ろうばい)するとは・・・悪い事をしてしまったな。
アラン:僕は最初、教授がシャドウ・レインを殺して欲しいと言った時
アラン:教授がヴィクトリアさんの別人格を操って、殺しをさせていたのかと思いました。
ミリアム:彼女に殺人をさせる訳にはいかないだろう
アラン:確かにそうですね・・・
ミリアム:それに、ヴィクトリアは多重人格ではないよ、私が彼女にそう思わせていただけさ。
アラン:なら何故シャドウ・レインを殺して欲しいだなんて・・・
アラン:ミリアム教授自身の事じゃないですか!
ミリアム:さぁ、どうしてかな、話の流れでつい・・・と言ったところかな
ミリアム:きっと、君がヴィクトリアをシャドウ・レインだと勘違いしてくれる事を期待したのだよ。
アラン:どうしてそんな・・・
ミリアム:さて、もういいだろう。
ミリアム:シャドウ・レインの正体を知った君は、これからどうするんだね?
アラン:・・・勿論、依頼を完了させて頂く事になりますね
ミリアム:そうだろうな・・・まぁ、私の計画が失敗したんだ、仕方ないさ。
アラン(M):ミリアム教授は、口角を少し上げた
アラン:・・・
アラン:これは、ジェットインジェクターを少し改良したものです。
アラン:あなたも似たようなものを見た事があるでしょう。
ミリアム:それは、噴射(ふんしゃ)式注射器の類(たぐい)だろ?
ミリアム:精神科医では使わないがね。
アラン:ええ、そして中身はプロポフォールです、濃度は教えません。
ミリアム:全身麻酔薬か、濃度は致死量を超えているという事だろうな。
ミリアム:どうやら私が苦しまないように配慮してくれたようだね。
アラン:あなたは父の友人ですから
ミリアム:気を使わせてしまって、すまなかったね。
ミリアム:あぁそうだ、ヴィクトリアは東側の駐車場に来ているはずだ。
ミリアム:駐車場に着いてから、1時間私と会わなければ、勝手に家に帰って暗示が解けるよ。
ミリアム:もう私の診察はないんだ、二度と暗示にかかる事はない。
アラン:そうですか、分かりました。
アラン:では教授・・・
ミリアム:あぁ、君も達者でな
ミリアム:彼女には謝っておいてくれ
アラン:ええ
アラン(M):僕は教授に近づき、ジェットインジェクターをミリアム教授の首筋の経静脈に当ててトリガーを引いた。
ミリアム:アラン、ありがとう
アラン(M):薬が効いて眠るまでの数秒の間に、教授はニコリと微笑み、僕に向かってそう言った。
アラン(M):彼女が言い残した言葉は、僕が人を殺す時に一番聞きたくないセリフだった・・・
(間)
アラン(M):それから、僕は教授の握っていたナイフを回収し、公園から引き上げた。
アラン(M):そして、公園から戻ったヴィクトリアに、事の次第を全てを話した。
アラン(M):僕がどういう人間かという事も含めて。
ヴィクトリア:そうだったのですか・・・
アラン:ええ、ミリアム教授が最期にあなたに「謝っておいて欲しい」と言っていましたよ。
ヴィクトリア:そうですか、ですが私はミリアム教授を恨んではいませんよ。
アラン:それは本当ですか?
アラン:ヴィクトリアさんは、あんなに苦悩(くのう)させられたのに・・・・
ヴィクトリア:ええ、私にはミリアム教授の気持ちが分かる気がするのです。
ヴィクトリア:あの方も、私と同じ神を信仰していましたから
アラン:・・・そういう事だったのですか・・・
ヴィクトリア:もしかしたら、教授ご自身がシャドウ・レインだと気づかれた時に、
ヴィクトリア:この計画を立てられたのかもしれませんね。
アラン:最初から、自殺ほう助をしないと言っている僕に、自分を殺させる為に・・・
ヴィクトリア:ええ・・・
アラン:確かに、毎回診察日に新たな催眠暗示をかけて、その都度違う場所を指定していたのですから、
アラン:わざわざ毎回「3回目の雨の日」とする必要はないですからね。
アラン:全ては、僕に気づかせるために・・・
ヴィクトリア:そうかもしれませんね。
ヴィクトリア:おそらく最初の殺人が、たまたま3回目の雨の日だったのでしょうね。
ヴィクトリア:それを利用して、ずっと続けていけば、あなたに気付いて貰えると思ったのかもしれません。
アラン:はぁ・・・
ヴィクトリア:ふふ、
ヴィクトリア:今回はアランには気の毒な事でしたね。
ヴィクトリア:ですが、私は教授のお手伝いが出来て良かったと思っていますよ。
アラン:はぁ・・・ったく・・・
ヴィクトリア:ふふふ
アラン(M):その後、ミリアム教授の遺体がリバーサイド・パークで発見された。
アラン(M):警察や大学関係者がミリアム教授の遺品をはじめ、身辺(しんぺん)を整理しているが、
アラン(M):あの教授の事だ、彼女の周辺からシャドウ・レインの痕跡(こんせき)など微塵(みじん)も出て来やしないだろう。
アラン(M):つまり、シャドウ・レインの事件は迷宮入りする事になる。
アラン(M):それもミリアム教授の筋書き通りか・・・
アラン:はぁ・・・結局最後まで、僕はあの人の思惑通りに話を進められてしまったという事か・・・
アラン(M):やはり僕はあの人の事が苦手だと思った。
(間)
アラン(M):秋のイーストエンドにまた雨が降る。
アラン(M):僕はおそらく、これから先もこんな日には、あの人の事を思い出すのだろう。
アラン(M):灰色の空から落ちる雨粒が、古びた街並みに溶けて行き
アラン(M):雨音が過去の思い出でも連れて来るかのような、こんな雨の日には・・・
アラン(M):少しため息の交ざった記憶と共に
終わり
アラン・フィンリー探偵事務所 Shadow Rain ~雨の日の殺人鬼~(女×女×不問) Danzig @Danzig999
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