学校でもお友達!(後編)
「退学ですか? 私が?」
「そうだ、ミア・デニーロ。お父上には学校から説明する。その場で退学届けにご記入いただければ早いが、そうでないなら後日でもいい。とにかく貴様はこの学校には必要ない」
「ちょ……ちょっと待ってください、セレンディア先生! ミアは私を助けてくれたんです。それに先に彼女に酷い事を言ったのはルイーズとシャルなんですよ!」
アメリアがセレンディアと名乗る先生に食ってかかってくれているが、私は彼女に言った。
「アメリア、有難う。そのくらいで充分。後は私の問題だから。あなたまで巻き込まれちゃう」
「でも……」
アメリアは涙ぐんでいる。
そして、教室のほかの者どもの空気も明らかに私に注目している。
おお……これは神風か。
私は天才かと自画自賛したくなるようなことを思いついたのだ。
正直、学校を追い出されるのは痛手だが、撤回などどうにでもなる。
コイツを片付ければ事足りるし。
だが、私は生まれ変わった。
できれば、もともとのミアの人格に寄せて、気弱で心優しき平和主義者として輝ける青春を100人の友達と送りたい。
そこで、今の教室の雰囲気よ。
ひそかにあちこちから「ミア、悪くないよね」「それにさ、さっきの戦ってるの超カッコよかったし」と聞こえたのだ!
その中で特に注目は隅のほうで連れと話している、メガネをかけている可愛らしい少女。
次の
そして、教室の空気は私に向いている。
これはチャンスだ。
私は悲しみをこらえている「風な」口調で言った。
「この学校を追い出されるなんて……それも大好きな先生に……ミア、とっても悲しい。でも、ミア……頑張る! だってみんなの……この学校が大好きなんだもん!」
そう両手を広げて涙ながらに声を出す。
ああ……気持ちいい。
しかもしかも! ひそひそと「あの子……大丈夫?」と聞こえた。
おお、案じてくれてる!
ここでもう一押し……
「そうね……もし、どうしても気になるなら、希望者は今度一緒にお出かけしてくれない? お友達として」
うっとりとした笑顔でそう言うと、起き上がりかけているルイーズの背中を踏み台にして、机の上に上った。
「私、この学校のみんながお友達なの! だから……先生もお友達だよ」
そう言って女神もかくやと言う笑顔を何とかという先生に向けた。
素晴らしい、私。
これは以前外国映画で見た事のある場面なんだ。
あの映画ではここから歌を歌い出せば、みんなが感動して一緒に歌いだしたはず。
これで上手く行けばクラスの半分15,6名は捕獲できる。
一気に友達補充だ。
では、何を歌う……君が代が好きなんだが、こいつらには高度すぎる。
ヨーロッパっぽいしスコットランドの国家でも……あれもいつ聞いても気分が上がる。
「もう充分だ、ミア・デニーロ。貴様はまだ病気が完治していないようだな」
「あら? 何とか先生。私、もうすっかり元気……じゃない、ぐうう……まだ体調が。なので退学は……」
「セレンディアだ。病気のせいでクラスメイトに暴力を振るうのであれば、どのみちここに居させるのは危険すぎる。退学の方が良い」
こいつ……
目を見る限り本気で追い出そうとしているらしい。
ふむ、個人の善悪よりも全体の規律が第一か。
こういう奴はどこにでもいるが担任と言うのがまた……
「……分かりました、何とか先生。では、最後の思い出に半日だけこのクラスに居させてくださいません?」
「セレンディアだと言ってるだろ。分かった。今日一日は許可しよう」
「有難うございます。では最後の1日、有意義に過ごさせて頂きます」
※
「ねえ、ミア。私、パパに頼んでみる。退学何とかならないか。家もそんな名家じゃないけど一応男爵だし、校長先生にお話くらいは……」
「ううん、それは遠慮しとく。アメリアを巻き込みたくないから。大切なお友達なんだし」
「……ありがとう。でも……」
「いいか。アメリアはこの件に深入りするな。素人には危険すぎる。……おっと、おしとやかに。あなたが嫌な目にあったら……ミア、泣いちゃう」
「じゃ、じゃあ他に出来ること無い? 何でもするよ!」
「うん、分かった。有難う……じゃあちょっとだけお願いしようかな」
「うん! なにしようか?」
「今夜、セレンディア先生を殺して首を校長の枕元に置こうと思うの。『わが組織は理不尽な教師の専横に反対する』って手紙を書いて。で、今夜忍び込むとき、私は周辺の見張りと目撃者の排除をやるから、アメリアは奴の切断した首と手紙を校長の枕元に……って、あれ!? アメリア! 何で気絶……ちょっと!」
※
う~ん、私としたことが。
遺体の運搬程度なら負担も無いと思ったのだが、まだ上手くアメリアの能力値を図れないな。
やはり首の切断の方を任せるべきだったか……
アメリアを保健室に運んで、教室に戻ろうと廊下を歩いていると、反対側から先ほどのルイーズがやってきて私に近づいてきた。
「あら、ルイーズ。元気になってよかった! ゴメンね、お話はまた後の方が嬉しいな」
「……あなたももうおしまいね。セレンディア先生は、とにかく意志が強くて一度決めた事は曲げないの。それに私もあなたを許さない。知ってるでしょ? 私、校長先生の孫でもあるから。もうおしまい、全部おしまい」
そう言って手を口に当ててオホホと笑っていた。
まるで漫画みたいな笑いかたをする奴だな……と思っていると、ふとルイーズの口元に血が滲んでいるのが分かった。
これはこれは……
さっきの一本背負いのときか。
私はルイーズの顔をじっと見た。
「な、何よ! 今度はさっきみたいには……」
「静かに」
私はそう言うと、ルイーズのあごを持つとクイっと上げて、唇をじっと見た。
「え? ええっ!?」
私は慌てるルイーズの唇に滲んでいる血を指でそっと拭うと、持参の水筒の水をハンカチに染み込ませてルイーズの唇をそっと当てた。
「ひゃ、ひゃにおするの……!」
「ごめんなさいね。顔に傷つけちゃった。女性の顔は武器なのにね。あなた、性格はともかく顔は可愛いんだから特に大事にしないと」
「か、可愛い……」
「ええ、そうよ。私、あなたみたいな可愛い顔の子……好き」
そう言うと、ルイーズの頬に自分の頬を合わせて耳元で「チュッ」と軽く音を出した。
この世界、ヨーロッパ文化っぽいから挨拶はこれでいいだろう。
と、ルイーズの奴ゆでだこみたいに顔が真っ赤だが大丈夫か?
