第25話 やっとこれで良かったんだって思えた


 騎士隊に着くとすぐにアルドルフのところに行った。


 彼は騎士隊の執務室にいた。


 「ソルティどうしたんだ。まさか俺に会いたくなって?」


 アルドルフの顔がたちまち蕩けた顔に変わる。


 「もう、アルドルフったら。そんな事よりお願い。人を探してほしいの。もうすぐ婚約か婚姻が決まっている20代半ばの男性で昨日マルケス(換金の店の名前)で指輪を買った人なの。翠玉の指輪よ。ねぇアルドルフお願い」


 アルドルフが間抜けなイヌみたいに口をポカンと開けた。


 「そうだ。髪は黒色。瞳はあなたのような翠色だったって。ねぇ聞いてる?」


 アルドルフは大きくうなずいた。そして機関銃のように説明を始めた。


 「ソルティそのことなんだけど…実はそれ俺の事だと思うけど…まさか、ソルティ俺を見張ってたのか?いや、それはないな。でも、参ったなぁ。いや、違うんだ。俺だってきちんとした宝石店で指輪を買おうと思ったんだ。でも、俺の給料じゃとても手が出なくて、それで街をぶらぶらしてたらあの店のウィンドウに凄くきれいな指輪を見つけて、それで…確かに王家から金を出してくれるって言われてたけど、俺はそんなの違う気がして。俺は自分の働いたお金でソルティの指輪を買いたいと思ったし、またそうする方が君も喜ぶんじゃないかって思ったから…」



 「アルドルフまさかあなたなの?あなたがあの指輪を買ったの?どうなの?はっきり言って!」


 私はアルドルフの胸ぐらをつかんでぐいぐい揺する。


 アルドルフはそっとわたしの手を掴んでその手の甲にキスを落とした。


 私ははっと我に返って手を引っ込めた。


 彼は苦笑いしながら引き出しから小箱を取り出してその箱を開いて指輪を見せた。


 「ああ、悪かったよ。こんな指輪じゃ気に入らなかったよな?」


 アルドルフは中古の指輪をソルティに渡そうとしていた事が気に入らなかったのだと勘違いしたらしい。



 「あぁぁぁぁ、そうよ。この指輪よ!もぉぉぉ、アルドルフったら、あなたってどうしてこうもいい男なの。もし別の人が買っていたら…良かったわ~」


 私はアルドルフに抱きつく。


 アルドルフはどうなってるんだって顔で眉を上げる。


 私は彼を見上げて言う。「急いでこれの指輪を国王に返さなきゃならないの」


 「はっ?どういう事だ?」


 私は事情を説明した。そしてやっとアルドルフは納得する。


 「そう言う事か。良かったんだか悪かったんだか…この指輪すげぇきれいだしソルティに俺の色を贈れるって内心すごく喜んでいたんだが、そう事情なら仕方がないな」


 アルドルフが残念そうに言う。


 「私、指輪なんかなんでもいいの。あなたが心を込めて贈ってくれるものが一番うれしいんだから」


 アルドルフが飛び上がった。


 「ソルティ。俺の可愛い天使。俺の愛する人。俺と今すぐ結婚してくれ。もう待ってられない。式は後になってもいい今夜お前が欲しい」


 私はぎゅうぎゅう抱きしめられてしまう。



 指輪はパシオス帝国の使者に無事に返されて代わりに国王から王家に伝わる秘宝の翡翠の指輪を頂いた。


 そのまま王宮の晩餐に招待される。


 その席にはパシオス帝国の使者、元国王、元王妃のアンナ様も同席した。アンナ様はパシオスの王女なので晩餐は大いに賑やかだった。


 式典にはアンナ様も元国王と参列することも決まった。



 その後私たちは王宮に泊ることになった。


 私はその夜アルドルフにすべてを奪われ甘い一夜を過ごした。


 正直閨であんなことをするとは知らなかった。


 でも、彼は私の恐怖を一枚一枚優しく優しくはいでいくように愛してくれた。


 翌朝私は後ろからアルドルフに抱きしめられたままで時々お尻にコツコツって硬い感触が当たってしまう。


 昨夜はあんなのが入るとは思えなかったが…私はまだ信じれない気持ちのまま今はその感触さえ愛しいと思えるから不思議だ。


 愛する人の者は何でも受け入れられるということかもしれない。


 そうでなかったらあんな事できるわけがないって思う。



 ふっとアルドルフが耳元に息を吹きかけた。そして耳元でささやいた。


「ソルティ初めてをくれてありがとう。俺、ほんと。生きていて良かった。こんな幸せな時間が訪れるなんて今まで思った事もなかった。俺、絶対お前を幸せにするから、死ぬその瞬間までお前を愛して愛して愛して愛しまくるから…ソルティ愛してる」


