流星チャーハン

葉月氷菓

パラパラのチャーハン


 『★☆☆1 べちゃべちゃ。台無しです』ユーザーネーム:蓬莱


 〝久しぶりに大好きだった「隆々軒」の思い出のチャーハンが食べたくて注文しましたが、最悪です。時間が経って油でべちゃべちゃ。あの頃とは似ても似つかない味でした。ガッカリです。もう二度と利用しません〟


「はあ?」

 悪態が思わず声に出た。このボロクソに書かれたレビューは俺の仕事に対してのものだ。と言っても、俺は料理屋をやっているわけじゃない。客から注文を受けて飲食店の出前を請け負うサービス、UniverEatsユニバーイーツで生計を立てているってわけだ。悪いけど味のことなんか知ったことじゃない。そりゃあ確かにレビューの通り配達には時間がかかってしまったし、そのせいで米が油を吸ってべちゃべちゃな食感になったんだろう。


 けど……流石に月は遠いって。


 俺は夜空を見上げる。ぽっかりと浮かぶ金色の月が煌々と夜景を飾っている。

 今や月への移住は金持ちのトレンドだ。彼らは大気汚染や平均気温の上昇でどんどん住みにくくなっていく地球から旅立ち、静かで快適な月に生活環境を整え、暮らしている。

 だけど人ってのは勝手なもんで、月の暮らしに慣れたら今度は地球が恋しくなったんだろう。最近は地球の名産品を月に取り寄せたり、地球凱旋ツアーなんかが盛んになっている。

 レビューを見るに、俺に料理の出前を頼んだのもその一環だろう。金持ちなんだったら、一流シェフでも雇って月で作ってもらえばいいのに。あるいは冷凍食品の美味いチャーハンだってあるはずだ。かく言う俺もニチ〇イや味〇素のハイレベルな冷凍チャーハンを食べたばかりに、自分で作るのが馬鹿らしくなったタチだ。

 軌道エレベータの利用料は経費で落ちるとはいえ、手続きに手間取られる上、片道で三週間もかかる。配達時間を考えると儲けなんて無いようなもんだ。その上レビュー内容は配達員の査定に響く。低評価が増えると依頼が回ってこなくなり、そうなれば収入は断たれる。これは死活問題だ。


「こっちこそ願い下げだよ。二度とごめんだ」

 不貞腐れてアプリ画面を消そうとした時、出前の依頼が来た。俺は利用者のユーザーネームを見て、驚く。

「はあ⁉」

 また一人で大きな声を出してしまう。そりゃあそうだろう。アプリに表示された依頼内容は、


 ユーザーネーム:蓬莱

  注文内容  :隆々軒のチャーハン一人前


 ついさっき俺に低評価を入れた客からの、まったく同じ注文だったのだから。

 俺は悪戯を疑いながらも仕方なく、店に連絡を入れる。仕事自体は気に入っているんだ。出来ることなら評価を改めてもらって、長く続けたいという気持ちがあった。



「いつもご苦労さん」

 町中華の店、隆々軒の気風のいい店主が俺に労いの言葉を掛ける。ドライな対応が当たり前の世知辛い世の中で、こういった温かい言葉は身に染みる。

 俺は丁度出来上がった注文の品を受け取り、出前バッグへと仕舞う。礼を言って店を出る前に、店主から声を掛けられた。

「どうした? 浮かない顔して」

 俺は仕事以外で店主と関わったことがない。それなのに見抜かれてしまうほど、もやもやとした気分が顔に出ていただろうか。

「実は……」

 俺は事情を話した。思い出の味だというこの店のチャーハンを客に届けるも、低評価を付けられてしまったことを。このままでは仕事に響くかもしれないということを。


「もしかして、蓬莱さんかな」

 店主があご髭を撫でつつそうつぶやいたので、俺は驚いた。蓬莱という名は依頼者のユーザーネームと一致していたからだ。


「遠くに行くとは言ってたけど、そうか。月に……」

 俺が一切合切を店主に明かすと、店主もいろいろと話してくれた。蓬莱は、いつもこの店でチャーハン一杯だけを食べて帰っていく若い女性客だったらしい。暑苦しい店の中で涼やかな所作が印象に残っていたとか。そして数年前に、遠くに引っ越すのでもう店には来られないとの旨を自己紹介と共に話してくれたらしい。前に月に届けた時は月面住宅カプセルの前に置き配をしたので、俺は人相までは知らなかった。

「レビューを見る限り、すごく気に入ってたみたいですね、チャーハン。でも俺じゃ、アツアツのパラパラのまま届けることは難しくて……」

 悪態こそついたが、俺だってレビューを通して客が喜ぶ顔が見たいんだ。

 さっき受け取ったチャーハンをバッグから出す。香ばしい匂いが食欲をそそる。それでも、今この瞬間にも米は油を吸いつづけており、食べ頃は過ぎ去っていく。悔しさが、不甲斐なさが募っていく。

