その力は糧となる4

フィルに渡された武器は、現実には戻ってこなかった。


そのため、抵抗するには単純に武力か、妄想力が必要だ。だが武力では、確実に負けてしまう。それ故

に、実質妄想力を使わざるを得ない。


フィルと違って未熟だが、何もないよりはいい。

それに、屋上では一度だけ、奴にダメージを入れている。


あの要領で、攻めるしかない。


既に、体力は怪我と移動で大きく消耗している。

以前の経験を加味しても、妄想力で出せる物品の数はそう多くはないだろう。


そして、完全勝利が、必須なわけではない。極論、ダメージが通らなくても、時間さえ稼げれば、フィル

が戻ってきてくれれば俺の勝ちだ。導き出された作戦は、ヒットアンドアウェイ。


俺は人気のない山道に入っていく。


全力で追いかけてくる枸琅。足止めのために、妄想力を使う。

本当は、力を操って状況を自由に操れたら、それが一番いい。だけど、今の俺ではそこまで上手く妄想をコントロールできない上に、するだけの体力は残っていなかった。


それに、枸琅に勝つ姿など、妄想の中でも想像できないしな。

加えて何故か奴らはフィルの妄想力によって、行動を左右されていなかった。


使えたとしても、彼には無意味だろう。

だから、武器を作って応戦することにした。

頭を切り替えて、妄想する。


フィルよりも薄い緑のオーラが現れる。創造するのは、相手を捉える沼に、閉じ込めるドーム、分厚い壁、その全てだ。


俺の思いに答えて、山は形を変えていく。

枸琅の足を沼が捉え、全身を土のドームが覆う。


俺が逃げた後に、壁がいくつも出現して、道を阻んだ。

これだけで、かなりの体力を使ってしまった。酸素を求める肺が、ヒューヒューと音を立てている。肩で

呼吸をしながら、脂汗をぬぐう。


サンタの上着を脱いで、腰に巻く。少しでも体温を下げたかった。

Tシャツ一枚になるだけでも、大分違う。


ドゴン、ドゴン!とドームの中から音がした。

奴も、すぐに出て追ってくるだろう。それなりに体力を込めたから、すぐに消えることはないだろうけ

ど。


油断は禁物だ。


切り替えて、再び、足を動かす。

山の、奥へ奥へ進んでいく。


落ち葉に足を取られ、根っこに引っかかって幾度も転んだ。

だけど、止まることは許されない。バゴン、という音がして顔だけを振り向かせる。

枸琅が、壁すらも打ち破って、追ってきている。


打ち破られて、役目を終えたそれらが、オーラになって溶けていく。

足止めするだけではだめだ。


ダメージを与えなくては。


俺は、殺傷能力がある武器を考える。一撃の範囲が広く、火力が高いもの。

真っ先に浮かんできたのはグレネードだ。とにかく、強くて、扱いやすい形状を想像する。

手の中が光って、手りゅう弾が現れる。


しっかり握って、ピンを抜いた。狙いを定めるために、停止する。遅れて、枸琅が木陰から姿を表す。狙って、野球ボールを投擲するがごとく、投げ込む。反応の遅れた枸琅の頭に、放物線を描いて命中した。

そして、はねた後地面に落ちて、爆発する。


すさまじい威力だった。火の手が上がり、風が起きる。

投げ込んだ俺ですら、吹き飛ばされて、一本の木に背中を打った。


圧力で胸が圧迫され、無理やり空気を吐き出される。コントロールが出来ずに、胃の中のものをぶちまけてしまった。


「かはっ!!…」


俺はあまりの激痛に顔を歪ませる。

地面に落ちて、ようやく、体に自由が戻ってくる。立とうとするが、視界が歪み、脳が揺れて上手くいかない。至近距離過ぎて、自分にもダメージがあったらしい。


だが、これならば枸琅もただでは済まないだろう。


自分にも外傷が出るのは想定外だが、妄想力はこんなことまで可能なのか。

改めて、力の大きさを自覚する。


「こういう力もあるから、俺たちはユーザーを殺しているのだ」


枸琅が、土と血にまみれて、そこにいた。

立ち上る煙の中を突き進み、こちらにやってくる。


「国家を揺るがす大罪人、歴史を変えようとする愚か者、力を余す暴力性の高い犯罪者ども…そいつらから非力な人間を守らなければならない。そして、我らは一般人に目撃されることを許されない。殺人の楽しさとは別に、遂行すべき責務が我らにはある」