 そう言うとまた私を抱きしめる手に力がこもった。


 「私もすごく幸せ。こんな日が来るなんて信じれないくらい。ねぇこれってホントに現実よね?」


 そう言ったのが運の付だった。


 「俺もまだ信じれない。ソルティもう一度確かめよっか!」


 その後アルドルフは2度私を抱いて私は身も心も抱きつぶされ疲労困憊になった。



 私は翌朝ベッドでまどろみながら幸せ過ぎるのが恐かった。


 この数か月の起きた事をなぞるように思い出す。


 私の人生は自分の意志をはっきり言うことですっかり変わった。


 でも、それは私自身が望み自分の努力やたくさんの人の力を借りて出来た事。


 これからも感謝を忘れず自分に出来る精一杯の努力をして行かなくては。


 そうやって気持ちを奮い立たせた。でも、なぜか払拭できないもやもや。


 ずっと心の奥に一欠片残った棘のように…


 それが何なのかわからなかった。



 「お~いソルティ。一緒に風呂入ろっか!」


 一瞬で思考は吹き飛ぶ。


 愛しい彼の方に振り返るとアルドルフがむくりと起き上がった。


 はぁぁぁ、起きがけでも端整な顔立ちは崩れないんだ…すごっ!


 それなのに私ときたら…がばりと顔を突っ伏して言う。


 「え~?私もう起き上がれないから」


 私は速攻で断る。


 「そっか。じゃあ俺がぜ~んぶ洗ってやるから、心配するな」


 アルドルフのにやけた顔が近付いた。


 「やだ。見ないでよ。こっちに来ないで!」


 「やだ、可愛すぎるお前が悪い」


 「もぉ!アルドルフったら…なに?その顔。ちょ、もっ、やだ。また私を抱きつぶす気なんじゃぁ?もぉぉぉ、やだ~」


 「ソルティお前がそんな顔する時って、いいって時だもんな。わかってるって、今度は手加減するから…さあ…」


 私はアルドルフに抱き上げられ風呂場に直行するのだった。



 私はアルドルフに抱かれて浴室に入る。


 一面に香るそのかぐわしい香り。


 ばらの香りだ。


 いつの間に?浴槽にはたっぷりと湯が張られていてそこにはたくさんのばらの花びらが浮かんでいた。


 「すごい…」


 思わずこぼれるため息。


 「さあ、ゆっくり下ろすぞ」


 アルドルフが私を浴室の床に座らせる。


 ばらの香りが鼻腔を満たした瞬間、私の脳内にある日のお母様との思い出が蘇った。



 ~あれはまだお母様が生きていた頃、お母様はばらが大好きで良く庭のばらを自分で摘んで花瓶に生けていた。


 私も一緒にばらを摘むと行ってお母様より先にばらのところにかけて来た。私は先にばらを摘もうと枝を手でつかんだ。


「痛い!お母様~痛いよ~。ばらなんか嫌い!」


 私は棘に触れて指先から血を流しながら泣いた。


 お母様は私の指先をきれいに洗ってくれて涙を拭ってくれると私にばらを摘んでくれた。


 そしてばらを見せた。


 「ソルティよく見て。ほら、ばらには棘があるの。ばらは自分で自分を守ってるのよ。ばらってお花の花でも一番きれいな花だと思わない?それはね。ばらがこうやって自分で鎧をつけているからなのよ。気高くて美しいばらのプライドかしら?」


