戦と宣布とカタストロフ4

結界は内側からの通行は検知しないので、そのまま空へ浮上することができた。

もう何度目か分からない上空からの景色。


戦場は地獄絵図の三歩手前といった阿鼻叫喚に包まれていた。


城の中は結界で遮音されていたから、気が付かなかったが外は大騒ぎになっていた。

魔物の雄叫び、冒険者の絶叫。


酷い有様だった。


極大の魔法が草原だったところを焼き払い、街の一部を無に返している。

瞬き一つの間にも、多くの命が失われていた。


ただ、僕が呼びかけた成果が出ているようで、多くの冒険者達が活躍していて、そこに回復薬の供給が多くされているので死亡率はまだ抑えられている方だ。

ここに、これから軍が参加するから国の守りは硬くなる。


敵の数が多いから、長期戦にはなるかもしれないが。

あとは、家族だ。


僕は父と妹に専念すればいい。

軍だけでなく民衆にも働きかけたから、思ったよりも時間がかかった。


そのおかげでこうして戦力を整える事はできたが、父や妹には負担を強いてしまった。

敢えて意識の外に置いていたが、父の所在地は現在ある一点で止まっている。

しかも、街とはだいぶ離れた場所で。


城に入る前までは、ずっと城壁に沿って周回していた。

城を囲う結界は魔力を通さない性質があったようで、中にいる間は父の居場所が掴めなかった。


入る前と出た後。


シリウスやイルディオと話している最中に、変化があったということだ。

父が留まらなければならないほどの強敵。


あるいは、大規模なトラブル。


思いつくのは、悪いことばかり。

ただ、幸いなことに父は機敏に動いているようだった。

座標的には動いていないが、何かしら動いてはいるのだ。

それは父が生存していることを意味している。


だが、あの父が拘束されるほどの敵か。

早く合流して、助けなければ……。


空中を飛ぶ。

目的地で、父の反応があった黒い渦を目指して。


その渦の下では、何回も、緑の閃光が輝いていた。何度も見た光。それは、父が何回も必殺の一撃を放っていることを僕に教えてくれた。多大な魔力を消費することと、身体への負荷が大きすぎるから一日一回が限度という技。


それを、何度も何度も。ただでさえ、僕との訓練で今日は既に一度使っているというのに。

明らかに、父は追い詰められているのだ。

急がねばならない。


思いっきりスピードを上げる。

体が悲鳴を上げていた。

エアロの活用に、移動のための魔力の酷使。


父との修行で既に僕も技を使ってしまっているせいで、元々魔力は消費していたのだ。

エネルギーが底を尽きていても、なにも不思議ではなかった。

それに加えて、結界にぶつかった時の物理的なダメージ。


特に魔力が致命的で、もう浮遊状態を維持できない程度には枯渇していた。

だから、途中から移動手段を変える必要があった。

自分の足、冒険者から逸れたであろう馬。


走って馬を探して、乗って進んで、馬が疲れたら降りて別の馬を探して。

そういうローテーションを回して父の元へ近づいていく。

魔力のポーションは尽きていた。既に何度も飲んでいて、枯渇してしまった。


動いている商人から補給を得ることも考えたが、上手く見つけることもできなかった。

何より地面のに足をつけたことで、魔物がそのまま障壁となってしまい、それどころではなかったのだ。

倒すためにスコップを振るうのに必死で、余裕がなかった。


奴等は人の疲労など関係なしに、ドンドンと攻めてくる。


「邪魔だ!」


払っても払っても、無限に湧いてくる魔物達。

そのせいで、到着が遅れた。

辿り着いた場所は、空に浮かぶ漆黒の渦の中心点の直下だった。


距離が縮まっていくに連れ、空気中の魔力が濃くなってきたのはこれのせいだろう。

魔物も凶暴になり、一歩進むたびに歩みが遅くなってしまった。


しかし、ある一定のラインを超えたところで、敵が一切手を出してこなくなった。

突然ひらけた視界に戸惑う。


代わりに目に入って来たのは、豹変した大地だった。

黒ずみ、凹凸が激しい地面にはいくつものマグマのように発光する箇所がある。


全体的に円形に凹んでいるのは、激しい戦闘跡を示していた。

更に渦の直下にあるせいか、灰が一層激しく降り注いでいる。


戦っているのは父だけだ。


なんで生きているのか、というレベルで血を流している父だけ。

父の見目は酷いものだった。


まず、左腕がない。利き手を失い、右手だけで巨大た敵に応戦している。

服と肌と髪は血や泥でグチャグチャで、呼吸は大きく乱れていた。専用のスコップは既に手元になく、握っているのは冒険者なら誰でも持っているような薄く短い剣一本である。その剣も折れて上半分は無くなっていて、追い詰められていることがよく分かってしまう。


