第2話
うさんくさいパチモン魔導書に書いてある惚れ薬を面白半分に作ってみたら本物で、しかし既に相手に惚れている場合には効果が無く、結果として俺を目の敵にしている女子に好きだということがバレてしまいました。以上、説明終わり。
「死んでやるー!」
「はぁ!?」
理科室の窓を開けて身を乗り出そうとしたら後ろから藍川に羽交い締めにされた。
止めてくれるな藍川。俺はこの部屋から今すぐに飛び降りねばならん。男にはやらねばならない時がある!
「理科室一階だから何の意味もないでしょ!窓から逃走するただの不審者になりたいの!?」
「…」
うん、まあ、勇気と無謀は違うしね。短慮と英断も違うし。
俺は冷静だからそんな意味の無いことはしないよ。わかってたさ最初から。
「なーにが最初からわかってたよこの錯乱坊。完全に何もかも見えてなかったじゃない」
「う、うるさいなぁ!あれは大いなる反逆への一歩だったんだよ!ただそのリスクと危険性を冷静に見極めて撤退しただけで、俺はまだ負けちゃいない!」
「自分の知性とでも闘ってたの?あんたの方が完全勝利してるみたいだけどね」
呆れたような藍川の視線が痛い。毒舌も相変わらずフルスロットルだ。
俺は極力その目を直視しないようにしながらじりじりと藍川から距離を取っていった。
「話はまだ終わってないんだけど」
しかし回り込まれてしまった。
俺の正面に立ちふさがり、くわと目を見開いて迫ってくるそいつ。
さっと目を逸らすも突き刺さる視線が消えるわけはなく。
いやに真剣な顔をした藍川は一度大きく息を吸い込むと、意を決した様子で俺に迫った。
「あんた、私のこと好きなの?」
「ここで問題になるのは形而下における物事にいかほどの価値があるのかと言うことであり、しかるに私という観念は正しく私の肉体を指すべきものかないし精神の作り上げる虚構とでも言うべき観念自体を指すのかをまず確定させるところから論を始める必要が」
「連城奏太は、藍川真奈が、好きなんですか?答えて」
「…」
いかん。逃げ場がない。どうしよう。今の俺に取れる手段。
俺の目の前にあるのはさっき薬を飲み干したビーカーと、先生の持ってきたパチモンくさい割に惚れ薬の効果は抜群だった得体の知れない魔導書のみ。
あ。
「そういえばこの本、世界の滅ぼし方も書いてあったな!」
「はい?」
「えーと、何々?こちらの呪文を唱えることでお手軽五分後に世界は終末へと導かれるでしょう。よし。ふんぐるいむぐるうなふにゃるらとほてぷうがあぐああ…」
「わー!?」
藍川が思いっきり俺の肩を掴んできた。しかし俺は本にかじりついたまま呪文を続行した。
「バカ!その本インチキくさいくせに効果は本物ってついさっき証明されたばっかりでしょ!本当に世界滅んじゃうかもしれないじゃない!」
「こんな恥ずかしい思いしてまで生きてられるかーっ!それぐらいなら世界なんか滅んじまえばいい!」
「なに安っぽいRPGの魔王みたいなこと言ってるの!私に好きてバレた程度で!!!」
「いあいあくとぅぐあうがふなぐるふたぐん!!!」
「呪文のペースを早めるな!!!」
俺の肩を掴んでがっくがっくと揺する藍川と、それでもなお呪文を唱え続ける俺。
藍川は散々俺に向かって何かを言っているが聞いてられる余裕はない。
それより早く世界を滅ぼさなければ。
この呪文を唱え終えて俺が藍川を好きという事実を…いや、それが藍川にバレてしまった事実を消し去らねばならない!
藍川がじれたように歯を噛みしめた。
ああもう、と苛立たしげに呟いて、よりいっそう俺の顔に肉薄する。
いやちょっと待ってこれ近すぎ呪文とかなんとかそれ以前の問題が。
「世界が終わったら私も好きって言えなくなっちゃうでしょうが!呪文唱えるのやめなさい!!!」
沈黙。
二人して何も言えなくなった。
部屋に響く秒針の音と先生の情熱的なフラメンコのリズム。
目と口をこれでもかと開けて立ち尽くす俺と、顔を真っ赤にしてこちらを見ている藍川。
「…や、め、ます」
そして俺の顔も赤く染まった。
惚れ薬を飲んじゃった俺の隣で先生がフラメンコ踊ってる さめしま @shark628
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