若草ドレスの物語・下

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「なるほど、やっと答え合わせができるってことね」

ティアナは5年前のあの舞踏会のことを思い出しながら、しみじみとした声で言った。目の前にはメイドのノエル、そして隣には夫のジャンがいる。

「ええ」

ノエルは相変わらず無表情だが、その様子はどこか嬉しそうだ。その手元には一冊のスケッチブックがある。

「あるご令嬢からのご依頼です。舞踏会に着ていくドレスをご所望とのこと」

ノエルがスケッチブックを開いた。でも、そんなものを見ずともティアナはデザインをよく分かっている。

「そうね、ジャンはさっそくパターンを作って。布地は工房にあるものでまかなえるかしら?グリーンの布はたくさんあったはずだけど……ああ、同色のリボンがいるわね、ノエルは買い出しに行ってくれる?」

てきぱきと指示を出す。

ジャンは随分背が伸びた。小柄だった少年は5年の時を経て、頼りがいのある青年へと成長したのだ。


ここは「ヴィクスの工房」だ。働き手はジャン、ティアナ夫妻とノエル。下町にあるヴィクスの工房では主に、貴族や王族の衣裳デザインや制作を手掛けている。

あの舞踏会のあと、国はさらなる不況に見舞われ、下位の貴族は位を捨てて仕事を持つようになった。ジャンもティアナももともと貧乏で、貴族という立場に未練はなかったからすぐに転身できた。


「それにしても、ノエルにそんな大それた魔法があるだなんて、驚いたわ」

ティアナは歌うように話しながら、一心にミシンを走らせる。


―――時渡りの魔法。


それがメイドのノエル改め魔法使いのノエルの能力だった。

5年前、ノエルはティアナのデザイン画を持って未来へと時を渡った。そして、5年後のヴィクス夫妻にドレス制作を依頼。それが、今だ。

「あれがきっかけで私は最高の夫と出会えたけど」

ティアナとジャンは見つめ合って微笑む。

「あのあとしばらくは気が気じゃなかったわよ。ドレス代の高額請求が来たらどうしよう!って」

ティアナの心配は杞憂に終わった。そして、あの舞踏会をきっかけに、なんと2人の交際が始まったのだ。そして、裁縫に興味津々だった2人は、結婚を機に小さな工房を開いた。


「さあ、できあがり。ヴィクスの工房が手掛けるドレスはやっぱり一流ね」

自信作ができた。とても華やかで仕立てもいい。そう、今やジャンとティアナは街でも評判を集める、腕のいい仕立て屋なのだ。

完成したドレスを持ってノエルはまた5年前へと時を渡る。あの日のティアナに、ステキなドレスを届けるために。



《END》

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若草ドレスの物語 野々宮ののの @paramiy

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