そんな惨状でも瞳から光は失われておらず。

強い眼光で相手を睨んでいた。

では、その父を追い込んだ敵がどんな姿をしているのかと云えば。


……機械。


いや、機械なのだろうか。


正直、正体はよく分からない。

単純に、見た感想をただ述べると、こうだ。

紫色を基調とした、家二軒分の大きさがある謎の物体。


細い四つ足に、長い胴体が乗っかっている。天辺にある頭のような部分から、赤い一つ目がぎょろりと覗いていた。

つるつるとした表面からは、人工物の雰囲気がする。


胴体の大きく欠けた部分には、空色の歯車と球体が埋まっていた。

父との攻防で、その巨体は大きくダメージを受けていて、その中心にある球体もヒビが入って割れている。


全身が動くたびに町で偶に見る機械のように、ギリギリと音を立てる。

初見で、僕はゴーレムを連想したが、あれとは全く異なるロジックで稼働しているようだ。

生命が宿っているのか、いないのかも不明。少なくとも、魔力を感じない。

魔物と呼ぶには無機質で、機械と呼ぶにも大きすぎである。


一体、何だというのか。


正体不明の相手であるが、サイズや風格から、ボスであることは明白。

こんな化け物と、父は戦っていたのか……。

どちらも疲弊している所為か、動きは膠着している。


「アーク……」


僕が唖然としていると、父がこちらに振り向いた。

良き絶え絶えで、いつもの笑みが消えている。

目だけがギラリと輝いて、怪しく光る姿はどちらが魔物か判別に困るほど。


「と、父さん……」


いつもと違う様子に、僕は戸惑ってしまう。


「良かった……」


その次の瞬間、父の体がグラリと揺れた。

全ての力を使い切り、とうとう倒れてしまったのだ。

僕は父の元に駆け寄り、急いで回復薬を分け与えようとした。


だが、父は回復薬をかけても一向に回復する気配がない。


「元気でな……」


それが、父の最後の言葉になった。

四肢に力はなく、筋肉が完全に弛緩している。


伏した瞳は二度と自力で開く事はなく、触れるたびに体温が下がっていく。

それは、間違いなく命の終わりを意味していた。


あれだけ強かった父が。

あの暖かかった父が。


こうして命尽き果てて、倒れてしまったのだ。

僕は父を死に至らしめた元凶を睨む。


巨大な敵を仰ぎ見る。

そこで、ようやく気がついた。


「!」


敵は、休息を取っていたのではなく、完全に沈黙していた。

よく目を凝らすと、胴体の中心部には大きな穴が空いていて、中で空色の物体が潰れていた。

遅れて、紫の機械もその場に崩れ落ちた。

僕はどうやら勝負が決した直後にここに辿り着いたらしい。


そんなことをぼんやりとする頭で考えていた。


全てはどうでもいいことだった。


父が死んだ。


今後の戦局だとか、ボス格の滅殺とか、大事な事は沢山ある。

だが、最も尊敬する父の最後の一瞬が頭を支配してしまい、他のことが考えられなくなっているのだ。


どうしていいか分からず、立ち尽くす。

唯一出来たのは、絶叫。


現実を受け入れまいと、心が咆哮を上げていた。

その心に従い、残された力を全て込めて叫ぶ。

意味がないとは、理解しながら。

存外、涙は出ないものだと、思った。


「お兄ちゃん……」


妹が隣で泣いている。

屋根のない馬車の荷台で揺られながら、返事をする。


「うん」


父の亡骸が包まれた布地を隣に僕たちは草原を進んでいた。

あれから、どれ程の時が経ったのだろうか。

何時間も経過した気もするし、数秒しか過ぎていない気もする。


父の亡骸を抱いて、茫然自失していると、兵士がやって来た。もう一人、冒険者風の装いの男も隣に立っていた。兵士は、国の正式な軍属であり、冒険者はギルドの依頼で遥か遠くに遠征していた最強格の者だった。


