牢獄からの解放

牢獄からの解放

私が、本日10本目のエナジードリンクを飲み干した時、友人は、笑みを浮かべながら液タブで絵を描いていた。

ここは、私の友人が住む部屋。

部屋中には、エナジードリンクの空き缶が転がり、ジャンクフードの空き箱や袋が床に散らばっている。

私自身、何も楽しくないと感じながら生きている。

かつて、コスメで自分を整えたり、オッドアイにするためにカラーコンタクトを作ったりしたが、すぐに飽きてしまった。

だから、今の私はジャージを身にまとい、生えっぱなしの長く黄色い髪で顔を覆っている。

そんなわけで、私の表情や目は影になってほとんど見えない。

深々とため息をつき、天井を見上げる。

今、鼻歌を歌いながら絵を描いている同性の友人とともに、成り行きで女子高生になった。

だが、その後はどうするのか。

大学に行くのか。働くのか。はたまた死ぬのか。

全く考えが浮かばない。生きたいとも死にたいとも思っていないが、生きることに飽きているのは確かだ。

大人になって朽ちていくなら、今この時潔く死んだ方がいいのかもしれない。そんな風にも考えている。

「でーきた！」

友人の声がした。どうやら絵が完成したらしい。

友人は、液タブを抱えたまま、床に散らばるゴミを蹴り飛ばし私に近づいてくる。

「こんな絵しか描けないけど見てほしいな」

そう言い差し出してくる液タブを覗く。

首吊りロープを首に巻き、うつろな目で正面を向いている少女の絵だった。

私自身、画力は全くないし絵の巧拙を判断するほどの身分でもない。

だが、友人が描いたこの絵は、どんなイラストレーターや名高い画家が描いた絵よりも美しく感じた。

それと同時に、この絵の少女のように私も死ぬ決断ができればいいのにと思い、不可解にも、絵に対する嫉妬心のようなものも感じた。

「ね？どうどう？何か感想が欲しいな」

友人が期待するような眼差しでこちらを見てくる。

「私、この絵好きだよ」

「本当！？嬉しい！」

友人は大げさに喜び私に抱きついてくる。

創作物は、誰かに認めてもらうというために手掛けると聞いたことがある。

友人もまた、自分の絵を認められ感極まったのだろう。

友人は、私から離れて言葉を続ける。

「この絵はね、死に対する葛藤を表現してるんだよ。死にたいなー！だけど死にたくない！でも上手くいけばちゃんと自殺できる！だけど失敗したら脳に障害残っちゃう・・・どうしよう・・・みたいな感じで！」