水色の瞳は、怒りに燃えていた。


俺を掴んで、持ち上げる。横腹を抱えられ、丸太でも運ぶような様相だ。俺は顔の方を後ろにして、宙に浮き上がった。枸琅は、そのまま歩いていく。

先ほどまでいた場所が、どんどん遠ざかっていく。


抵抗しようと体を動かすと激痛が走った。

今の衝撃で、折れた骨が内臓に刺さったのだ。


腹が熱い。体に、液体が伝うのが感覚として分かる。

言うまでもなく、流れているのは俺の血液。


過ぎていく景色に、俺の血が垂れていき、道筋を描き出す。出た体液の量が、可視化されるのは生々しい恐怖を感じる。


加えて、相当な量の失血が、俺の体温を下げていった。


「俺たちは、お前や女の居場所は分かっていた。学校で対面した後、諜報部隊がすぐに動いたからだ。ではなぜ、すぐに突入しなかったか分かるか?」


枸琅は、そう問うてくる。

だけど、痛みと貧血で頭が回らない俺は、答えようがなかった。


「答えは単純だ。しないのではなく、出来なかったからだ。町で殺人を犯し、証拠を隠滅するのは至難の業だ。攫うにしても、現代で証拠を残さないのは不可能に近い。」


彼は、一人で語り出す。俺の返事を求めているわけではないようだ。


「だから、こうしてお前たちが自然に逃げ込んだのは有難かった。ここなら、如何様にも隠せる。」


淡々と語る中に、絶望が潜んでいた。


「な、なら…俺がやったことって…!」

「そう、無駄だったのだ。一志。お前たちにとって最良の選択肢は日常を過ごすことだった。家に籠り、変に頭を捻らず、あの桃色にでも全て一任していればよかったのだ。あの男のために、相当の戦力を裂いているのも事実だからな」


