第14話 僕を信じて

 斬首? ショー?


「……! 待ちなさい、ネビュラ! あんたの目的は私でしょう!?」


「そうだけど? でもそれとこれとは別問題だねぇ。斬首はボクの趣味だから……ねぇ!!」

 一番端に座らされていたシグの首が地面に落ちた。


 小さな体から噴水のように鮮血が吹き出しているのを見ながら、僕は何が起きているのか理解が出来なかった。


「あああああああああああああ!!!」

 アンリが叫んでいる。


「名前を変えても無力なままのアンナマリィ。可哀想に!」


 シグの体が地面に崩れ落ちた頃、子供たちも僕もようやく事態が飲み込めた。

 子供たちは口々に「嫌だ」「やめて」「ごめんなさい」と叫び始める。


「ああ。これこれ。ボクが聴きたかったのはコレだよ! 絶望の交響曲シンフォニー!! たまらないねぇ!」


「やめろネビュラ!! 殺してやる!!」

「あーはは。やれるもんならやってみなよ」

 ネビュラはアンリを煽る。頭に血が昇ったアンリは再び立ちあがろうとして、刃の切先が首に一筋の赤を作っても動きを止めようとしなかった。僕はアンリの腕を思いっきり引っ張って冷静になるように言った。

 決して僕が冷静でいられたわけじゃない。脳内はパニックだった。とにかくネビュラに逆らえばまた次の犠牲者が出ると思ったから、そうやって行動した。冷静でいれば何か解決策が見つかるかもしれない。それにネビュラだって、まさか本当に子供相手に皆殺しにするとは思えない。


「時間も無駄に出来ないし、次行こうか」

「え?」


 ネビュラが再び剣を振り下ろした。鈍い音を立てて落ちる首、噴水のように吹き出る鮮血。


 子供たちが悲鳴を上げて、僕とアンリの名前を叫ぶ。


「じっとしてなきゃ楽に死ねないよ?」

 楽しそうに、剣を振り下ろす。


「や、やめろ!! どうしてそう簡単に人を……子供を殺せるんだ!?」

「だから言ったじゃないか。ボクら天上の民と違って地上の民は罪人なんだって」

 僕の問いに、こちらを一瞥もせずにネビュラは笑っている。


 ネビュラがハンナの隣に立つ。


「罪人は裁かれないと。おかしい事言ってる?」

 ネビュラの瞳が、純粋な子供のそれに見えた。


「グレイお兄ちゃ……」

「ハンナっ!!」

 僕がハンナの名前を呼び終わるよりも先に、彼女の首は地に落ちていた。


 子供たちはついに恐怖でおかしくなり、その場から逃げようとする。しかし兵士の持つ剣で切り伏せられ、槍でその小さな体を突かれた。

 昼間とは一変。辺り一面、血の海と死体だ。


「な、なんだよ……。どうしてこんなことに……?」

 僕は呆然として呟くことしか出来なかった。


「私のせいだ」

 ボロボロと涙を溢すアンリが言う。


「私があの時、逆賊の娘として処刑されなかったから」

「ようやく分かってくれた? アンリ、キミのせいでみんな不幸になったんだよ」

 ネビュラは笑っている。


「さて……無力な子供は片付いたよ」

「ネビュラ……」


「アンリ、キミはお楽しみとして最後に取っておくとして、次は勿論『お友達』だよねぇ」

 ネビュラの瞳が僕を捉える。


「グレイ」

「アンリ……?」

 アンリの眼差しに何かを感じた。


 瞬間、アンリは首に当てられていた刃を握り、バランスを崩した兵士を薙ぎ倒す。呆気に取られている兵士たちを奪った剣で切り付けて、隙を作った。


「逃げて!」

 アンリから突き飛ばされて、僕は孤児院の中へと転がり込んだ。反射的に起き上がって、彼女を助けに向かおうとする。しかし、ネビュラ率いる帝国軍とは圧倒的な戦力差がある。僕が戻ったところで、殺されるに違いない。


(最大の武器にもなり得ます)

 瞬間、脳裏にカルマの言葉が蘇る。そうだ。あの禍々しいグリモア。もう僕にはあれしかない。開いたことも無いグリモアに、賭けるしかなかった。


 自室へと向かい、グリモアを手にする。中身なんか確認している暇はなかった。僕は孤児院を飛び出す。


「アンリ!!」

 力の限り叫ぶ。


「グレイ! 馬鹿……! 逃げなさい!!」

 帝国兵に囲まれているアンリは、血だらけだ。


「あの坊や、キミを助けに来たんだね。感動じゃないか」

 ネビュラはつまらなそうに言う。


「アンリ、僕を信じて」

「!!」


 グリモアを開く。足元から風が巻き上がる。風で捲れるページのどれもが白紙だった。しかし、僕の脳裏には詠唱が浮かんでくる。


「無へ帰す闇の深淵よ、全てを飲み込め! エンプティ・エンプティ!」


 兵士たちの足元の影が歪む。そのまま檻のように閉じ込めると、闇の中へと吸い込まれていく。兵士たちが叫び声を上げながら次々に深淵へと消えていく中、ネビュラはその俊敏な動きでエンプティ・エンプティの檻から逃れ続けていた。


「チッ……! しつこい魔法だ……ね!」

 ネビュラが剣を振り、その衝撃波が蛇のように僕へと襲いかかる。


 魔法を維持するだけで精一杯で避けられない!


「……っ!!」

 目を瞑る。しかし、来るはずの衝撃は来なかった。


「大丈夫ですか。グレイ」

 シスター・ナイトレイが立ち塞がり、代わりにネビュラの技を受けたのだろう。彼女の背中から血が吹き出す。


「シスター……!」

 グリモアを放り出して、倒れ込むシスター・ナイトレイを支える。


「待て! ネビュラ!!」

 突如現れた歪んだ空間へと逃げようとするネビュラに、血に塗れたアンリが叫ぶ。

 ネビュラは振り返り、長い舌を出しながら、水に沈むように消えていった。

 ほぼ同時に、ルイユの村の外に停めてあった帝国軍の船が浮き上がって遠くへと消えていった。


「アンリ! シスター・ナイトレイが!」

 ネビュラが消えた辺りを警戒していたアンリに声を掛ける。シスターはあれだけの攻撃を受けていながら、息をしていた。それでも、いつ命の灯火が消えてもおかしくなかった。


「キミ、回復魔法は使えないの!?」

 アンリに言われて、咄嗟にグリモアを開く。しかしどれも白紙で、あるのは先ほどまでは存在しなかったはずのエンプティ・エンプティのページだけだ。


「ダメだ……このままじゃ……!」

「……絶対に死なせない」

「アンリ?」

 アンリが腰の鞄から小さな瓶を取り出すと、蓋を開けて中身をシスター・ナイトレイの傷口にぶちまけた。


 たちまち傷口が塞がっていく。


「これって……」

「特別な薬。必要な時に備えて取っておけって言われたけど、今がその時よね」

 アンリの笑顔は弱々しい。


「傷口が塞がっても失った血液が戻るわけじゃない。暫くは安静にさせないと……」

 孤児院に火を放たれなかったのは幸いだった。シスターをベッドに寝かせて、僕たちは子供たちや村人たちが一人でも生きていないか確かめることにした。

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灰の鐘の少年王 幽世とこよ @kakuriyo_tokoyo

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