赤
ショーケースに入っていたものよりも大きく見えるその姿に六花が目を見開くと、陽斗もその視線を追って振り返った。
「ジャンボ抹茶パフェでございます」
「ありがとうございます」
テーブルの中央に置かれたパフェを見つめる陽斗の目はキラキラと輝いて、小さく拍手までしている。六花はつい、ふふっと笑ってしまったが、店員さんが無邪気な陽斗の姿に見惚れてぼーっとしていることに気が付くと一転して圧を込めて睨みつけた。
「あの?」
パフェ越しに六花の強い圧を感じて顔を上げた陽斗は六花が怖い笑顔を向ける先を追った。店員さんになかなか立ち去る様子がないことにようやく気が付いた陽斗が声を掛けると、店員さんはビクリと肩を跳ねさせて媚びるような笑顔を浮かべた。
「取り皿などはお持ちいたしますかぁ?」
「いえ、結構です」
「では、失礼いたしますぅ」
突然間延びした甘えるような口調で話し始めた店員さんに顔を引きつらせながらもあくまで丁重に断った。テーブルから離れても店員さんの視線がチラチラと自分に向けられていることを感じた陽斗は内心ため息を吐きながら、長い専用のスプーンを手に取った。
「いただきます」
1番上に載せられた抹茶アイスとその下の生クリーム、抹茶ムースを一緒に掬って口に含むと、陽斗は堪能するように目を閉じた。
六花はその隙にこっそり時計を確認すると、トゲトゲした気持ちを落ち着かせようと強さを増した雨が窓を打つ様子を眺めた。今日だけでも何人もの人が陽斗に見惚れているのを目の当たりにして、いい気分ではなかった。それ以上にせっかく仲直りをして外デートに来たのに、こんなことで嫉妬をしている自分の心の狭さに嫌気がさす。
「六花」
ふいに名前を呼ばれた六花が陽斗の方に顔を向けると、その口元にスプーンが差し出された。
「あーん」
陽斗は普段六花に言われなければこんなことはしない。六花が戸惑いつつも山盛りに盛られたスプーンを大きな口を開けて迎え入れると、陽斗は満足そうにニヤニヤと笑った。
「可愛いな」
陽斗は身を乗り出して六花の頬についたクリームを指で取ると、六花と視線を合わせたままそれを舌でぺろりと舐めた。
「美味しいね」
「ば、ばかっ」
茹でダコのように真っ赤になった顔を両手で覆って恥ずかしがる六花を見ながら楽し気に笑った陽斗は、六花が指の隙間から自分を見ていることに気が付きながらもう1度パフェを掬ったスプーンを自分の口に放り込んだ。
「ふはっ、間接キスだな」
「んなっ!」
六花は頭から湯気が出そうなほど赤くなって机に突っ伏してしまった。その丸い頭を撫でた陽斗はいたずらっぽくクスクスと笑った。
「もぉ……」
「ごめんごめん」
六花は陽斗の笑い声に頭を上げると、熱くなった顔を冷まそうと手で仰ぐ。その様子を見ながらパフェを食べ続けていた陽斗は自分たちに向けられている視線が増えていることを感じてしたり顔で笑った。
「ねぇ、急にどうしたの?」
さすがに違和感を感じた六花に陽斗は手招きをして顔を近づけさせた。
「どうせ見られてるなら見せつけてやろうかと思って」
「どういうこと?」
「どこの誰が俺を見ていても、俺は六花しか見てないってこと」
ニヤリと笑った陽斗がまたパフェを食べる手を動かし始めると、六花はまた温度が上がった顔に両手を当てて冷やそうとするが一向に冷める気配がない。
「ほんっと、心臓に悪いなぁ」
ため息を吐きながら頭を抱える六花に陽斗はもう一口パフェを差し出した。今度はちょうどよく乗せられていることを確認してから素直にそれをもらった六花は、さっきの間接キス、という言葉を思い出してまた顔を赤くした。
パフェを見ているふりをしながらチラチラと六花を見ていた陽斗は、六花の赤くなった頬に触れたくなる気持ちを何とか押し殺していた。六花の照れる姿や慌てる姿のひとつひとつが陽斗の心臓を締め付ける。
実際、六花にはかっこつけたが、自分の彼女の可愛らしさを見せつけたい気持ちと閉じ込めて隠してしまいたい気持ちの間で揺れていた。知らない人が自分に向けてくる黄色い視線はうざったく思うが、その視線が六花に向けられるものであったならば嫌な顔をするだけでは済まない感情に支配される。
初めて自分の中にもそんな感情があると知った日、それが何か分からなくて必死になって調べた。ネットや辞書、文献を当たったがよく分からなくて落ち込んだ陽斗はその手の話題に強い陽菜を頼って実家を訪れた。陽菜は事情を聞くや否やニヤニヤと嬉しそうに笑った。
「それはね、嫉妬だよ」
「そんな、どうして」
戸惑う陽斗に意味深に笑った陽菜はわざわざ引っ張りだしてきた紙にマジックペンで大きな文字を書いて陽斗に手渡した。
「嫉妬の原因は、恋という不治の病ですぞ?」
紙いっぱいの大きな恋をじっと見つめて固まる陽斗の肩に手を置いた陽菜は、真剣な目で陽斗を真っ直ぐに見据えた。
「あの子、自覚してないけどモテるからね。敵は多いよ?」
「あの子って、なんだよ」
「べっつにー?」
ムッとして紙を片手に陽菜の部屋を出る陽斗の背中に陽菜は小さく呟いた。
「頑張れ」
その声は陽斗の耳にも届いていた。
「六花、もう1口あげる」
六花が嬉しそうに笑ってから開けた口に、持て余すほど大きくなりすぎた気持ちも込めて放り込んだ。
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