つまり、俺が逃げ出そうとしたから。


逃がそうとしたから。伊織は窮地に立っているということだ。

無駄であるどころか、完全な悪手だったということだ。

俺は、もう項垂れるしかなかった。


鬱憤から叫ぼうにも、痛みがそれを許さない。


「くっ…くそ…」


涙が溢れてくる。情けなさに。弱さに。思慮の浅さに。その全てに。

結局、助けるつもりが、追い込んでいたのだ。これが、絶望でなくて、何だというのか。


「ついたぞ」


俺は、枸琅に身を投げられて、地面に背中を強打する。

歯を食いしばって、目を開くと、


「い、一志…」


そこには、伊織がいた。

腰が抜けているのか、座り込んで戦慄いてしまっている。


ここは、伊織と決めた隠れ場所だった。

逃げ延びてきた彼女は、ここで俺を待っていたのだ。

枸琅は、ここを目指して歩いていたということか。


俺を、俺の体を見て、血の気がさっと引いていく。

みるみる内に彼女の顔が青くなっていった。


その表情を、見て俺は体に僅かに活力が戻る。

確かに、俺の選択は悪手だった。


だけど、まだ完全に終わったわけではない。彼女を守らなくては。

涙を拭って、手に力を籠める。無理やり、体を起こして、枸琅と対峙する。

武器だ。まだ武器がいる。遠距離武器ではだめだ。この間合いでは、使えない。


そして、爆発するのも却下だ。手りゅう弾の二の舞になることは避けねば。


近接武器、それも剣。


屋上で奴に一撃入れた伝説の武器。それにしよう。ゲン担ぎの意味も込めて、その形を思い描く。オーラがぐにゃりと膨れ上がって、剣の輪郭に収まっていく。


以前出したのと同じ、銀色の刀身。

ゲームで俺が最も愛した一振りが、そこに現出した。

足の方はもう、根性で立っているようなものだ。


体力も残りわずかで、一撃振れれば、いい方。

だからこそ、ここで決める。その決意を込めて、残りの体力をここに賭ける。

もう、時間稼ぎがどうとか、フィルが来るまでとか、悠長なことは言ってられない。勝負は、ここで決しなければならない。


枸琅を、殺す。


そうでなくては、殺されるだけだ。

剣を両手で構えて、足を踏ん張らせる。

対する枸琅は、グレネードのダメージのおかげか、大分弱っているように見える。


足元が、少々ふらついていて、限界を感じさせた。

辺りに、静寂が訪れる。


虫すら黙るこの一瞬に、緊張が走った。


「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」


腰に巻いていた、サンタの服を枸琅の目の前に広げるように投げる。

簡単な目くらましのつもりだ。


チャンスは、一度。俺は全力を振り絞って、向かっていく。

好きな人を背に、我武者羅に。構えや型などない、単なる突き。吸い込まれるように、切っ先が走っていった。


あと少しで、敵の胸に刃が届く、その時、


「甘い」


枸琅は、剣下に潜っていた。

服の目くらましなど、もろともせず。

どこからか出した漆黒のナイフで、俺の手首を切り上げる。


しゃがむために曲げていた彼の膝が、バネとなって伸びあがる。

俺の両手の健が、伸びてきたナイフに切り裂かれた。

綺麗に腱を絶たれた手は制御を失う。指に力が入らなくなって、獲物を落としてしまった。


空中で、落としたそれは主を失い、オーラに戻って消えていく。

枸琅は、そのままの勢いで俺の胸にナイフを突き立てると、脇から抜けていった。

俺は、全ての力を注ぎ込んだ代償もあり、立っていられない。


簡単に膝から崩れ落ちてしまった。

ただ、重力に従って前のめりに倒れる。


そのせいで、ナイフが胸にのめり込むが、声を上げる気力もなかった。

幸い急所は外れているようで、即死とはいかなかった。だが、この出血量。死は、時間の問題だろう。


「これで、終わりだ」


ナイフが、切りつける音が、もう一度、背後から聞こえた。だが、俺の体に痛みは走らない。肉が切れる音だけが、耳に届いた。


次に、何かが地面に倒れる音がした。

音の大きさから言って、倒れたのは人間ほどの重量がある物質だ。


「抵抗しないものを切っても楽しくはないが、致し方あるまい。男の方は、少しは楽しめたから満足はしている。」


空虚に、枸琅の声だけがした。


「後は、処理担当の役割だ。これで失礼する」


そういうと、足音が遠ざかっていくのが分かった。

枸琅は仕事を終えて、この場を去っていくらしい。


仕事を終えて?仕事。


そういえば、伊織の声が聞こえない。俺の心配でもしに、駆け寄ってきてくれてもいいのではないだろう

か。俺は、伊織を守らなくては。俺の役割?それで、何だというのか。失敗?いや、そんなはずはない。枸琅から、肉の盾となって攻撃は防いだはずだ。フィルが来てくれる、そうだフィルだ。彼が全てを解決して、どうにかしてくれる。その前に、俺が頑張るのだ。頑張る?何を?


