第57話【最終話】

「来てるぞ、江井ヶ島先輩」

 いつまでも集団行動を抜けてられないので、俺と中八木さんは合同班に戻った。昼食の飯盒炊飯はんごうすいはんはカレー。

 煮込んでる間に柚香ゆずかはもう使わない調理器具を洗い場で洗っていた。こういうところは至って家庭的だ。

 しかも普段の言動では想像できないかもだけど、誰に言われるでもなく、率先してする。家庭的女子だ。それにドジっ子スキルでお皿とか割ることもない。こんな突拍子もない情報を聞いてもだ。まぁ、キャンプ場で割れるお皿は使わないけど。


「とーるちゃんが? そうなんだ」

 理由は聞かないのか。こういう思い切ったことする人なんだ。その事を知ってる距離に、柚香はいるってことか。一瞬センチメンタルになりかけたけど、俺もそうか。

 俺も、先輩なら、藤江先輩ならしかねないと驚かなかった。

 じゃあ逆に思えば、柚香はそんな俺を見て、先輩らしいなぁ、なんて思ってる俺を見てセンチメンタルになる時があるのだろうか。


手垢てあかを付けすぎちゃダメだったんだね」


 手垢……その言葉だけで、何が言いたいか理解した。理解したけど、口にしたい、言葉にしたい、そう思ったから敢えて聞き返した「手垢って?」と。すると「わかってるくせに」みたいな顔して、洗い場で肩をぶつけてきた。


「うん、後悔とは違うんだ。違うか、1歩踏み出したかっただけなんだ。泰弘に向かってね。その時、当たり前に座らせてもらってた席を開けちゃったんだね、うん。おかしいなぁ童話の『青い鳥』は世界中探した後、自分の家にいたはずなんだけどね、私の『青い鳥』さんはどこに羽ばたいちゃうんだろねぇ」


 そう言っておどけて、手についた洗剤の泡を俺に飛ばした。光が反射する泡に包まれた柚香の笑顔はあの頃のままで、きっとこの先、何十年も変わらないだろう。

 言葉にはしなかった。お前の心の中の座席って、まだ俺の座る場所あるのかって聞けないまま、曖昧な笑顔で柚香の肩にそっと触れた。


 これはワザとだ。どこからかわからないが、視線を感じる。江井ヶ島先輩のものだろう。俺はまだコイツの心の中にいるという事と、柚香の心の中での位置情報の発信と――覚悟してくださいってことです。


 もし、柚香を選ぶってことは未来永劫みらいえいごう、俺の存在無視できませんよという、ちっちゃな威嚇いかく

 柚香に目で合図し離れようとして、耳元でささやく。

(最初にパンツ脱がしたの俺だからな)

(なによ、ヘタレさん。まぁ、いいか……お待ちしてます)

(気長に待てよ?)

(それはどうかなぁ? わかってるんでしょ、誰かさんの視線?)

 そう言って、柚香は天然で揺さぶりを入れてくる。まぁ、こんなもんだろ。


 ***

「暑いでしょ、これよかったらどうぞ」


 マスクに伊達だて眼鏡。慣れない写真撮影の手伝いに「爆乳系なんちゃって写真部」は日陰でへばっていた。


「いいのか、飲んで」

 手渡したのは水筒。コップが付いてない口飲み用。

「なに気にしてるんです? 嫌ならともかく。俺と先輩が同じ傷みを共有した事実は変わりませんよ」


 実のところ――先輩の今回の突拍子もない行動は、嫌じゃない。正確には意外にも少しうれしく感じる。先輩みたいなめんどくさい性格の女子が、率直に感情を示してくれるのが、なんかうれしい。言葉ではあしらうような事を言ってしまうが。


「こういうの、その……関節キスみたいなこと、伊保とは当たり前なんだろうな」

 さすがに暑いので伊達眼鏡を一時的に外す。

「どうですかねぇ……あんまり考えたことないです。先輩はどうです、江井ヶ島先輩と」

 するんですか。

 最後まで言い切らないけど、それくらいは伝わる。先輩は洗い場で変装姿のまま、柚香に話しかける江井ヶ島先輩に目を細めながら、答えてくれた。


「高校になってからはないなぁ……」


 江井ヶ島先輩に、サッカーの強豪港工学みなこーを選ばさなかった、その時、自分が出していた空気をいまだに悔やんでるみたいだ。その感情がふたりの今の空気を重たくしている。