「なら、やり方を変えてみるか。調理しながら届ければいい」

 その言葉に俺は顔を上げる。

「それは店主さんが直接月に行くってことですか?」

 店主はかぶりを振り、続ける。

「いや、そうなると何日も店を空けなきゃいけなくなる。それはできない。だから打ち上げようと思う」

 にべもなく言ってのける店主の言葉に俺は思考が追い付かなくなる。そのチャーハンはもう食べちゃっていいよ、と言われたので、頭に「?」マークを浮かべながらレンゲでチャーハンを掻き込んだ。

 美味かった。月に居て尚恋しくなるのも頷ける味だった。



 その日の深夜、俺は隆々軒の店主に呼び出された。場所は夢洲跡地。戦争のあとはすっかり打ち捨てられ、今は寂しい空き地となっていた。

「ウチのじいさんが物好きでね。何十年も前の古びたガラクタを集めるのが趣味なんだ。これもその一つでさ」

 俺は眼前に隆々とそびえ立つ、恐らく六百メートル超の鉄塔のようなものを、ぽかんと口を開けて見上げていた。


 亜光速電磁投射砲。またの名をクエーサーレールガン。


 七十年前の火星人侵略戦争の時に活躍した兵器だというのは聞いたことがある。けれどそれが現存していて、ましてや個人所有のものが目の前にあるなんて。


「理論上は、同じなんだ」

 あご髭を撫でつつ、店主は語る。

「レールガンはその実、二本の導体レールと電機子、弾芯。そして巨大な電力さえあれば成立する、シンプルな構造の兵器なんだ。フレミングの法則って習わなかった? レールガンは磁界の中で働く、互いを引き離す力──ローレンツ力をワンポイントに絞ることで弾丸を撃ち出すんだけど」

 既に話についていけていないが、俺は黙って聞きに徹した。

「この時、放射されるプラズマにより砲身や弾頭は凄まじい熱を帯びるんだ。一瞬にして三百度くらいにね。そして放たれた弾丸は空気抵抗を受け、激しくブレながら上空へと飛んでいく。この意味が分かるかな?」

 俺の思考の中で、ようやくチャーハンとレールガンという二者の存在が繋がった。


「もしかして……中華鍋と同じ?」


「そうさ。つまりローレンツ力により米がパラパラになる」


 店主が見せてくれた弾頭の中には、米や細切れチャーシューをはじめ、チャーハンに必要な具材が込められていた。溶き卵は発射の直前に入れるらしい。


「そして弾速。亜光速なんて名付けてあるけど、実際には光の五十分の一くらいが精々かな。それでも弾丸の月までの到達時間は……」

 俺は期待に満ちた目でレールガンと店主を交互に見る。

「約一分。チャーハンの理想的な炒め時間さ」

 店主はにやりと笑みを浮かべる。溶き卵を弾頭に流し込み、二人で急いで鉄塔から離れる。

 遠隔操作室にて、店主は「届けるのは君の役目だ」と言って、発射装置を手渡してくれた。

 俺は礼を言って、トリガーに指をかける。店主が頷く。

「チャーハン一人前、お届けです」

 俺はそう言って、トリガーを引く。世界中の雷が一点に落ちたみたいな轟音に、俺は身体をびくつかせる。店主もうおっ、っと声を漏らした。


 一筋の流星が、空を翔けて月へと昇っていく。あっという間にそれは空の果てに消えたけれど、残像はいつまでも網膜に焼き付いて残っていた。



 後日、スマホに通知が届く。俺はアプリを開いてそれを確認する。


『★☆☆1 ありがとうございました』ユーザーネーム:蓬莱


 〝アツアツのパラパラ、ニンニクの利いた濃い味付けが最高です。月に居ながらあの頃の「隆々軒」のチャーハンに再会できて、感動しました。疲れた時、いつも隆々軒のガツンとくる味付けに元気をもらっていました。来年の地球便で里帰りする際、またお店に立ち寄らせていただきます。ありがとうございました。


 思わず涙がぽろぽろ零れて、思い出の味よりもずっとしょっぱかったので今回は★1評価とさせていただきます(笑)〟




 壮大な出前作戦は、上手くいったみたいだった。「やりがい」ってヤツがちょっとだけ満たされて、悪くない気分だった。


 けど、ポエミーなレビュー文の為に★1つけるのは勘弁してくれ。


 俺はどっと疲れて、冷めたチャーハンみたいに床にべちゃりと寝そべった。






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流星チャーハン 葉月氷菓 @deshiLNS

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