戦と宣布とカタストロフ3

エアロに少しだけ劣るスピードで、城に向かっていた。

そして、あと数メートルで門付近に到着するといったところで、ドン、と何か壁のような物体にぶつかった。


「!?」


見えない壁に阻まれて、僕は落下してしまう。

遅れて、空間が、キラリと光るのが目に入った。


つまり、それは結界が張られていたということを示している。

緊急事態を察知してか、城だけは固く守ろうとしていたのだ。


地面に落ちて、ダメージで震える体を奮い起こして顔を上げる。

揺れる視界の中で、幾人かの群衆が門番に掛け合っているのが分かった。


「通してください、町が今大変なんです!」

「国の力を借りないと、出来ないことがたくさんあるんだ!」


どうやら、商人や町民が押しかけているようだった。

流通網の確立や、城壁の強化を行うには国の補助を受けるのが一番効率よく作業が進む。


だから、こうして訴えているのだ。


「何度も言わせるな、今は通すことはできん」


訴えに対して、門番は困った顔で応対している。


「待て、と上から命令されているのだ。出直してくれ」


当然、どちらも引き下がることはないので、押し問答状態だ。


「お前、若いのの叫びが聞こえなかったのかよ!」

「早くしないと間に合わねえんだ」


空には結界。


正面玄関は閉まっている。

これでは、兵が出てくることは叶わない。

出陣していないことは明らか。

だが、中に入る手段など、ない。

中に入る手段など……。

いや、ある。


一つだけ、もし今も通じていて、そこに結界がないのなら。

可能性の糸が僅かに見える。


カルラ。


彼女の部屋に通じる一本道。

あの秘密の地下通路がまだあるじゃないか。


カルラの部屋から、城内に侵入することができる。

そのことに気がついた僕は、進路を変えた。


結界を張っているということや門番の口ぶりから、きっと中に誰も入れたくない事情があるのかもしれない。

それでもなりふり構っていらないのだ。


入ることを許してくれたカルラや、黙認してくれているパルマに執事。

三人が迷惑を被る結果にはなってしまうが……。


思いついてしまった自分を止めることは不可能だった。


「カルラ……パルマ……ごめん」


誰にも聞こえないような小さい声で、零す。

この場に居ない彼女らに謝罪をしていると、


「おい、何だあれは……」

「空が赤くなっていくぞ」


ずっと門番と口論していた民衆がざわつき始めた。

上空を仰ぎながら、恐怖したように動揺している。

合わせて僕も上空に目線を向けた。そして、ギョッとしてしまった。


「……!?」


元々、侵攻が始まったときに緋色に染まっていた空が、更に赤くなっている。

真紅と表現してもいいほどには、真っ赤に染まっていた。

不気味なのは、色が濃くなったことに加えて人の躯のような模様が一面に広がっていることだ。


ただの侵攻ではない。


それがハッキリと嫌な形で実感させられる。

そして、更に不穏な部分がある。


「黒……いや、灰色。意味が分からない……」


地獄の蓋を開いたような漆黒の渦が、遠くの空に展開していた。

真紅の空の中に合ってなお歪さが際立つ色彩。


大きさは、直径が国一つ分くらいだろうか。

目算なので、それ以上の幅があるかもしれないがとにかく巨大だった。


その渦から、死を連想させる灰が無尽蔵に降り注いでいて、遠くにあるにも関わらずここまでその不気味な物質は届いていた。


始めは雪かと思っていたが、地面に付着しても溶けることがないので灰だと確信した。

この世の終焉のような光景に慄いていると、


「こ、今度は何だ!」


再び群衆がどよめいた。


「何か出てくるぞ……」


誰かの言う通り、渦の中心から、何かがせり出ていた。

正体は分からない。ただ、紫色をしたとげとげした魔物の角のようなものが、先端を覗かせている。

それだけが確かな事実だった。


直感的に、あれはマズいものだと思った。

世界に存在してはいけないものだと思った。


ゆっくりと、ゆっくりとその紫は下に降りてきているようで。

強い危機感を覚える、本能的な恐怖を感じた。


「急がなくちゃ」


そうは言っても、今僕に出来ることはほとんどない。

とりあえずは、城へ。

最善の行動をしなくては。


脇目もふらず、入り口のある裏路地へ急いだ。


「はあ、はあ」


狭い通路を通って、しばらく前身。


ようやく、目的の城内に侵入することが出来た。

城に向かう過程で、一度結界に体を強く打った影響で身体にはダメージが深く刻まれてしまっている。動けば動くだけ、体には痛みが走った。


痛い、苦しい、辛い。


そんな負の感情が脳に諦めるように促してくる。

でも、負ける話にはいかなかった。

それは父との約束があるから。僕の宣布で国民が働き始めたから。


特に、冒険者のやる気は凄まじく、ここに来るまでに幾人にも声を掛けられた。

さっきはいい声出てたぜ、とか根性あるな、と。


他人を奮起させた以上、本人が挫けるわけにはいかないのだ。

ところで、出たのはカルラの部屋であったが、そこにカルラはいなかった。


パルマも、執事も不在である。


まあ、それは別に構わない。

悪いが、今回用があるのは軍だ。

正しくは、軍を動かすだけの権力を持っている王。


王はまだ正式には決まっていないから、それに準ずる人物。

端的にいえば、シリウスとイルディオである。

そして、その二人がいる場所など概ね見当がつく。おおよそ、個人の私室か王の間であろう。とりあえずは、そこに向かうまでだ。


「お父さん!何で、動いてくれないの!」

「父上……残念です」