「中学時代は――こう見えて私はもっと無邪気だった。思ったことも言えてたし、聞きたいことも無遠慮に聞けた」

「それが出来なくなったきっかけあるんですか?」

 君は本当に遠慮がないなぁ……そう呟きながら、目だけで俺をみて、仕方ないと続ける。


「1年の時だ。選手権の予選リーグ1試合目。相手は港工学」

「予選リーグの一回戦? でも、港工学って強豪なんでしょ? シード付いて決勝リーグとかじゃ……」

 藤江先輩は複雑な顔で笑う。


「いや、実はそこからなんだ、港工学の強豪校へと帰り咲いたのは。その時は『過去の強豪校』ってのが港工学の立ち位置。だから、なんていうかウチのサッカー部の連中は『勝てるんじゃないか』って空気が『余裕で勝てるだろ?』になっていた。それだけ、透の中学時代の評価が高かった。期待の新人が入ったんだからってな」

 この年、港工学は10数年振りの全国へと羽ばたいた。江井ヶ島先輩を誘った『85』の活躍で。


「酷いものだった。試合内容もだし、試合後も。練習不足なんだろう。試合後半はウチの選手の多くは足がつってたし、大敗で負けたにもかかわらず、へらへらと雑談する先輩たち。見てられなかったんだ、透の何ともいえない背中を。私が透の環境選びを誤らせた、そんな罪悪感を感じるきっかけさ」

 その感情は理解できるが、それは先輩の責任じゃないですよ、なんて聞き飽きたセリフを言うのは遠慮した。


「もう忘れましょう! もう過去は過去‼ その時の先輩は口では言えなかったけど、江井ヶ島先輩と同じ高校に行きたかった。それと同時にサッカーも頑張って欲しかった。それでいいじゃないですか? 欲張りでいいじゃないですか! それに別に江井ヶ島先輩、サッカー頑張ってないワケじゃないんでしょ?」


「それは、うん。あいつは不器用だから……そんな手抜きは出来ん。それは保証しよう」

 江井ヶ島先輩を保証かぁ……そんなつもりじゃないのだけど、聞きようによっては柚香を任せても安心だぞ、と言われてる気がして無責任にもチクリとした。しかし、その痛みを感じる間の無く、彼女は続けた。


「林崎、君は今ひとつ失言をしたぞ!『欲張りでいい』そう君は言った! 私はその……正直自分の感情に折り合いをつけてない、つけてないが、欲張りな私を肯定する君だから、こんな感情のままでも君は受け入れてくれるんだろうな? この君を好きだという感情を?」


「えっと、善処します……」

「善処だと? まぁいい、私はAIという素晴らしい味方を得た。デブじゃないと言ってくれるし『豊満』とか『ふくよか』らしいし! 覚悟しろよ、私はこの『豊満ふくよか』バディで君を悩殺してやるからな!」

 意気込みやヨシ。しかしどう悩殺されるのだろうか。具体案はあるのだろうか、たずねてみると――


「えっと、よし、こういうのはどうだ? えいっ‼ ダメか? ダメなのか⁉ ムムム手ごわいなぁ……ひとまず、この校外学習が終わったらAIに相談してリベンジするから覚悟しろ!」

 捨て台詞と共に、先輩はシュン兄さんの手伝いに戻った。見えないように手を振る姿。年上女子も可愛い。しかし、焦った。先輩が『えいっ‼」という掛け声と共に、俺の腕に手をぎゅっと回し、しがみついた。

 先輩的には不発っぽ印象だったが……


 なにあの感触『Eカップ以上確定女子』ってあんな素敵なをお持ちなんだ……リベンジお待ちしてます。


 ***

「後回しにされるのは慣れてるよ――なんていつまでも言うと思ってますよね? あれあれ⁇ もしかしてご主人さま~『お前が特別だから、最後に取っておいたんだ』なんて、見え透いたこと言っちゃったり?」

 中八木さんの所に戻った俺は、早速軽い蹴りと共にイジられた。


 ん……中八木さんの所に、か。まぁいいか。


「あれかなぁ、今から『今まで楽しかった、ありがとう』みたいな会話を展開させるなら、深呼吸するから待って欲しい、ココアないけど(笑)」

 本気とも冗談とも取りにくい微妙な表情。


「えっと、どうしたの?」

中八木さんが深呼吸する時間を待つ。待ってるのだけど、いつまでっても深呼吸しない。

「どうしたじゃない! なに、林崎君って私に深呼吸させたいの? それって用済みってことかな? いいの? 深呼吸しちゃうよ? お別れなんだよ、ココアないんだよ⁉」

 なんじゃそりゃ。なにでキレてんだか。なんでそうなる? そんな中八木さんを笑うと、何がおもしろいの? と膨れられ、可愛いねと言えば、これ最後の可愛いだよねと、涙ぐむ。本気か芝居かウケ狙いかわからない。


