桜
2人がコアガーデンに駆け込むとそこにはロープが張られて、それに沿うように行列ができていた。
コアガーデンはショッピングモールの中央に昔からある花壇が人気の箱庭だ。花壇の周りに置かれたベンチは休憩場所にしてはオシャレな印象を与えるが、改装前にはベンチも雨風に晒されてボロボロになってしまったせいで人がフードコートに流れてしまって寂れた場所になってしまっていた。
改装後には雨の対策と雨の日にも楽しめるようにという声を受けて、壁は吹き抜けの状態のままガラス張りの天井が張られた。そのおかげで花が散るまでの期間も長くなって、オープン当初以上に客足を集める人気スポットに生まれ変わった。
そしてそれは、日本人にとって春の一大イベントとも言えるあの花にも影響した。
「すげぇ……」
コアガーデンに足を踏み入れた途端、陽斗の目を奪ったのはライトアップされて満開に咲き誇った桜たち。ロータリーに沿うように植えられた桜たちの中央に構える一番大きな桜。この桜はショッピングモールが建てられたときにこの地に植え直された、この場所を訪れた人々の思い出を記憶しているシンボルともいえる大樹だ。
「ここなら雨の日にもお花見ができるから、雨が降ったらここに来たら良いかなって思って」
六花がはにかむと、陽斗はその頭を撫でながら眉を下げた。
「ごめん、俺全然知らずにあんなこと言って」
「ううん、私こそごめんね? きっと陽斗くんは知らないだろうし、サプライズで驚かせたかったの。だけど、喧嘩になるくらいならちゃんと話せば良かった」
今朝喧嘩になる前にどうして行きたいと言ったのか聞いておけば良かったと反省する陽斗に、六花も申し訳なさそうに眉を下げる。お互いに肩を落としていたが、急にそれが可笑しく思えて2人揃って噴き出した。列に並んでいたほかの客たちは肩を揺らして笑い合う2人に不思議そうな目を向けたが、2人が放つ輝きに目を奪われるように1人2人と釘付けになった。
この日、1日中視線を集め続けた2人はお互いの気持ちを伝え合ったこともあって、もうお互いに向けられる第3者からの黄色い視線に嫉妬することはない。けれどさすがに視線が集まってくると恥ずかしそうに声を潜めた。
「楽しみだな」
「うん、そうだね」
ギュッと手を繋いだ2人は行列の向こうに見える桜の木を遠目に見つめた。
人の流れはゆっくりではありつつも進んでいく。ロータリーの中では係員たちが客に足を止めないように促し続ける。立ち止まって丁寧に構図を切り取って写真を撮る余裕なんてものは当然ないが、それでも人々は満開の桜の下を歩き、見て、香りを楽しむ。
「いい香りだね」
「あぁ、天井がある分香りも篭もりやすいのかもな」
「桜餅食べたくならない?」
「あとで買って帰ろうか」
「そうしよ」
ゆったりとした人々の足並みに合わせて歩いた2人は、ロータリーに入っても手を繋いだまま桜を楽しんだ。会話もないままそれぞれが見たいところを見て、香りを嗅いで楽しんだ。けれど、繋がれた手に伝わる春に吹く風より温かい体温が2人にお互いの存在を認識させる。
ロータリーを抜けると、2人はちょうど空いたベンチに並んで腰掛けた。行列とは反対側、ロータリーの出口側に設置されたそこからも中央の大きな桜がよく見える。隣のベンチで同じ歳頃の2人組が桜を背景に写真を撮り合う姿すら風景の一端だ。
「来て良かった。ありがとう」
「私こそ、来てくれてありがとう」
2人は微笑み合うと、また桜に視線を向けた。そこだけ時間が止まったのかと見紛うほど穏やかな時をジッと過ごしていたが、ふと陽斗が視線を向けた先に小学生と幼稚園児くらいだろうか、3人の子どもとコアガーデンを訪れている女性がいた。3人の母親だろうか。
「六花」
「ん? うん、そうだね」
陽斗が六花の肩を叩くと、六花も女性が何かを探すように辺りを見回していることに気がついた。女性の視線はいくつかのベンチの間を彷徨う。頷き合った2人は女性の目がこちらに向くタイミングで立ち上がると、そのままその場を立ち去った。
少し歩いた先で2人が振り向くと、さっきまで2人が座っていた席に2人の子どもと、1番小さい子を膝に抱えて座る女性の姿が見えた。
「さて。これからどうする?」
「えっとね、あ、あれ! あそこ行きたい!」
六花が指差した先には種類の豊富な桜柄のグッズが置かれていて、その上には『コアガーデン桜抽選会』の文字が書かれた横断幕が掲げられていた。
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