伊織が、どうなっている、というのか。


本当は、理解していた。


理解したうえで、飲み込むのを拒絶していた。

枸琅の言葉、役目、状況、全てを考慮すれば、答えなど一つしか出てこない。


失敗。


そう、失敗だ。


体力が微かに戻ってくる。


人間、全力で走ろうとも、少し休めばまた走れるようになるものだ。

俺は、その僅かな体力を使って、這うように彼女の方へ向かう。

一メートルも距離はなかったのに、やけに長く感じられた。


「伊織…?」


そこには死体があった。誰の?決まっている。伊織のだ。


胸に、俺に刺さったのと同じナイフが、突き立てられていた。俺と違って、急所に当たったのだろう。苦しむ様子もなく、既にこと切れていた。


悲しい。憎い。苦しい。


なんで、なんで。伊織が殺されなくてはいけないんだ。


世の中、悪人などごまんといる。人を殺しても、罪に問われていない奴だっている。

それなのに。なぜ、枸琅を目撃したからという理由で殺されなければならなかったのか。

いや、俺の近くにいたからなのか。


笑顔の伊織。俺を好きだと言ってくれた伊織。

思い出が、脳に流れてくる。


全てが、思い出になってしまっているのが、悲しい。

それを、共有することが叶わないのが、悲しい。


かといって誰かへの怒りは湧いてこない。涙も流れない。

感情が向かう先は、自分自身だった。俺は、俺が許せない。


枸琅の言葉を思い出す。


(そう、無駄だったのだ。一志。お前たちにとって最良の選択肢は日常を過ごすことだった。家に籠り、変に頭を捻らず、あの桃色にでも全て一任していればよかったのだ)


全くその通りだ。


俺が徒に、伊織を連れ出した結果が、これだ。

目の前にある、伊織の亡骸には、精気がない。触れると、体温も徐々に引いていくのが肌で感じられた。命の終わりを、実感させられる。


俺が、もっと強ければ、こんなことにはならなかった。

今まで、暗く沈んでも、考え直すことができたのは、彼女がいたからだ。

伊織が、原動力だった。


昔から、好きで。付き合いたいと思っていて。

フィルや社のおかげで、付き合えて。これからだったんだ。

失敗しても、切り替えてポジティブになれたのは、伊織がいたからだ。


意識してこなかったけど、無くした今、それに気が付いた。

フィルの言葉を思い出す。


(お前は伊織を守れ!俺もこいつらを倒して、すぐに向かう!それまで耐えろ!)


俺は、フィルの期待に応えられなかった。それどころか、逆のことをしてしまったのだ。

伊織を殺したのは、俺だった。


フィルと同じ、妄想力を持ちながら、力不足だった。

いや、妄想力を持ったからこそ、俺たちは枸琅に狙われることになったのか。


妄想力さえなければ。


妄想なんかせず、最初から自分の力だけで、伊織と付き合えていたら。

誰も、不幸にはならなかった。伊織も、俺も、フィルも。伊織の両親も。あんなに優しい家族を、俺が不幸に陥れてしまうのだ。


もう、消えたい。


自分を消してしまいたい。


ふと、周りを見ると、森が燃えていた。

パチパチと焔を上げて、木々が燃え盛っていた。


俺の手りゅう弾が原因だというのは、何となく思い至った。あの時の、爆発から、火が上がり、山全体を業火に包んでいったということか。


自分が原因なのに、関係ないといった気持ちが湧いてくる。

本当に、もうどうでもよかった。


サイレンが鳴り響くのが聞こえてくる。ここは、町が一望できる場所。

少し頭を上げると、消防車が何台も駆けつけているのが見えた。遠くから、人々が大騒ぎしている声が飛んでくる。


黒煙が立ち上り、俺たちの周りは、炎の壁で囲われる。

その光景は、世界の終わりを想起させた。


フィルが描いていた、草原に隕石が落ちてくる絵。何故か今、あれが思い出された。

いっそ、あんな風に、俺を、世界を終わらせてくれたらいいのに。

隕石が、全てを飲み込んでいく、そんな妄想。


は、こんな時でも、妄想か。

ここまでくると、呆れかえってしまう。

何もかもがどうでも良くなって、仰向けに寝転んだ。

空は、暗くなってきていて、星が光始めていた。


ナイフは、変わらず俺の胸に刺さっている。もうじき、俺も死ぬだろう。

命は終わり、世界も終わる、終わってしまえばいい。

むしろ、終わってくれよ!