 「そんなのソルティわかんない」


 「ええそうね。でもねソルティこれだけは覚えておいて欲しいの。あなたが大人になって、どうしてもどうしても許せない事があったらこうやって棘を出してもいいのよ」


 「棘を出す?」


 「ええ、心が悲鳴を上げて我慢できない事があったら嫌だって棘を出してもいいの。このばらみたいに。ばらは気高さと美しさを守るために棘を持ってるんだもの」


 「お母様も棘を出すの?」


 「ええ、きっと、どうしても我慢出来ない時は出すと思うわよ」


 「ふ~ん。そうなんだ。我慢できない時にだけ?」


 「ええ、そうよ。いつも出してはだめよ。フフフ」


 お母様はそう言って笑った。


 それから間もなくだった。あの事件が起きたのは~



 私の心は震えた。


 ああ…お母様はあの時、棘を出したんだ。


 友達のナーシャの死がどうしても我慢できなくて。


 お父様にあんなに逆らって。


 そのせいでお母様は死んでしまった。


 けど。


 私はふと思う。


 そうか。


 私のずっとずっと心の奥にあったのは、お母様が悔しかっただろうって思い。


 お母様はきっと無念だったよね。あんな形で最期を迎えたんだもの。


 でも、お母様はきっと後悔してないわね。


 こんな事を言うのは不謹慎だけどお母様は我慢したままだったらきっと心が死んでしまったはずよね。


 死んでしまった事はすごくすごく悲しいけど、ほんの少しお母様は棘を出したことに後悔していないだろうって思えた。


 きっと私だってアルフォン殿下との婚約を断って万が一死んだとしても後悔はしなかったと思う。


 まあ、死ななくてほんとによかったんだけど…


 私の心の奥に引っかかっていた棘のような思いがすっと流れ落ちた。


 「ソルティ?」


 彼の声が私を現実に引き戻す。


 いきなりアルドルフが後ろから泡をたっぷりつけた手のひらでそっとわたしの身体を包み込んだ。


 ゆっくりその手を私の腕にすべらせる。


 その大きな手のひらが腕を行ったり来たりするのを見ていると自然と愛しい気持ちが沸き上がって来た。



 そして思った。


 大きな手だなぁって。


 私にとって少し前までは男の人の手は恐いものだった。


 父のあの大きな手が私の頬を殴った。


 その大きな手が鞭を握って私の背中を打ち付けた。


 私は何より父の手が恐かった。


 振り上げられた腕の先に大きな手に握られた鞭があった。


 空を切って私の皮膚に焼き付くような痛みをもたらすあの手が恐かった。



 でも、今こうやって私の肌を愛しむように優しく撫でるこの手はちっとも恐くない。


 愛しさがこみ上げ思わずその手に自分の手を重ねた。


 「アルドルフ…愛してる。ずっとずっと死ぬまで私を離さないって誓ってくれる?」


 思わず言ってしまった。私の願いはそれだけ。彼と一緒ならどんなことだって乗り越えて行ける。


 「ソルティ…な、何を…ばか!そんな事いきなりいう奴が…愛してるんだ。絶対手放すはずがないだろう?離してくれって言われたって絶対に離さない


。ああ、もう、俺、我慢するつもりだったのに…お前が悪い。俺を煽るんだから。ほら、どうすんだ?」


 「どうするって?そんなの知らない!」


 「責任取ってくれよ。俺にはお前しかいないんだからな。ほら、ここも洗おうかっ!」


 アルドルフの片方の手は首筋から胸に移ってもう片方はその先を目指してふにふに突き進んで行く。


 「ちょ、や、だぁ。アルドルフったら…」


 「俺の可愛い妻を可愛がって何が悪いんだ?」


 「あっ、もぉ、ほんとに、あぁぁ、やぁだぁ…」


 そうやって浴室でも抱きつぶされた私。



 やっとベッドに連れて来られてほっと息を吐く。


 ああ…我慢できないってはっきり言ってほんとに良かったんだ。


 やっと私は間違っていなかったんだってほっとした。


 だってこんな幸せが待ってるなんて考えてもいなかった。


 ふっと。お母様、私最高に幸せになれたからって言えた気がした。


 そしてお母様もそれを喜んでいるって素直に思えた。


 「ソルティ。俺、最高に幸せだ」


 いきなりアルドルフがそう呟いた。


 私はまたアルドルフに抱きついた。


 「ソルティいやじゃない。が、今はよせ。いくら何でも…俺にも限界ってもんが…」


 「アルドルフ私すごく。ほんとうに幸せよ」


 私はやっと心の底から幸せを感じていた。




                         ~おわり~


 最後までお付き合いいただきありがとうございました。短い話のつもりが少し長くなってしまいました。また次回も頑張ります。よろしくお願いします。はなまる

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我慢の限界が来たので反抗したら人生が変わりました はなまる @harukuukinako

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