二人は、僕に言った。


「全ての魔物は排除しました」

「遅くなり、申し訳ございません」


その他にも幾つか言われた気がしたが、記憶に残っていない。

ハッキリしているのは、魔物の侵攻は終わったこと。

我々の勝利で幕を閉じたこと。


それぐらいのものだ。

それで、ある程度落ち着いてから馬車に乗せられ帰宅する運びになり。

こうして馬車に揺られているというわけだ。


父と紫の何かが戦っていた場所は、酷い有様であった。ケトラが、例の塗料の力を使って居場所を把握してくれたおかげで、見つけられたそうだが、それがなければ生き残りはいないだろうと素通りされていたらしい。


「お父さん……」


そのケトラは父の死を知ってからずっとこの調子だ。

泣き崩れ、悲しみに打ちひしがれている。

涙すら出ない僕とは対象的に、感情を表に出せていた。


「……父は死んだ」


馬車に揺られ、辺りが草原になり、道に出て、城壁が近づいてくる。

進行により、随分とボロボロになったそれは、しかし形を残して聳えていた。

生き残った人々は、勝ったことを喜び、あちこちで笑い合っている。

そんな姿を見て、僕は日常を思い出す。

父がいた日々、父が生きていた日々を。


「父は死んだんだ」


もう戻らない過去を思い、気分が沈む。

そんな中、何故、父は死ななくてはならなかったんだ。

ふと、そんな疑問が浮かんだ。


父は僕がその場に辿り着く直前まで戦っていた。もっと早く、移動が済んでいたのなら助力が出来たかもしれない。そうしたら、父を失うこともなかっただろう。


もっと、魔力が自分にあれば。

もっと、武力が自分にあれば。


そう思わずにはいられない。


「もうすぐ町に着きますよ」


馬を操っていた、兵士が告げる。

いや、そもそも兵士、彼らがもっと迅速に動いてくれたのなら、こんなことにはならなかったのではないか。暗い感情が自分の中で渦巻き始める。


王では無ければ兵を動かせない、そういう変な縛りと、自分のことしか考えない王候補。

負の感情は、ちょっとしたきっかけを元に膨らんでいく。


「では、自分は報告がありますので。どうか気を落とさずに」


次いで、最強格の冒険者が去っていった。

こいつらもそうだ。こういう強い冒険者が町にもっと残っていたのなら、ギルドを先導して統率してくれたのではないだろうか。資源欲しさに、強い連中を軒並み遠征させるから、こうして肝心な時に武力が足りなくなるのだ。


そう考えると、この国の構造が悪い気がしてきた。

攻めてくる魔物なんかより。


よほど、国やギルドの方が悪い。

これは、災害ではなく人災であると断言できる。


「あははは!」


呑気に生き延びた人々が笑いあっていた。良いことなのに、今の自分には何だか腹いせのように感じられてしまう。


耳を劈く笑い声は、僕に対する攻撃だとすら思った。

こんな奴らを守るために、父は死んだのか。

僕が呼びかけなければ団結もしない。


きっかけを与えなければ動きもしない。

最早、国とギルドだけではなく、国民全員に見殺しに去れたようなものだ。


父を犠牲に生を謳歌する国なんて、滅ぼしてやりたい。本気でそう思った。

しかし、


(俺はこの国が好きだからな)


父は生前、この国が好きだと言っていた。

滅ぼすことは、彼が愛したものを壊すのと同義。そんなことはできない。


ならせめて。


父を死に至らしめた制度を。

父を殺したこの国を、変えてやる。

いつかパルマが言っていたことを思い出す。


(国を変えるには、自分が王になるくらいしかないわね)


僕が王になって。いや、俺が王になって。

全てを変えてやるんだ。胸に、新たな決意が宿る。


だが、王になるなんて王族ではない俺には厳しいこと。

それでも、諦めるわけにはいかない。


いつかカルラが言っていたことを思い出す。


(アークが、パパだったら良かったのに)


そうだ。


シリウスやイルディオなんかをトップに立たせるわけにはいかない。

俺がこの国の王になるんだ。


なってやる。


俺が、ディアナという国の父となる。


ディアナのパパになって見せる!


そして、制度を変えてやるんだ。

二度と悲しい想いをする人間を出さないために。


固い決意が、胸の内で激しく燃え上がった。

まるで、国を亡ぼす業火のように。

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ディアナのパパ 志季悠一 @yuichi-shiki01

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