惚れ薬を飲んじゃった俺の隣で先生がフラメンコ踊ってる
さめしま
第1話
惚れ薬を飲んでしまった。科学部渾身の一作、俺たちが優秀なばっかりに。自分の腕が今だけは憎い。
惚れ薬。古今東西その存在は囁かれつつも、まさか存在するわけがないと鼻で笑われる伝説の秘薬。
そんな胡散臭さの煮こごりみたいなものを科学部顧問の先生が提示してきたのはついさっきのこと。
胡散臭いパチモン魔導書らしきその本には材料と製法が記されていた。
なんでも飲んだ後に初めて目が合った人を好きになるそうで、効果はきっかり二十四時間とかなんとか。
ちょうどその日出席していた部員は俺だけで、暇を持て余した俺たちは鼻歌交じりに調合を開始した。
材料はその辺で調達できるものばかり。
飲んで体に害が出そうなものもなく、作り方としても混ぜて熱して冷やして終わり。
こんなもので人の心を操る秘薬なんか作れるわけがないと完全にたかを括っていた俺たちは、出来上がったそれを見てもその姿勢を崩さなかった。
まずは自分たちで人体実験をするのが一流の科学者の流儀とか冗談を言い合いながら二人して一気に薬を煽り、なんとな〜くほわほわした気分になる。
予想外に美味しいがただそれだけ。こんなもんじゃプラシーボ効果も期待できないと盛大に笑い飛ばすつもりで先生に声をかけた、のだが。
先生は部室の隅に置かれている人体模型にぞっこんになっていた。
人体模型に愛を囁きながらもじもじと体をくねらせ、そっちに行っていいかななどと聞いている。
そっちもなにも人体模型が入っているのはただのガラスケースなので好きに開けて好きに会えばいい。そもそも人体模型は喋らないし返事もしないし。
なのに先生はあくまで相手の意思を尊重したいらしく、聞いたことも無い甘ったるい声で戸の中の人体模型子さんに語りかけていた。
完全に恋する乙女の顔だった。中年男性のはずなんだけどな。
こんな胡散臭くて適当でなんの科学的根拠もないのに効果は本物。それを先生が身を張って証明してくれた。
なんて素晴らしい先生だろう。あなたのおかげで一人の生徒が救われた。ありがとう先生。あなたの犠牲は忘れない。
まかり間違っても先生たちと目を合わさないようにしながら俺は横目でビーカーを見る。
からっぽのビーカーの中には先程まで惚れ薬が入っていた。
先生が飲み干したものと材料も製法も分量も全く同じ液体。
その中身は今や俺の体内を駆け巡っている。口から食堂を通って胃に落ち、やがては肝臓やら腎臓やらを通過して排出されるだろう。
でもそれは今俺の体内で絶賛効果を発揮している。ハズ。
やばい。どうしよう。
俺は机の上で頭を抱えた。
効果は本物、最初に目が合った相手に恋してしまう、なお人型であれば本物の人間でなくてもいい模様。
もしかして人間どころか目のある生物、たとえば猫や犬なんかでも恋に落ちてしまうのかもしれない。
そしたら俺も先生のようにそいつにぞっこんラブになってしまう。
先生は今も尚人体模型に愛を囁き続けている。ゾッとした。
君のそのあけすけな態度が好きとかなんとか。あけすけなのは態度じゃなくて臓器のほうだろ。
そう突っ込んでも今の先生は聞いちゃいないのだ。このままじゃ俺もああなってしまう!何とかしなければ。
俺は必死で頭をめぐらせた。
本によれば効果は二十四時間。その間に誰とも目を合わせなければ助かる。
無事に家に帰れさえすれば、あとはひたすら引きこもっていればいいだろう。
ズル休みでも何でもして明日の学校は休んでしまえ。
授業のノートやら連絡事項やらはクラスの友達に頼れば何とかなる。
これなら何とか行けそうだ。僅かながら希望が見えてきた。
ふぅと大きく息を吐いて、気を落ち着かせながら顔を上げる。
そうだ。まずは最初の山場、この理科室から家に帰るまでの間、そこで誰とも目を合わせなければ俺の勝ち-。
「蓮城ー!あんたまた国語の課題提出してないんですって!?」
「嘘でしょ?」
希望壊滅RTAだった。多分世界記録ではなかろうか。
その間僅か五秒弱、一瞬で生まれて一瞬で消えた儚い命。セミだってカゲロウだってもっと長生きするのに。
「なにノックもなしに入ってきてんだよ藍川ーッ!」
「はぁ?理科室に入るだけなのになんでノックしなきゃいけないの?」
藍川。俺のクラスの委員長で、何かと俺につっかかってくる嫌な奴!