そう、思った瞬間、


「…?」


空が、緋色に染まった。


パッと色が変わり、星が消え、どこまでも広がる紅蓮が空を飲み込む。

炎の壁と相まって、それは煉獄の世界のようだった。上下を赤が支配している。


正しく世界の終焉といった、風景。

と、そこに。


一点、茶色の円形が近づいてくる。スピードは穏やかで、大きさも豆粒程度。

妄想の世界で、最初黒い点だった物体が、近づいてきて人間だと判明したことを思い出す。あれも、何か大きなもので、近づいてくれば正体が分かるのだろう。


しかし、来るのを待たなくても、俺にはそれが何か分かる。

あれは、隕石だ。

世界を終わらせに来た、隕石。


俺の願いにこたえて、やってきたのだろう。

妄想力のおかげな気がした。こればかりは、少し感謝の念が湧いてくる。

フィルは、妄想力は体力を使って出す魔法のようなものといっていた。


これはきっと、死にゆく俺の命一つを使って放つ最後の魔法なのだ。

証拠に、胸に目をやると、燦然と輝く球がそこにあった。

丁度心臓の辺りで、眩いばかりの光を放っている。今まで見てきたオーラの、何倍もの光。


正に、それは命の輝きだった。

命そのものを使っているにも関わらず、疲れはなかった。

穏やかな死のみが、そこに迫ってきていた。


後は、その時を待つのみ。

隕石が落ちてきて、世界と俺を終焉へと誘うのだ。


最後に、伊織の手を握った。

すっかり冷たくなっていた手は、心なしか暖かった。

徐々に、隕石が大きくなってくるのが見える。町の方から、叫び惑う人々の喧騒がここまで聞こえてく

る。世界の終わりに、人々は何を考え、何を思うのか。どうでもいいことなのに、少し気になってしまった。


目を閉じて、その時を待つ。

ただ、それだけだった。


「一志!」


しかし、終わりだと思っていない人間が、ここに来た。

そいつは、大人になった俺の声をしていた。近づいてきて、地面と背中の間に手を入れてくる。頭を支えてきて、上体を起こされた。


足で背中を、左手で頭を持ち上げられる。

瞼を開けて、最初に飛び込んできたのは、わざとらしい桃色。

ピンクの瞳。そこには、確固たる意志が宿っていた。


俺と同じ人間とは思えない、強い目だった。


「フィル…」


俺の将来の姿、フィルその人だ。


「何があった。いや、聞くまでもない、か」


倒れている伊織を見て、現状を把握したのだろう。


「フィルこそ、どうしたんだ。そんなに血まみれになって、負けたのか?」

「俺のは返り血だ。ほら」


服が赤いから目立っていなかったが、全身に血しぶきが飛んでいる。見ろ、と言わんばかりに突き出して

きた右手には、生首が握られていた。


「枸琅、か…凄いな。でも今更勝っても、もう無意味だよ」


水色の髪をぶら下げた、見慣れた顔が血を垂らして、そこにあった。フィルは、この短時間で枸琅を打ち負かし、ここまで来たのだ。流石、フィルだとしか言いようがない。


だけど、


「もう、伊織は死んだんだ。生きていても意味がない」


フィルは、憐みの顔をしていた。あるいは、慈しみか。俺には判別がつかない。


「それで、絶望して世界滅亡か。ここまで振り切って断行するとは、当時の俺よりは力を使えるかもな」

「そんな慰めが響くわけないだろ…責めろよ。俺はお前との約束を守れなかった、伊織を、守れなかったんだ」


フィルは、ため息を一つついて、俺に向き直す。


「俺だって、絶望して自死を最後に選んだ人間だ。最後まで同じとは、流石俺だな。だけど、まだ引き返せるって意味だと、俺たちの間にはまだ差がある。」

「差なんてないさ、もうすぐ。俺たちは死ぬんだから」

「まあ、話だけでも聞けよ。俺の人生は、本当に無意味だった。現実逃避のために、妄想に耽って無駄に力をつけて、手に入れたかった女も自分の所為で失って、無意味に彷徨っていた」

「そんなことない。フィルの力は凄かった。俺にも、その力があれば、伊織を失わずに済んでいたはずだ」

「それは、違う。俺の力は、お前に呼ばれて、この世界に戻ってきたから効力を発揮したんだ。一志、お前が協力を打診してくれたから、無意味だった俺の妄想力が意味を持った。だから、伊織とも付き合えたんだろ」

