第6話
■エピローグ■
ザフオル城の一室で、アルデインは落ち着きなく部屋の中を歩き回っていた。
「クソ」
脳裏を過ぎるのはスイとウェザリアの後ろ姿で、微かに笑うスイの姿だ。あんなことがあってはいけない。スイは孤高で、いつだってたった一人で、だからこそ美しく強いのである。あんなものは、足手まといになるだけだ。
「即刻連れ戻してやる」
外は綺麗に晴れていて、青空にすらイラついて舌を打った。アルデインの様子を眺めていたグース・エンサーヴは、落ち着き払って口を開く。
「いいや、スイはここに残す」
アルデインは振り返る、信じられないものを見た、という顔だ。スイと同じくらいに昔から。スイよりも長い時間を共有してきたというのに、裏切られたような気持ちになって胸ぐらを掴んだ。グースは何も言わずにアルデインを見つめ返す。
「俺の方が立場は上だぞ、グース」
「もし無理矢理連れ戻そうとするなら、スイにあのことをバラす」
「お前が、本当はサラ王国なんざどうでもいいと思ってることを、スイにバラすぞ」アルデインがスイへ抱いている感情が並々ならぬものであることは、グースも良く知るところである。だからこそ、グースはアルデインの側近になり、アルデインが暴走しないように見張っている。アルデインが暴走した時、妹は深く傷つくことだろう。これ以上、スイに傷を増やしたくない。
「チッ」
スイがもし、アルデインが国よりも自分を優先していると、自分か国かという判断を迫られた時、自分が選ばれる可能性がある、と知ればどうなるか。
「そんなことをされたら、スイはこの国からいなくなる」
「ウェザリアはスイについて行くだろうな」
立場や家など放り投げて簡単に。アルデインは強く痛む胸を押さえて、ゆっくりと息をする。「いいや。大丈夫。スイはあの調子だし、今すぐに事態が動くということはないはずだ。放っておけば自爆するに違いない。――今までの奴らと同じだ。いつかスイに追いつけなくて、勝手にいなくなる。だから、それまでは。スイがいなくなるようなことだけは起こらないようにしなければならない」グースはじっとアルデインを見る。この男は誰よりも王に相応しく、誰よりも王になってはならない男だ。
「それだけは、絶対に許さない」
心配しなくても、スイはアルデインを裏切らない。アルデインが国を第一に考える王族である限り、絶対に。
しばらく、雪の降らない日が続いていた。
スイは、目の前で剣を構えるウェザリアとフウを見た。今は、スイを突破させないようにする、という遊びだった。
何が起きてもスイの足を止める、というのをスローガンに二人は燃えていたのだけれど、スイはいとも簡単に二人の間を抜けて行った。下の方へ滑り込んで行ったような気がしたのだが、二人はその時、上を注意していた。スイがしきりに枝を気にしていたからだ。再度注意を正面に向けた時には、そこにスイはいない。「あー!」フウは頭を掻きむしりながらその場に転がる。
「強いな」
「それだけが取り柄ですから」
「そんなもの取り柄でもなんでもないと、いつか証明してやる」
「どうやって?」
「言ったろ。俺がいつか絶対スイに勝って、そんなものはお前の一部に過ぎないと証明してやる」
「私も! 私も私も私も!」
「うるせえよお前は」
今度は確かに二人を見た。
「楽しみにしています」
スイは荷物を持って、コートを着る。言い合いをしていた二人は慌ててスイの側まで来た。
「本当に帰っちゃうの?」
「次の仕事があるんだって」
スイはフウの頭を撫でる。
「結局黒幕を捕まえられていないし」
「次はいつ来る?」
「近くを通ったら寄ります」
「やだあああ、ザフオルの騎士団長になりなよ!」
「おい」
「団長にはなれないよ」
「なれねえわけねえだろうが!」
「ええ?」
スイとフウはウェザリアを見上げる。「やってできねえってことはねえよ。そうだろ」唇を尖らせて、吐き捨てるように言った。スイはウェザリアの言葉うまく受け取れない。しかしフウは「だよね!」と満面の笑みだ。「お前が任命するのは違うけどな!」団長の座を奪い取れ、と言われているのだろうか。
「絶対、近くまで来たら絶対寄ってね! 私が王都の騎士団に入れたら毎日会えるけど!」
「ふざけんな」
「首席だから好きなとこ選べるもーん」
「クソ、うちの騎士修道会はなにしてんだ」
「スイちゃんに指導してもらったし」
「それはそうだな」
雑木林を抜けると、グースが馬車と一緒に待っていた。
中にはアルデインもいるのだろうか。サラ・グリズリーと戦って以降顔を見ていない。まだザフオルにいると聞いてはいたが、なにをしているのかは把握していない。ただ、グースはなにやら毎日楽し気であった。今も、馬車の前で満面の笑みで待っている。
「スイ、こっちへ」
グースはスイを近くへ呼んで頭を撫でた。
「兄さん」
「突然ですが、新しい仕事です」
少し後ろで待っているフウとウェザリアはお互いに顔を見合わせる。兄妹の会話は聞こえないようだ。
「お前はしばらくここで暮らせ」
「え、けど」
「命令だ。まだここから離れるな。北東、北西を見張る必要もあるし、王都からの増援が馴染むのにも時間がかかる。サラ・グリズリーだってあれで気が済んだかどうかはわからん。諸々の理由からここに留まらせた方がいいと、俺の判断だ」
スイはぽかんと口を開けてグースを見上げていた。
「……王都に帰りたかったか?」
「どうだろう、帰りたいとかは、いつも、あんまり、だけど」
「だけど?」
「だけど、もう少しここに居られるとわかって、嬉しい」
「そうか」
スイは後ろを振り返る。この二人だけではなく、ザフオルにたくさん知り合いが出来た。
「帰る気満々だったから、方々に挨拶しちゃったな」
「これからもよろしくって挨拶しなおしてきなさい」
まずは目の前の二人からだ。
グースはスイの背に手を添えて、フウとウェザリアの方へ押し出した。
「もうしばらく、スイを置いておきますので。よろしく」
今度はフウとウェザリアが目を丸くしてグースを見て、それからスイを見る。スイは「うん」と頷いた。「よろしく」ゆるゆると口角があがっていく。心の底から喜んでいいことだと理解するや否や、フウとウェザリアはグースの手をがしりと握った。
「お義兄さん!」
「ありがとうございます!」
「やめろ」
手を持ったままグースとぐるぐるその場を回る。それだけでは嬉しい気持ちを表現しきれなくなって、ウェザリアとフウは更にグースに近寄り、膝の下に腕を突っ込んで持ち上げる。「おいこら」グースが抵抗する暇もなく。
「よっしゃー!」
二人はそのままグースをぽーんと宙へ放り投げた。「うわああああ!」叫びながら落ちて来たところを丁寧にキャッチしてまた投げ上げる。胴上げだ。
「やめろ! なんだお前達! おい! スイ! お前笑ってないでこいつらを止めろ!」
なんだか面白そうだと思ったので、スイも兄の胴上げに参加した。「覚えてろよこの野郎!」そうグースは叫んだが「やっぱり今すぐ王都へ帰ってこい」とは言わなかった。
『最強の女神の噂は千里を駆ける』了
最強の女神の噂は千里を駆ける アサリ @asari_o_w
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます