会計を済ませて店を出ると、六花は陽斗の腕を引いてショッピングの続きに繰り出した。六花に引っ張られながら六花の行きつけのブランドを回ってる間は午前中のときのような好奇的な視線を受けることもなく、久しぶりに純粋にショッピングを楽しんでいた。ファンシーの中にある大人っぽさが売りの店を出ると、陽斗は感慨深そうに唸った。



「六花、店員さんと仲が良いお店多いんだな」


「そうかな?」



 六花は照れ臭そうに笑うが、実際昼食後に訪れた4店舗には六花の顔なじみの店員がいて、お互いに友達のような空気感で話をしていた。陽斗のことも噂の彼氏さん、という認識をしている人ばかりで六花を冷やかす人がほとんどだった。



「やっぱり値段とか好きなデザインとかで選ぶと来るお店も固定されちゃうし、来る曜日も大体一緒だから店員さんも同じ人ばかり会うしね。陽菜と来ると世間話とかもするから、確かに仲良くなった気はするかな。あ、次はあそこ行こ!」



 話しながら頬を掻いていた六花が話題を変えるように目の前に出てきた店に駆け込むと、陽斗も六花に引っ張られるように店に足を踏み入れた。



「いらっしゃーい! あら、六花ちゃん!」


「ユウさん、こんにちは」



 六花の姿を見つけてレジの中から出てきたユウは六花に腕を広げて近づくと、ただならぬ圧を感じて足を止めた。ギギギッと首を動かしたユウは陽斗を視界に捉えた瞬間にキャッと悲鳴を上げて近くのハンガーラックの裏手に身を隠した。



「ちょっと六花ちゃん!」


「ユウさん、こちらは私の恋人の陽斗くんです。陽斗くん、こちらはこのお店の店長さんのユウさんだよ」



 六花はユウが隠れたのを見て陽斗に怖い顔をするのをやめてもらおうと間に入ったが、陽斗は難しい顔をしているしユウはラックの陰から陽斗をチラチラ見ていて距離は一向に変わらない。どうしようかと六花が2人の間をおろおろと右往左往していると、ガバッとラックの陰から出てきたユウが六花に近づこうとした。しかしすんでのところで陽斗が六花を抱き寄せたためにユウの手が六花に触れることはなかった。



「もう、陽斗くん、だったかしら? そんなに怖い顔しないでちょうだい。せっかくのイケメンが台無しよ? ああでも、イケメンの溺愛はそれはそれで萌えるかしら?」



 きゃあきゃあはしゃいでいるユウに陽斗が怪訝な目を向けると、六花は陽斗の腕の中で苦笑いを浮かべた。



「ユウさんってイケメンも好きですよね」


「ええ。大好き! あ、安心してちょうだい? 取って食べたいわけじゃないのよ? ただイケメンでこんなにスタイルが良いと着せ替えして遊びたくなっちゃうのよぉ」


「ユウさんはね、気に入った人に着せ替えしたくなる衝動が抑えきれないんだよ。私も気に入ってもらえたから良く服を選んでもらうんだけど、自分じゃ絶対に似合わないと思っていた服も似合うように組み合わせてくれたりアドバイスをくれたりするんだ。だからよく相談に乗ってもらってるの」



 信頼したわけではないが心配はしなくても大丈夫そうだと判断した陽斗が六花から腕を離すと、六花はその手を繋いだ。



「あらあら、見せつけちゃって。今日は? お買い物?」


「うーん、ユウさんに陽斗くんを紹介したかったのが一番かな」


「あらそう? ……あぁ。そういうことね」



 陽斗からは見えないように内緒、と合図を送る六花を見ると、ユウは堪えきれないといった様子でニヤニヤと笑った。ユウの様子に陽斗が小首を傾げると、ユウはそんな陽斗の肩をバッシバシと叩きながらゲラゲラと笑った。



「可愛いカップルねぇ。まぁ、また2人でいらっしゃい。今日のカップルコーデも素敵に決まってるし、ほかにも上級者テクを詰め込んだカップルコーデを教えてあげるわぁ」


「お願いします」


「なんか。恥ずかしい」


「陽斗くんはオシャレに興味深々って感じかしら。余計に気に入ったわ。照れてる六花ちゃんも可愛いわよぉ。ご馳走様!」



 ニヤニヤと笑うユウに顔を赤くした六花がそっぽを向く。その様子を見て陽斗が愛おし気に六花を見つめていると、ユウはフッと笑ってレジの方に歩いて行った。



「六花ちゃん、おいで」



 六花が手招きをするユウの元に駆け寄ると、ユウはレジ下の引き出しから取り出したチケットを六花の手に握らせた。後ろから歩いてきた陽斗に聞こえないように六花の耳元に顔を寄せたユウが口を動かすと、六花は目を見開いた。顔を離したユウがパチンとウインクするのを訝し気な顔で見ていた陽斗の手に六花が手を絡めると、陽斗は六花の方を向いた。



「どうした?」


「う、ううん。なんでもない」



 陽斗は首を傾げたが、緊張した面持ちの六花の頭を軽く撫でた。微笑まし気に2人を眺めていたユウが六花の肩をつついて自分の腕時計をコツコツと叩いた。六花も自分の腕時計を見ると、あたふたしながら陽斗の手を引いて店の外に引っ張った。



「ちょ、六花?」


「陽斗くん、コアガーデン行こう!」


「分かったけど、ちょ、早いって」


「いってらっしゃーい」



 あっという間に店を出て行った2人の背中に向かってユウが手を振ると、六花は一度振り返って手を振り返した。



「また来ます! ありがとうございました! 行こう!」


「ふふっ、本当に可愛いんだから」



 すぐに陽斗の手を引っ張って歩き始めた六花の背中に小さく笑みを零したユウは2人が角を曲がるまで見送ると、店の奥に戻って行った。


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