六花に手を引かれた陽斗は並んでいた3人の後ろに並ぶと、テーブルに貼られていた張り紙を読んだ。



「3000円のお買い上げにつき抽選チケット1枚、3枚で1回ガラポンが回せます、と」


「そうそう、先月からこの抽選チケット配ってくれててね、2枚は集めたの」


「え、じゃあ引けねぇじゃん」



 2、と指で示す六花に陽斗が眉を顰めると、六花はカバンの外に着いているポケットから1枚の紙を取り出して陽斗の前で広げて見せた。



「じゃん! これが3枚目!」



 ドヤ顔をしている六花に、陽斗は目を見開いた。



「これ、どうしたの?」


「実は、さっきユウさんがくれたの。この間お話したときに3枚揃わないって言ったのを覚えていてくれたみたいで」



 六花が視線を逸らして頬を掻くと、陽斗はポンッと六花の頭の上に手を置いた。唇を突き出して拗ねているような怒っているような顔をしているが、六花に触れる手は優しく柔らかい。



「やっぱあの人なんかやだ」



 陽斗の呟きを聞いてクスクスと笑う六花の頬を指で摘まむと、陽斗はグッと顔を近づけた。



「笑ったのはこの口か?」


「ごめんごめん」



 緩く摘ままれた手をそっと放させた六花は上の方にある陽斗の頭を撫でる。幼い子どもを宥めるような手つきに陽斗はまたムッとしたが、六花の頬を緩ませきった幸せそうな表情を前に黙り込んだ。



「次の方どうぞ」



 係員に呼ばれてハッとした2人は慌てて係員の前に行くと、六花は持っていた3枚の抽選チケットを係員に手渡した。



「お願いします」


「はい、確認しました。1回ですね」



 係員に促されるままガラポンに手を掛けた六花はごくりと生唾を飲む。固くなった顔で見つめる先には1等のサクラのチャームが付いたネックレスが置かれている。陽斗が後ろで祈る中ガラガラと音を立てたガラポンからコロンと転がり出てきたのは青い玉。



「おめでとうございます! 5等です!」



 拍手をする係員とは対照的に肩を落とす六花の代わりに景品のタオルを受け取った陽斗は、六花の腰に手を回して抽選コーナーから引き離した。そのままどこか落ち着いて話せるところ、と考えた陽斗は建物の中に入って、夕飯前で人もまばらなフードコートの一角に置かれた席に座った。


 フードコートの中でも端にあるカウンター席からは後ろの通行人と視線が合わない利点がある。そしてもう1つ。フードコートの一面を覆う大きな窓の下にはコアガーデンが広がっているから窓際の席からは花畑や桜が良く見える。ボックス席の中にも同じ条件の席はあるが、首を捻ることなく階下を見下ろすことができるとあって設置以来人気の席だ。


 しょんぼりしている六花の背中を擦っていた陽斗だったが、ふと景品としてもらったタオルを広げてみた。さすがに桜抽選会と謳っていただけのことはあって、白と薄桃色のグラデーションになっている生地の、薄桃が濃い方には白い桜の花びらが舞ってハートを描いている。



「六花、これも結構可愛いぞ。それにふわっふわだぞ」



 陽斗が六花に向けてタオルを広げて見せると、六花はちらっと視線を投げて何とも言えない表情を見せた。可愛いけど、やっぱりネックレスも欲しかった、とでも言いたげな顔に陽斗は頭を掻く。陽斗が視線を彷徨わせてどう声を掛けようかと悩んでいると、さっき自分で机の上に置いたピグちゃんの紙袋が目に入った。



「俺は、当たったのがこっちで良かったと思うぞ」


「え?」



 六花が信じられないと言いたげな目で陽斗を見ると、陽斗は余裕ありげに微笑んでタオルを肩に掛けると紙袋を開いた。中からピグちゃん柄の小さなジップ付きの袋を取り出すと、丁寧にそれを開けて中からさらに透明な袋を引っ張り出した。その袋の中身を目にした六花は目を見開いて陽斗に視線を戻す。その視線に気が付いた陽斗は一瞬視線を合わせてニッと笑った。



「ほら、後ろ向け?」



 涙目のまま六花が陽斗に背を向けると、陽斗はその細い首に腕を回してネックレスの留め具を留めた。


 六花の胸元に光るキューブ型のチャームには一面にピグちゃん、その反対にはベルくんのそれぞれシルエットが刻まれている。六花は残りの四面に刻まれた桜をうっとりした顔のままそっと指で撫でた。



「ネックレスが2つあってもどっちつけるか悩むだろ。そっちにしとけ」



 耳まで赤くなった陽斗がそっぽを向いてぶっきらぼうに言うと、六花はその肩に抱き着いた。



「ありがと」


「おう」


「ふふ、このタオル本当にふわふわだね」



 六花が陽斗の肩に掛けられたままのタオルに頬ずりすると、陽斗は擽ったそうに身じろいだ。



「良かったな」


「うん。これ、陽斗くんの家に置いててもいい? 朝も思ったけど、陽斗くんの家の洗剤使うともっとふわふわになるし、いい匂いするし」


「いいよ。六花のために洗剤変えたようなもんだし……あ」



 陽斗は慌てて口元を押さえたが、六花はニヤニヤしながら陽斗の顔を覗き込んだ。



「そうなんだ?」



 からかうような目にムッとした陽斗は肩に掛けていたタオルを外して六花の頭に被せた。急に視界が遮られて慌てる六花を見ながら可笑しそうに笑っていた陽斗は、六花がタオルから出てくるとその頭を撫でた。



「いずれ一緒に住むし、少しずつ六花の好きなものを俺の家に置いておきたいんだよ。その方が急にいろいろ変わることもないだろ」



 陽斗の拗ねた声を聞いて、今度は六花が顔を赤くする。手に持っていたタオルに顔を埋めた六花は小さく呻くような声を上げた。



「一緒に住む、の?」



 陽斗が六花の胸元で輝くチャームに触れると、六花は今朝聞いたばかりのプレゼントに込められた意味を思い出して顔を上げた。



「陽斗くん、いつか陽斗くんの口から言ってくれるの、待ってるから」


「ああ」



 陽斗が頷くと六花ははにかんだ。今朝は興味が無さそうにテレビから視線を外した陽斗だったが、照れ屋なだけで案外ロマンチストだ。


 テーブルの上に置いたふわふわなタオルの上で手を繋いだ2人はガラス越しの桜を静かに眺めた。雨が止んで雲間から薄く差し込んだ夕陽が六花の胸元に咲く桜を照らした。


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