エンディング
季節は、夏になった。
初夏の太陽が、照り付けるように熱い。
「一志!置いてくよー!」
特に、東京は緑がないためか、町と同じ気温でも焼かれるような思いがする。
人混みも相まって、なお一層に熱気を感じた。そんな中でも、俺の彼女は元気だった。
いつも通りの、いたずらっ子の笑みを浮かべて、ニコニコ楽しそうだ。
「悪い、今行く!」
退院したばかりの体に鞭打って、必死に走った。リハビリは、相当に応えたが、伊織の隣を歩くためだったから、いくらでも努力で来た。
それに、フィルとの約束もある。
伊織を幸せにするという、約束が。
あんまり、だらしないことばかり見せてはいられなかった。
今日は、退院してから初めての、そして久しぶりのデート。
カフェめぐりと、東京に来ていたが、最初から東京の洗礼を受けることになるとは。
体力の衰えを感じつつも、元気な伊織を見るだけで元気が出る。
彼女の背中を追って、どこまでも走っていく。
それは、幸せなことだった。
山での一件以来、俺は一月ほど入院することになった。
フィルが力を発動すると、炎は収まり、空の赤は消え失せ、握っていた伊織の手には体温が戻ってきた。ナイフや、枸琅の遺体も、全てが跡形もなく消えていた。
フィルの力が全てを元通りに戻したのだ。
その代わりに、全てを、果たしたフィルは、完全にこと切れていた。
座ったまま絶命していて、既に意識はなかった。
俺は、ここで初めて、フィルの全身を見る。
酷い。その一言に尽きる。
前身は傷だらけで、血が溢れている。全て返り血だなんて、真っ赤な嘘だった。
特に、背中には大きな傷跡が残り、骨が覗いていた。こんなに多くの傷を抱えながら、戦って、そしてここまで来たというのか。
その上で、伊織に全てを注ぎ込み、俺が起こした妄想力すら、元に戻したのだ。
あの夜の隕石については、入院中も、入院後も、話を聞かなかった。
俺は、本当ならあそこで死ぬはずだった。
止めてくれたのは、間違いなくフィルなのだ。
だが、そのフィルもほどなくして空に溶けて消えてしまった。
妄想力で出したものが消えるときと同じ要領だった。
あの後、山に非の確認をしに来た消防に発見され、俺たちは警察と病院の世話になることとなった。事態の様子から、俺と伊織は、山火事から、怪我はしたものの運良く助かった若者、という話になった。
警察としても、それで片付けたようだった。
俺は、致命傷を負って、意識不明の重体だったし、伊織は、何も覚えていないという。
山火事で記憶喪失にまでなった可哀そうな者たち。
それが俺たちの評価だった。
ただ、伊織が、覚えていないというのは、今回は本当だった。
事件前日から当日の記憶が混濁していて、全く何も覚えていないそうだ。
本人からも念押しされたから、間違いないだろう。
胸に大きく怪我を負っていた俺は、一か月以上入院する運びとなった。
伊織は外傷がなく、入院することはなかった。
それは偏に、フィルの尽力の結果だろう。
それから、毎日俺は回復に努め、日々を過ごした。
伊織も毎日病室に通ってくれて、嬉しかった。
ほぼ毎回社か伊織の両親も来るので二人きりとはいかなかったが。
それでも、楽しい毎日だった。
そして、回復した俺は、こうして伊織と外出することになったのだ。
これから、困難が訪れることもあるだろうけど。
伊織と二人なら、乗り越えられる。
心から、そう思った。
「おーい、早くー!予約の時間になっちゃうよ!」
伊織が呼びかけてくる。
「分かってる、分かってるって!」
(ほら、急げよ。一志)
そんな中、フィル声がした気がした。
きっと気のせいだろう。
だが彼は、今もどこかで見守ってくれている。そう思うことにした。
これからも、伊織との日々を守ってくれる。
そんな、予感がした。
全ては糧となる 志季悠一 @yuichi-shiki01
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