「す、すき……すきって!? こ、こ、これ……これ」
「ふふっ、もっと仲良くなったらほっぺにキスしてあげるね。それとも……唇がいい?」
まあ、こいつにとって私は殺害対象だろうからまずありえんが、友達100人作るにはこういう奴も念のためリストの末端には加えておかねば。
そう思いながら微笑むと、ルイーズは何故か瞳を潤ませてゆでだこのまま「し、し……しら、しら、知らない!」と言って、よろよろしながら歩いて行ってしまった。
変な奴だ。
そうして、セレンディアの暗殺計画を練っているうちに輝ける学校初日は平和に終わり、アメリアと一緒に校門を出ようとしたらなぜか仏頂面のルイーズが立っていた。
「なんなの、ルイーズ! またミアにちょっかい出そうとするなら……」
肩を怒らせて睨み付けるアメリアを無視して、ルイーズは私に近づいてきた。
ふむ、勝負の続きか?
「ごめんね、ルイーズ。勝負の続きはセレンディア先生の毒殺が終わ……」
「ミア・デニーロ。……お祖母さまに頼みましたわ。退学は無しにしてもらい……ました」
「ほう」
これはこれは……
どういう風の吹き回しだ。
「ねえ、ルイーズ。私に交換条件は通用しないし、あなたにとって何の見返りがあるの?」
そう言うと、ルイーズは顔をまた真っ赤にして、瞳を潤ませながら私をにらみつけて言った。
「あ、あ……ありますわ! あなた……友達欲しいの……よね!」
「欲しい。100人が目標だ。手始めにこのクラスから制圧する」
「じゃあ、私を……と、とも……友達にしなさい! それが条件ですわ」
「はあ!? なんでミアを苛めてたあなたを友達に……」
「分かった」
「……ほら、ミアもヤダって……へえ!?」
「これで3人目ね。通学初日で1人捕獲。まああの騒動を思えば良しかな。よろしくルイーズ。あなたも友達だ」
「ええっ、ミア……それでいいの!?」
「友達は色んなタイプが居たほうが、より深みのある作戦行動も取れる。では、早速友達同士今からお茶でもしに行かない? セレンディアを殺す必要もなくなったから時間が出来たし」
「で、では、私の行き着けのカフェがあるから、そこは……どうです?」
「流石ね、ルイーズ。褒めてあげるわ」
ルイーズは顔を赤くして恥ずかしそうな笑顔になった。
「この……程度、私にとって。じゃあ、2人分予約しましたから……」
「いや、アメリアとあの胸の大きな看護師……エリスだ。その4人で行く」
「へ……4人? それに……その胸の大きな、ってなんですの! 私、浮気は許しませんから!」
「浮気? よく分からん。もっと報告は明確にして。ま、それはそれとして、カフェの件、何かご褒美上げるわ。何がいい?」
「へえ!? え……えっと……その、今日の……を、ほっぺにも……」
「分かった。顔を貸して」
「は、はい!」
そう言ってニコニコしながらルイーズが顔を近づけようとすると、アメリアがグイっと割り込んで言った。
「ちょっと、今の『ほっぺにも』ってなに? ミアと何したの!」
「あなたなんかに言う必要ありませんわ。ミアには私だけいればいいんですから、邪魔者はお消えになって」
「はああ!? どっちが邪魔者なのよ! いじめっ子のクセに」
「過去の事をいつまでもうるさいですわ。ね、ミア。こんなうるさい子は置いていきません? ミアにふさわしくないですわ。後もう1人の豚も時間がもったいないからほっといて、二人っきりで……」
「ルイーズ。アメリアもエリスも私の大切な友達だ。愚弄は許さない。私の友達でいたいならみんなと仲良くして。これは我が組織のルール」
「う……わ、分かりました。じゃあ……よろしく」
「……よろしく」
苦虫を噛み潰したような表情で握手をする二人を見ながら私は満足していた。
やっぱり、おしとやかで心優しい繊細な少女。
この路線が友達作りには必要だったのだ。
今日一日で確認と再発見が出来た。
素晴らしい一日だ。
あのセレンディアとか言うやつが気になるが、まあ何はともあれ今は友達とのカフェデートだ!
ああ、楽しみ……
暗殺者ミアは友達100人作りたい! 京野 薫 @kkyono
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