まあ俺が度々文系科目の課題をサボってるから悪いんだけど。
何故か俺の課題の回収係と先生に認知されてる藍川は、今日も怒り狂って理科室に押し入ってきた。
急に扉を開けて入ってきたこいつと顔を上げた俺。
バッチリ目が合った。
終わりだ。
寄りにもよってこいつ、学校で一番苦手な女子に惚れてしまうなんて!
人生の汚点だ世界の終わりだ破滅だ世紀末だ、奇跡も希望もありゃしない。
こいつが変わり果てた俺の姿を生涯に渡ってネタにしてからかうのが確定してしまい、俺は絶望してまた顔を伏せた。
…あれ。
「好きになってない?」
「は?」
俺はまた顔を上げて改めて藍川を見た。
いつもの通りその顔を見ても湧き上がるのはまたこいつかぁという気持ちだけで、愛の言葉を囁きたいだとか今すぐに抱きしめたいだとかそんな気持ちは露ほども湧いてこなかった。
視界の端では先生がついに人体模型子さんと感動の対面を果たしている。
固くて冷たいあなたが好きって場が場ならとんでもない性癖の誤解を招きますよ先生。
「何気持ち悪いこと言ってるの?実験のし過ぎで遂に頭までイカれた?あっ、元からか」
「なんでお前いつも息するように罵倒するの?じゃなくて!ほら、先生の様子見てくれよ!惚れ薬のせいで本当なら俺もああなってるはずだったんだ!」
怪訝そうな顔の藍川に対して、今日起きたことを説明する。
藍川はこいつやっぱり頭がダメになっちゃったのね可哀想に、なんて憐れみの視線を向けてきたが(むかつく)、理科室の隅で未だ人体模型子さんに熱烈求愛をしている先生を見てさすがに納得したようだ。
憐れみの視線は俺から先生に移る。
先生、フラメンコ習ってたのか。情熱的なリズムを刻みながら人体模型子さんに得意(なんだと思う)なダンスを披露している様を見て、藍川の顔が引きつった。
「本当にあんたってバカ。こんな胡散臭い本信じるばかりか作った挙句に自分で飲むって。自爆のプロなの?セルフSMってやつ?」
「ぐっ、今回ばかりは言い返せない…!」
「…とりあえずその本もう一回よく見てみたら?解毒薬の作り方とか載ってるかもしれないし」
「あ、あああー!そうじゃん藍川天才!愛してる!」
「ばっ、馬鹿言うな!!!やっぱり惚れ薬の効果出てるんじゃないの!?」
「それだけはないから安心してくれ!」
ちゃんと安心させようと力強く断言したのに藍川に結構本気で殴られた。痛い。何でだ。
先生の持ってきた胡散臭い古ぼけた本に手を伸ばし、該当のページを開く。
惚れ薬の作り方、材料、用法に効果、俺は順番にチェックしていく。
藍川も俺の隣に来て一緒に本を覗き込んだ。
自分の指がページの下部、一番下の注意事項の所まで滑り落ちていく。
「えーと、最初に目が合った相手を好きになる。ただし既にその相手を好きな場合は効果が現れな…」
沈黙が流れた。
理科室の中に響くのは時計の秒針の音と先生の情熱的なフラメンコのリズムだけ。
リズミカルな靴底のタップ音を耳にしながら黙り込むこと数秒。人生でこんなに長い沈黙を味わったことはないと思う。
「…ねぇ。ちょっと。話があるから顔あげなさい」
やばい。隣の藍川の目が見れない。
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