検討通り、シリウスとイルディオは王の間にいた。

ついでに、カルラとパルマもいた。

王の間には、王座が二つあり、一つずつにシリウスとイルディオは構えて鎮座している。

座る彼らに対して、カルラとパルマはそれぞれ自分の父に必死に言葉を投げかけていた。

それにも関わらず、父である二人は沈黙を貫く。


何とも痛々しく、胸が締め付けられる。


「シリウス様!イルディオ様!どうかお願いいたします!」


もう一人。


カルラとパルマの間に膝を立てて、訴える者がいた。

短髪の男性で、白いプレートを身に纏っている。

腰から下げた細い剣は、彼が王直属の兵士であることを教えてくれた。


この場にいるということはおそらく、軍のトップの立場かそれに準ずる位の人間であろう。兵士であるのに、品が感じられるのは流石と言える。


「ならん。何度も言わせるな。それに、先にシリウスの尖兵を動かすのなら問題ないと言っているであろう」

「そうですよ。先にイルディオが動いて下さるのなら、私も喜んで出陣させましょう」

カルラ、パルマ、兵士。


三人に対する返事は、どちらも冷たいものだった。


「「こいつ(この人)の戦力が削れるなら喜んで動かしてやろう(あげましょう)」」


自分の利益しか考えていない、そういうレベルの暗さ。

シリウスもイルディオも、瞳の奥に影を宿している。


「そんなに動かしたいなら、さっさと俺を王と認めることだな」

「ええ、私を王と認めて下されば、こんな煩わしいやり取りは必要ないのですよ」


最早、二人に王の器があるとは思えなかった。

カルラとパルマは打ちひしがれて、絶句してしまっている。

兵士の男も、顔を伏せて唇を噛んだ。

ここしばらくは、パルマと手紙の交換をしていたから少しだけ内情は知っている。


軍はシリウスとイルディオが半分ずつ指揮をとっているのが現状であるらしい。

二人は互いに相手の持つ戦力を少しでも減らしたいと考えていて、そのことに対する余念がない。

だから、こうして国の危機に瀕しても態度を崩さないのだ。


たとえこうして、娘が涙ながらに訴えても。


「やめよう、もう何を言っても無駄だよ」

僕は見ていられなくなって、口を出した。


「アーク……」「アーク!」「貴方は」


カルラは安心したように、パルマは嬉しそうに、兵士は不思議そうに。

三者三様の面持ちで、こちらに振り向いた。


「貴様、誰の許可があってここに入って来た」


イルディオは態度を変えずに、僕に言葉を投げかける。


「今は時間がありません。兵士を動かして下さい。もう、武装は終わっているのでしょう?」

それを無視して、兵士の男に話しかけると、今度はシリウスが突っかかってきた。

「無礼にも程があります。あのパラグリオの息子ということで、大目に見ようと思っていましたが、気が変わりました。牢屋で反省するといいでしょう」


シリウスはいつもの貼り付けた笑顔でいう。


「ここは王の間だ。気軽に入っていい場所ではない。パラグリオの子息だとしてもな」


シリウスの台詞を肯定するようにイルディオは呟く。

互いにいがみ合っているはずなのに、妙に息が合っている。

それが僕には許せなかった。

協力はしないくせに。


都合のいいときだけ意見を合わせるなんて。

そう思う気持ちが、心の奥から湧いてきて止めることが出来なかった。


「王の間というだけで、貴方達はまだ王ではないはずです」

「何だと」


もう、無理だ。

兵士を動かす事は、もう不可能。


「中途半端に持った権力に固執して、大事なときに働かない。そんな人に王になる資格が、器が、あるとは到底思えません。二人のどちらかが、確実に国のトップになってしまうという、現実に絶望します」

ならば、せめて言いたいことぐらいは言ってやる。

「聞き捨てなりませんね……」

「だけど、それでも、全てを守らなければなりません」


シリウスとイルディオは、怒っていた。

こうはっきりと侮辱されれば、誰だって同じ反応をするだろう。

静かに、激しく憤怒の炎が燃えているのを感じる。


実際に燃えているわけでもないのに、ひりひりと肌が焼けるような錯覚を覚えるほどの激しい憎悪が向けられる。


「母が愛した大地を、父が好きなこの国を。軍の協力が得られないのなら、僕が何百人分の働きをすればいいだけだ」


それでも構わなかった。


「我らを侮辱した罪は重いぞ」

「死罪に値しますよ」


内心に秘めていたことを言った。言ってしまった。


「この状況で指を咥えて見ているより、どうにかしようと動いた結果死ぬ方が何倍もマシだ。でも……」


僕は、走り出す。

イルディオが、僕を捉えようと動き出していた。

だが、ここでつかまるわけにはいかない。


「死ぬのはここじゃない。戦場でだ!」


窓に向かって、突き進む。

ごめん父さん、軍の協力はもう絶対に得られない。

と、思っていた時、兵士がイルディオを止める。


「ここは、私にお任せを。兵は絶対に連れていきます!」


彼にも何か思うところがあったのかもしれない。


「分かった!」


どんな形にせよ、軍のトップが連れていくと断言したのならもう大丈夫だ。思い通りにことが進んだわけではないが、結果的に目的は果たされたのだ。


「なぜ止める、貴様も死にたいのか」

「勇気ある若者の言葉に気付かされました。自分の心に従うべきだと!愚かな連中の言うことなど、聞く必要がないと!」


そのまま、兵士に後を任せて飛び立つことにする。

背中に隠していたエアロを取り出して、近くにあった窓から身を乗り出す。


向かうは、戦場。


父の元へ。

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