第56話

「ひとまず、この状況になった経緯を順番にお願いします」

 俺と中八木さんは、シュン兄さんプラス、ポンコツふたりは校外学習を続ける1年生の輪から連れ出し尋問することにした。あまりに情報がなさ過ぎる。


「弟よ、知ってのとおりオレは単に人手不足だ。猫の手も借りたいところに、ごり押しでこいつらが来た。今となれば、本物のニャンコに頼めばよかったとさえ思う」


 つまりはこのポンコツ元夫婦は、ニャンコ以下の働きしかしてないらしい。正確にはシュン兄さんの足しか引っ張ってないのだろう。ニャンコはいるだけで癒しだし、そりゃ負けるだろ。

 まぁ、シュン兄さんに対しての不満は元からない。校外学習の撮影という仕事のために来てるんだし、写真部に病人が出なければ、なんの問題もなかった。


「藤江先輩の動機はなんです?」

「だって!」

「だってじゃないでしょ!」

 また駄々っ子モード。ふざけてるように思われがちだが、眼の淵に涙を浮かべてる。先輩は先輩なりに真剣なのはわかる。しかし、って話だ。


「そりゃ、君が私以外の女子とお泊りするんだ、口も出したくなるだろ⁉」

「あの、確かにお泊りしますが、他の男子もいますし、先生もいます」

「今までの君から推測して、人の視線をくぐるだろ、林崎ってヤツは‼」

 絶叫。いや、何のためにそんなリスク犯さないとなの? 先輩が想像するようなエロ漫画みたいなことしたら、下手したら退学ですから。


「誰を対象に想定してるかわかりませんが、もし柚香なら家は隣だし、これだけの視線をすり抜けるより簡単じゃないですか?」

「簡単なのか、林崎君⁉」

 あぁ……気付けないでいたけど、隠れめんどくさい人が前のめりになる。もちろん、江井ヶ島先輩だ。


「あの、そもそも俺たち従兄妹です。つまり親戚。用事がなくとも、お互いの家に行きますし、なんなら柚香なんて休み前、うちのお母さんと遅くまで恋愛ドラマ見てます。そのまま泊まったりもありますし、俺は柚香のお父さんとふたりで釣りに行きます。 そういう意味では警戒されてません。警戒されてない分、信用を裏切りたくない気持ちってわかりませんか?」


 江井ヶ島先輩は言いくるめられた子供みたいに、なんか納得いかない感じで黙り込んだ。

「じゃ、じゃ、じゃ! 那奈ななはどうなんだ⁉ 伊保としようとするなら、なるほど、普段から出来なくもないし、家族の信用を裏切れないという気持ちもわかる。しかし‼ こと、那奈に至ってはどうだ! こんなお外でお泊りする機会なんてそうはない! つまり千載一遇のチャンスではないか⁉」


 俺は先輩のあまりの圧に言葉を探せないでいた。俺の体操服を摘まんで中八木さんが耳元で囁く。

(どうしよ、林崎君! 私、委員長来るって思わなかったから、ココアないんだけど?)


 中八木さん、ココアに対する信頼感あり過ぎじゃないですか? ココアにここまでの先輩の情緒安定させる力ないよ? そこまで信用されたら、きっと荷が重いと思うけど。 


 しかし、なんて言う? 

 一番言いたいのは「バカですか?」なんだけど、そんなこと言ったらきっと「そうやって君はいつもはぐらかすんだ!」とか、絶叫しかねない。いくら大自然の中とはいえ、そろそろ先生方にバレるだろ。


 しかしというか、やっぱりというか、俺の危機を颯爽と救ってくれたのはシュン兄さんだった。

「藤江。そもそも、お前の議論は最初から破綻してる」


「破綻? 私のどこがだ」

「どこが、というか、すべてだ。だいたい那奈ななと泰弘がそういった関係になるとして、なぜこんな場所を選ぶのだ?」


「それは、ほら、仮にお互いの家でしようとするだろ? 気なるだろ、家族の目とか『帰って来るかも』みたいな、あれだ」


 先輩さっきから、そういう行為のこと「エロ漫画」って言ってるけど、エロ漫画にも色々ありますからね? いや、家族の目を盗むとか、想定リアルだなぁ。


「だから、お前の議論は破綻してる。だいたいオレは泰弘を気に入ってる。なんなら、全力でそういう『エロ漫画』な関係になってくれないかとすら思ってる。つまり――」


「つまり?」


「兄として、全力で口裏を合わせる準備がある‼ 具体的に言うと、なりそうになれば数時間、図書館に出掛けてもいいし、親になんか聞かれても『オレもいたから』と安心のサポート体制! 死角なし‼ つまりこんなとこでする必要すらないのだ」


 言い切った。いや、うれしいけど、それ妹の中八木さんの前で言ったら、きっと怒られるよ、シュン兄さん。俺は中八木さんをチラ見すると――あれ? なんかうれしそう。思ってたのと違う。なにか言おうとして、またまた邪魔が入る。


「――っということは、中八木、お前オレの味方ってことでいいんだな?」

 江井ヶ島先輩が小さくガッツポーズ。なんで?

(えっと、それはね、林崎君が私と……そういう事になるってことは、伊保がフリーになるってことじゃないかな?)

 フリーって、サッカーですか? フリーでゴール決めれるみたいな? させないよ? 中八木さんの補足説明。江井ヶ島先輩って意外にせこいな。


「ズルいぞ、中八木兄! 透に協力するなら私にもして欲しい!」

「いや、無理だろ?」

「なんでだ⁉」

「いや、普通に考えろ。お前に協力するイコールお前と泰弘が付き合う訳だ」


「な、何を言う、そんな気の早い。な? 林崎!」

 なに照れてんです? ポンコツ先輩。だから協力しないって言ってますよ、シュン兄さんは。意味わかってるのかなぁ……


 













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る