コップを机に置くと揺れる水面に映る自分の顔を見つめる。水面の穏やかな揺れは今の六花の感情とは相反する。



「あの1年間は、私も必死だったんだよ。でも告白したとき、陽斗くんは私のこと好きじゃないと思ってた」


「あー、やっぱり?」



 六花が呟くように言うと、頭を搔いた陽斗はだよね、と小さく笑った。4分の1だけ残っているオムライスをまた口に入れた陽斗は咀嚼しながら手を止めている六花をじっと見つめた。ゴクリと飲み込んで口の中に残った細かいものを水で流し込むと、ふぅっと息を吐いた。



「告白されたときは嬉しかったんだけど、ちょっといろいろ思うところがあって喜んでばかりじゃいられなかったことも事実なんだよ。ごめんな」


「何を思ってたかは、聞いてもいい?」



 六花の潤んだ目にグッと息を詰まらせた陽斗はなんとか逃れようと視線を動かしたけど、はぐらかせるような話題が思いつかずにため息を吐いた。



「六花に告白される少し前に高校時代のクラスメイトにばったり再会してさ。大学生にもなってそんなダサい服着てるの、とか結構言われちゃて。自分でもそういうことに疎い自覚はあったし高校時代にも散々弄られていたから改める機会だってあった。でも興味が持てなくてやってこなかったんだよ」



 陽斗が眉を下げながら話す姿を見つめる六花は、初めて聞く話を拳を握り締めながら聞いていた。陽斗があまり中学校や高校が好きではないと言っていたことは六花も耳にしたことがあるが、周囲との関係性については聞いたことがなかった。



「六花はオシャレだし、いつか六花に告白するならそういうところも変えていかないとって思ったけどそのときにやってた勉強が楽しかったこともあってやってなくてさ、そんなときに六花に告白されて、ああ、俺ダセェなってさ」



 色恋には興味もなかった陽斗に振り向いてもらおうと必死に努力をし続けてきた六花は、当時からかなりオシャレに気を使っていた。それは年上でかっこいい陽斗と傍から見てもつり合いが取れるようにと思ってのことだった。けれど陽斗はそんなこととは露知らず。大人っぽくて可愛いな、などと呑気なことを思っていた。



「自分から告白もできないし、服もダサいし、そんな俺じゃ六花に相応しくないって思った。でも六花がほかの誰かのものになるかもなんて考えただけで悪寒がして、振るなんてことはできなかった。付き合うって返事をしてから変わろうって思ってファッションのことも学ぶようになったけど、最初は全然分かんなくて嫌になりそうでさ。でも六花がどれだけ頑張ってくれたのかも分かって、六花につり合う男になりたいって思ったら匙を投げるなんてことはできなかった」



 家庭教師をしてもらっていたときは陽斗が六花の家に出向いていたが、付き合うようになってからは六花が陽斗の家に行くことも増えた。行くたびにファッション誌や新しい服が増えていくことに六花が気が付いたころには陽斗の服装もおおよそ一新されつつあって、陽斗自身も納得がいくコーディネートを組み合わせることができるようになっていた。



「いつかのデートで六花が初めて服装を褒めてくれたときは嬉しかった」



 陽菜の監修も受けながらあっという間に変化した陽斗は、六花が褒めてくれたあの日、実に半年の月日が経ってようやく六花の恋人である自信を持つことができるようになった。そしてその日、陽斗から六花に初めてのキスをした。



「私は昔のままの陽斗くんも好きだったんだよ。だって優しいところはずっと変わらないから。でもオシャレをするようになった陽斗くんは明るくなったし、私のために頑張ってくれたことも嬉しくてもっと好きになった」



 頬を掻いて照れ笑いを浮かべた六花は、はぐらかすようにタブレット端末を手に取って陽斗に手渡した。



「ほら、パフェ食べるんでしょ?」


「そうだね」



 陽斗が注文をしている間、六花は熱くなった顔を手で仰いで冷ましながら窓の向こうの海をじっと見つめた。



「こんなにかっこよくなっちゃうなんてな」


「何か言った?」



 端末から顔を上げた陽斗が聞くと、六花は海から視線を外して首を振った。



「何でもないよ」



 穏やかに笑った六花は身を乗り出して陽斗の手元を覗き込むとクスクスと声を漏らした。



「なんだよ」


「いや、本当に大を頼むんだなって」


「甘いものは別腹です」


「陽斗くんって普段は論理的なこと言うことの方が多いのに、別腹はあるの面白いよね」



 茶化すように言う六花に陽斗は真面目に考え込んだ。陽斗自身もどこにそんなに入っているのか分からないくらいの量が甘味限定で体内に取り込まれていくのだから言い返せない。普段の食事も食べようと思えばたくさん食べられるけど、3人前以上は苦しい。


 ついつい思考の波に飲まれそうになった途端、ズボンのポケットからPINEの着信音が鳴り響いた。ビクッと肩を跳ねさせたことに六花が笑いを堪えているのを視界に捉えながらスマホを開いた陽斗は、送信者である陽菜とのトークを開いた。



『今日は余計なこと考えないでよ? 六花の日だからね!』



 何ともタイムリー過ぎる文面に陽斗は慌てて立ち上がると周囲を見回して陽菜の姿がないことを確認した。陽菜がいないことを確認した陽斗がほっと息を吐いて席に座り直すと、その後ろから100cmはありそうなパフェを持った店員さんが現れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る