【番外編】 この気持ちの正体は



 ————— 最初の印象は、まるで女みたいなヤツだと思った。


 男のくせに透けそうなくらい白い肌は、化粧でもしてるんじゃないかと思うくらいで。


 それほど長いわけではないけど、やっぱり色素が薄くて、柔らかそうな髪。骨格も細くて、華奢な体つき。そのくせ、俺よりも微妙に背が高いところが気にくわない。


 そして、なぜか。


「ねえ。一緒に帰ろうよ、錬太郎」


「……べつに、いいけど」


 やたらと、俺になついてくる男。名前は、小日向 陽。


 沙都目当てで俺に近づいてくる男は昔から多かったけど、こいつも同じなのか、どうなのか。いや、でも、陽に関しては、どちらかと言うと沙都の方が夢中になってるような……。


「錬太郎、帰るの? あ、陽くんも一緒?」


「見ればわかるだろ?」


 思ったそばから、沙都が後ろに張りついてくる。女というものを絵に描いたような、俺の幼なじみ。


「くっつくなよ」


「どうして? 幼なじみなんだから、いいでしょ?」


「よくない」


 くだらない。口をとがらせて、俺に訴えながら、意識してるのは明らかに陽の方なのが見え見えだ。


「ね、陽くん。錬太郎、愛想ないでしょ?」


「そういうところがいいんだよ、錬太郎は。男らしくて」


「ふふふ」


 ここまでくると、ため息しか出ない。どうせ、俺をダシにして、恋の駆け引きでもやってるんだろうけど。


 いきなり、好きだから、つき合ってほしいだとか言ってきて。突然すぎて、そういう対象に見れないって伝えたら、あれだけ泣いてたのは、いつの話だよ? ずっと心の中で気に病んでいた、俺の方がバカみたいだ……と、そのとき。


「…………」


 今、すれ違ったの。隣のクラスの窓際の席で、いつも本を読んでる、あの女だ。


「どうしたの? 錬太郎」


 沙都に、顔をのぞき込まれた。


「何が?」


「あの女の子が、どうかした?」


「べつに」


 ただ、変わった女だと思ってるだけだ。いつだって、一人で本の世界に没頭していて、他の女みたいに騒いでるところなんか、見たこともない。


「ああいう女、タイプ?」


 ひやかすような視線を向けてくる陽も、心底面倒くさい。


「全然」


 名前すら、知らないし。


「ふうん。俺も苦手。ああいうの」


「だろうな」


 普通に考えて。


「陽くん、あの女の子のこと、知ってるの?」


 そこで、心配そうに沙都が割り込んでくる。


「図書館で、よく見るよ。口きいたこともないけど」


「図書館かあ。陽くん、図書館なんて行くんだね」


 安堵の表情を浮かべて、陽への好意をアピールする沙都。陽が、あんな目立たない、友達もいなそうな女のことを気にしてるなんて、最初から絶対思ってないだろ? わざとらしい。


「放課後、ヒマだからさ。沙都ちゃん、毎日遊んでくれる?」


「うん! もちろん」


 しょうもないやりとりを横で聞いていて、何度目かのため息が出る。


「俺、先帰る」


「え? 帰るの?」


「またね、錬太郎。ねえ、陽くん。その図書館、わたしも行ってみたい」


 完全に俺を追い出しにかかる沙都は、むしろ清々すがすがしいくらいだ。


「いいよ、図書館なんて。沙都ちゃん、他に行きたいところないの?」


「えー……陽くんがいるなら、どこでもいいかなあ」


 勝手に、二人でやってろ。げんなりしながら、さっさと一人で教室を出る。


 それにしても……と、考える。あの女、放課後まで本読んでるのかよ。どのみち、俺には何の関係もないけど。


 ただ、さっき、一瞬だけ目が合った気がするけど、なんだか深い海の底みたいな色に見えたんだ。





 何なんだろう?


 隣の教室の前を通るたび、どうしてか、あの女に目が行く。くだらない喧騒の中、あの女の周りだけ、まるで空気が切り取られているように見えるんだ。


「錬太郎。ねえ、錬太郎ってば」


「何だよ?」


 ここにも、うるさいのが一人。


「あのね、陽くんのことなんだけど」


「だから、何?」


 廊下の隅の方まで、沙都に引っ張られた。


「陽くん、わたしのこと……どう思ってるかなあ」


「そんなの、本人に聞けよ。俺には関係ないんだから」


 幼なじみというだけで、そんなくだらない話につき合う理由はない。


「冷たいなあ、錬太郎は」


 いつものように、沙都が口をとがらせる。


「何が冷たいだよ? あの何とかっていう先輩と別れたあと、さんざん俺に迷惑かけたの忘れたのか?」


 よく一緒に行動しているせいで、沙都の心変わりの相手が俺だと勝手に思い込まれて、殴られそうにまでなったのに。


「その節は、ごめんね」


「……まあ、いいけど」


 すまなそうに俺を見上げる沙都のことは、やっぱり憎みきれない。それに、沙都には以前あんなふうに答えたけど、思い返せば、小学校の低学年くらいまでは沙都を好きだった気もする。