私は、無言で友人の言葉を聞き続けた。

縊死は、現代社会で最も選ばれている自殺方法だと言われている。

手軽な方法だが、失敗した場合、脳細胞が破壊され脳機能に大きな障害が残り、廃人のようになってしまうらしい。

だから、首吊り自殺を試みて途中でロープが千切れた場合は、今以上に死にたくても死ねない体になるだろう。

生き地獄。

そんな言葉がふさわしい。

「それでね、よく見ると、このロープ千切れそうなんだよね。だからきっとこの子は自殺に失敗して大変なことに・・・」

「はいそこまで！」

声がした。聞き覚えのある声だった。

周囲を見回すものの、声の主はどこにもいない。

「ここです！ここ！あなたの後ろです！」

静かに振り返る。

そこには、赤黒い仮面をかぶりスーツを身にまとった何かがいた。

「この部屋、汚部屋・・ってやつですか！物は散らかりっぱなしだし、部屋の端には血の付いたカミソリが」

そこまで言った時、そいつは後方に吹き飛ばされた。

すぐ横を見ると、血走った目で空っぽの一升瓶を握りしめる友人の姿があった。

どうやら、この瓶で殴り飛ばされたらしい。

ところで、この瓶はどこから取り出したのだろうか。そんな疑問を一瞬抱いたが、興味はないためすぐに考えを断ち切った。

私は、視線をそいつの方に向ける。

そいつはしばらく動かなかったが、ゆっくりと立ち上がり、耳障りな笑い声をあげた。

こいつは。

私はこいつを知っている。

私は、毎日夢を見ているため、スマホのメモ帳を使い夢日記を書いている。

だから、ある程度夢の内容も記憶しているのだが、こいつは、最近になってそんな夢に毎日現れる存在に酷似していた。

「そこのあなた」

そいつは私に顔を向ける。

「夢の世界で毎日会ってますが、リアルではお初ですね！リアルではどんな人なのか一度見てみたかったんですよ！」

「さっさと消えろ」

そいつが手を伸ばし私の顔に触れようとした時、友人の怒気を孕んだ声がした。

先ほどの一升瓶を振りかぶり、そいつの頭に振り下ろそうとしている。

しかし、姿勢を変えないまま、そいつは声色を変えず喋り続けた。

「おやおやおやおや。あなたのご友人様、ずいぶんと気性が荒いのですねえ？ご友人様もわたくしのことはご存知でしょう？夢で会ってますもんね」

「うるさい黙れ失せろ。もう喋るな。アタシの友達に触れたら殴り殺す」

嫌悪感をあらわにしてそう答える友人。

そんな友人にも、そいつは動揺せず飄々とした態度を取り、指先で私の顔に触れた。

陶器のように冷たい指だった。

それと同時に、そいつの頭に瓶が振り下ろされる。そして、奇妙な叫び声をあげながら床に伏せた。

言葉通り、そいつは友人に瓶で殴られ続けている。

だが、私には止める理由がどこにもない。黙ってその様子を見ていた。

しばらくその光景が続いていたものの、突如として、友人が手にしていた瓶が音を立てて砕けた。

破片が友人の肌を引き裂き、腕や顔に切り傷が生じ血が流れ出る。

驚いた様子を隠せないまま、友人は私の背中に隠れた。

しかし、自分の傷の手当ではなく、自分のポケットに入れておいたハンカチを使い、先ほど、あいつに触れられた私の頬を念入りに拭き始めた。

「やはり」

そいつはそう言うと、何事もなかったかのように立ち上がり、大声で笑い始めた。

「やはり狂っちゃいましたか！ご友人様も黙って見ていたあなたも！全部全部ぜーんぶ狂った哀れな囚人なんですねえ！あなたもご友人様のことの考えていることも全部お見通しですよ！」

そいつは私に詰め寄る。

「地球という名の監獄に囚われて、肉体という名の牢獄に閉じ込められて発狂してしまったのですね！魂ずっと閉じ込められたままだから苦しくて仕方ないんですね！」

「ねえ、何こいつ・・・怖い」

先ほどの勢いはどこに行ったのか。

友人は、すっかり恐怖心を覚えそんなことを呟いた。

しかし、そいつは楽しそうに続ける。

「怖がる必要はありませんよ！私は救済に来ましたので！あなたたちのような苦しむ人間を救済する天使のようなものなのです！」

足元から、コロンという音が聞こえた。

視線を落とすと、そこには小さな瓶が転がっていた。

「特別にその瓶を無料でプレゼント！一滴でも飲めば数秒であの世に逝くことができる大変便利なアイテムです！ここでしか手に入らない限定グッズなのです！これで、あなたたちが考えている腐肉だらけの社会や、ヘドロのような気味の悪い世の中とは無縁に！」

私は、身をかがめ瓶を手に取る。

中に入っている液体は墨のように真っ黒だが、蓋を開けると洋菓子のような甘い香りが漂ってきた。

「後遺症の心配なし！絶対に死ぬことができます！致死率は驚きの100％！私が保障するのでご安心ください！それでは、今度は天国でお会いしましょう！」

そう言い残し、そいつは闇に溶け込むように姿を消した。

その光景を眺めた後、私は瓶を見つめる。

この中の液体を飲むと、すぐに死ぬことができるらしい。

それが本当ならば魅力的な液体だ。

あいつの言葉が信用できるかは不明だが、ここで、"死ぬことをやめて強く生きる"という、きれいごとのような選択をして終わることは、どうしても腑に落ちなかった。

それに。

元々私は、生きることを渇望するような熱い魂を持っていない。

蓋を床に落とし、瓶を傾けて中の液体を一滴飲んだ。

練乳のように甘ったるい。

そう思うと同時に、強い眠気が襲ってきた。手から瓶が滑り落ち、私は力なく倒れる。

その後、すぐ近くに友人が倒れてきた。

「私も飲んだよ。死ぬ時も一緒がいいよね」

どうやら友人は、私が床に落とした瓶を拾い、中の液体を飲んだようだ。

それから友人は、今まで見たことがないほど明るい笑みを浮かべ私を強く抱擁し、私も友人を抱きしめた。

その数秒後、私は意識を手放した。