はいつも可愛いね」

「そんなんじゃ騙されないよ、って⁉」

「あれ? ふたりの時はそうするんじゃなかった?」

「そ、そうだけど、今そんなこと言っていいの? 私誤解するよ?」

「べつに誤解じゃないし」

「ご、誤解じゃ……ないの? 嘘っ、ホント? どうしよ、私チューしたい! したことないんだ、ある?」

 君以外のパンツは脱がしたことがあるけど、それは言えない。少しくらいの内緒はあってもいい。何もかも正直に言う事がすべてじゃないし。


「チューって、今じゃなくてもよくない?」

「今じゃなくてもって……したいってことでいいのかなぁ?」

「まぁ、うん」

「シュン兄!」

「おう、妹よ。確かに言質取ったぞ、おい藤江、お前負け確な? 今日からマジで泰弘オレの弟だから!」

 人差し指を天高く突き上げ、シュン兄さんの謎マウント。その声に反応したのがここにいなかったハズの柚香ゆずかだった。


「どういうこと、泰弘⁉」

 そして最接近し、滅多に見せない三白眼のジト目で言う。しかも全身でしがみついて。

(パンツ脱がしといて⁉)

 それを言われると、弱い。


「そうだ、林崎‼ 私、欲張っていいんだよな?」

 グイっと先輩も急接近! 距離感がバグってるせいか、先輩の先輩な部分が俺の腕に当たって止まる感じだ。しかも、本人は気にしてない!


「林崎君、欲張るってどういうこと? これ以上委員長に何か食べさせないでよね?」

 変なところにクギ刺された‼ 餌づけしてるみたいじゃない、その言い方。


那奈なな、私を食いしん坊みたく言うな!」

 先輩、反論は分かります! でもまずは、先輩の先輩な部分を離そう! 先輩がジタバタするたびに、揺れるんだが⁉『Eカップ以上確定女子』怖ぇ…… 


 ひとまず、逃げよう!

「おっ、林崎、いつも楽しそうだな! うらやましいぜ」

 いや、男バスのイケメンエース須磨浦すまうら周平しゅうへいに羨ましがられても!


「あらあら、林崎さん。まぁ、新しい彼女さん? それってつまりまたどなたかに、? 素敵」

 歩く映像霞ヶ丘かすみがおかしずく‼ いや、もう君、俺の中では色物枠だからね‼ まさかの寝取らせ性癖美少女とは‼ しかし季節の花を花吹雪のようにまとってるのは健在。


「林崎君⁉ どういうこと⁉」

 江井ヶ島先輩……

「ど、どうって……」

 なに、その裏切り者みたいな反応! しがみついてるの柚香ですから、苦情は本人にどーぞ! 


「『寝取らせる』って、私されたらどうなっちゃうんだろ……」

 中八木さん、今それですか? 両手で真っ赤に染めた頬を覆いながら、恥ずかしがる。中八木さん、もし『寝取らせる』が現実化したら、照れてる場合じゃないよ?


「泰弘、こっち!」

「こら、伊保邪魔をするな‼」

「お言葉ですが、藤江先輩、泰弘は私とふたりっきりの時すっごく優しいんですからね!」

「なにを言う、私にだって優しい! 例えるなら注文したピザを全部私にくれるくらい!」

「だから、そこばっか成長するんです! 知りませんか? それ髀肉ひにくたんです‼」 

 いや、たぶん違うぞ、柚香。お前はなんかディスりたいだけだろ。


「なにを言う! 私は横になんて成長してない、AIさんに聞いてみろ!」

 先輩、誰も先輩をデブなんて言ってませんよ、


「ユズちゃん、オレはどうしたらいい?」

「今なの、とーるちゃん⁉ えっと、とりあえず、今は!」


 キープなのか⁉

 チラリと柚香をにらむがイタズラっぽく舌を出す。


 そうだ、なんでもかんでもすぐには決められない、右にも左にもいい顔して、時には答えを先送りにする。そういう青春があってもかまわないだろ? とりあえず、俺は今、誰の手を引いてこの場を逃げようか⁉


 □□□作者より□□□

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学年で6番目にかわいい女子が幼馴染や学園のマドンナにも引けを取らない物語 アサガキタ @sazanami023

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