「フィルや社の協力があったからだよ」


再び、俺は涙で瞳を濡らす。


「俺一人で、最初から勇気を持って告白でもしていれば、力に頼ろうとしなければ、こうして苦境に立たされることもなかったんだ」

「俺や社は、きっかを与えただけだ。実際に告白したのも、デートしたのもお前だ。実は、お前の告白、病室の外で聞いていたんだぜ。立派だった。俺もデートをしたことはあるといったが、あれは実は社が無理にセットしたものだったんだ。俺から、誘ったことは一度もない。色んな意味でお前は凄いんだよ」

「そうか…」

「それにな、俺はこの時間に来て学んだことがある」

「学んだこと?」

「ああ、無駄なことなど一つもないってことだ。」


フィルは、自信満々で、優しく微笑んでくる。


「俺が、ここに来たのは、このためだったのかもしれないな。一志の思いだけじゃなくて、伊織に生きていて欲しかったと願う俺の心が、この世界に俺を呼び出したんだ」

「なに、を…言っているんだ?」


血にまみれた顔で、慈悲に溢れた表情をする。

フィルの体が、俺よりも強い光を放ち始める。


「いいか、聞け。一志。さっきもいったが、俺は死の直前まで、全て無駄だと思っていた。力だけじゃない、人生そのものが、だ。だけど、力はお前の役に立っただろうし、敵の勢力を完全に排除するのに使えた。そして、最後に伊織の命を救うために、俺の魂を使える」


目には、決意が宿っていた。

絶対に諦めないという、強い意志が。


「な、何を言っている…」

「一志は、出血多量だが、死ぬことはない。急所から外れていて助かったな。伊織は、確かにこと切れているが、肉体が形を保っている今なら、まだ間に合う」

「説明しろ、フィル!」

「使えるものを、無駄だと思っていたもの全てを使って、最後に全員が笑えるようになればいい。妄想力の、本当の力、理解したんだろう」

「ま、まさか…!」

「そう、そのまさかだ。妄想力は、体力を、命を削って使う魔法。人一人の命を使えば、誰かの生命を取り戻すことも可能だ。お前は、世界滅亡を選択したようだが、あの隕石が地球に届くことはない。全人類の命運を操るまでは、一人の命じゃ叶わないからな。」

「そんなこと、今はどうでもいい!フィル!お前死ぬつもりなのか!」


伊織は好きだ。愛している。

だが、フィルにも俺は情が湧いていた。今更、離れるなんて、言うなよ。


「死ぬ?酷い言い方だな。伊織に命を捧げるだけだ」

「同じようなことだろう!」


落ち着けと、諭される。

喚く俺に、フィルは優しく呟いた。


「全ては、糧となる」


「え…?」

「俺の人生も、俺の命も。全ては伊織と一志が幸せに生きる明日を作る糧となる」


最早、俺が何を言っても無駄だと、悟る。


「俺の人生を意味あるものに好転させてくれたのは、間違いなく伊織と、それから一志、お前だ。そんな二人への感謝を、ここでさせてくれ」

「フィル…フィル…!」

「そう、泣くな。これから、いくつもの困難がお前の人生を待っているかもしれない。だけど、俺と過ごした日々、そして伊織の支えが解決に導いてくれるはずだ」


最後に、ぎゅっと握手を交わす。


「だから、任せたぞ、俺!」


それに、俺は精一杯の返事を返す。


「ああ、あぁ…!」


フィルの体が、最も鮮やかで、穏やかな緑の光が包んでいく。

せめて消える前に、お礼を一言でも、と思った。

彼の心臓を中心に、輝きは辺り一帯を照らしていき、包み込んでいった。


(ありがとう、フィル)


言葉を発したつもりだが、それが届いたかどうかは神のみぞ知るところ、か。


「俺の願いは、それだけだ。今度は、伊織を幸せにするって、ちゃんと約束しろよ」


視界が利かなくなるほど、まばゆい光。

それは、フィルの最後の命の輝き。

俺は、返事を帰せただろうか。


ちゃんと、幸せにするって。

言えただろうか。


俺は、届いていることを願った。


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