 ずっと近くにいたし、危なっかしいところもあるけど、普通に可愛いとも思う。だけど ——————。


「とにかく、錬太郎には相談しない。今日、思い切って、陽くんに聞いてみる」


「ああ、ご自由に」


 興味を示さないまま、追い払うように手のひらを振ったら、沙都はこれでもかというくらい、俺に顔をしかめて見せた。





 今日は図書委員の当番の日。明日の小テストの範囲の参考書をページをめくりながら、図書室のカウンターに座っていると。


「……あ」


 思わず、声が出そうになったのを抑えた。隣のクラスの例の女が入ってきたからだ。


 図書館によく通っているみたいだけど、今日は月曜だから、休館日なのか……なんて、陽と沙都のこと以上に、俺には関係ないことだよな。


 ここで本を借りるつもりはないらしく、窓際の席に座ると、バッグの中から取り出した本の世界に没頭し始めた。教室の中でもそうだけど、1ページ1ページ、いつも違った表情で本をめくる。


 見ているうちに、いつのまにか、話の流れが推測できるようにまでなってきたような……。


「…………?」


 ちょっと待て。どうして、俺は最近、あの女のことをよく考えているんだ?


 いや、理由はわかってる。廊下や移動中のふとした瞬間に、こっちを見られているように感じることが多いから。ただ、それで、なんとなく ————— と、そのとき。


「錬太郎」


 図書室に入ってきた陽に、小声で呼ばれた。


「どうした?」


「これ。返すの忘れてた」


「ああ」


 貸してあった電子辞書か。


「今日も、これから沙都の相手?」


「うん。いいよね、沙都ちゃん。心が洗われる」


「そうか? 俺は、べつに……」


 陽と、そんなどうでもいいような会話をしながら、何気なく視線をあの女に移すと。


「…………」


「ん? 何?」


「いや」


 思ったとおり、あの女もこっちを見ていた。でも……。


「じゃあね、錬太郎。また明日」


「ああ」


 何とも居心地の悪い思いで、陽を帰した。


 なんだ。今、初めて、気がついた。俺じゃない。ずっと、あの女が見ていたのは、陽だ。





「何かあった? 錬太郎」


 次の日、廊下で沙都とじゃれていた陽が、ひやかすように俺を見てくる。


「……べつに」


 安心したんだよ。あの女がいつも見てるのが俺じゃなくて、陽だったとわかって。


「そうだ。錬太郎にも報告しなくちゃ」


 そこで、沙都が口を挟む。


「つき合うことにしたの、わたしたち」


「へえ」


 たいして、驚きもしないけど。


「そういうわけだから、これからもよろしく」


「おまえに、よろしくって言われても……でも、一応、沙都の家とは親同士も仲良くしてるし、俺からも頼んでおくよ。泣かさないでやって」


 いまひとつ何を考えてるのかがわからないヤツだけど、陽なら沙都を幸せにしてやれそうだし、普通に安心だ。


 ……それにしても、何なんだろう?


 今日は、陽を見ると、なぜかイライラする。沙都を取られたような気持ちになってるわけじゃないよな?





 また、あの女が陽を見ている。


 本を読んでるときと、まるで同じだ。端から見てもわからない程度にだけど、一人でいる陽をただうれしそうに見ていたり、沙都といる陽を寂しそうに見ていたり。


「また、見てんの? あの女のこと」


 気がつくと、俺の後ろに立っていた、陽。


「見てないよ」


「ふうん。本当に?」


 女みたいな顔で、からかいやがって。


「……たしかに、見てた。でも、深い意味はない。ただ、なんとなく目が行くだけだよ。見てもイライラするだけなのに」


「なるほどね」


 なんだか意味ありげに、楽しそうに笑ったあと。


「錬太郎」


「あ?」


「いいこと、教えてやろうか?」


 陽が腕を首から回してきた。


「何だよ?」


 やっぱり、陽に対して、言いようのないいらちを感じるんだ。自分でも、理由が……と、そこで陽に耳元で囁かれた。




「そういうのを、恋っていうんだよ」









 この気持ちの正体は  


       END






※こちらの作品『そして世界は全て変わる』は、波流役に荒井 萌さん、錬太郎役に松島庄汰さん、陽役に竜星 涼さん、沙都役に阿部菜渚美さんというキャストで、2012年にネットドラマ化されています。

フジテレビオンデマンド、You Tube などで有料配信されていますが、You Tube では約4分間の予告編の無料視聴が可能なので、そちらだけでもぜひご覧になってみてください。

その映像だけでも、ドラマの素敵な雰囲気は十分伝わると思いますので!

波流と錬太郎、二人の気持ちを歌詞に盛り込んでくださった、WISEさんと中村舞子さんによる主題歌も秀逸です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして世界は全て変わる 伊東ミヤコ @miyaco_1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