私のまどろみ

間川 レイ

第1話

 熱。それは、頭の奥がズーンと重くなっている感じ。他にも疲れやすいとか、身体がだるいとか症状は色々あるけれど、熱がある時はすぐにわかる。ああ、今発熱しているなって。あの頭の奥がぼんやりとすると言うか、頭の奥に質量を感じるあの独特な感覚は忘れ難い。息が上がりやすくなり、頭はぼんやりとし、身体中の細胞が早く休みなさいよと言っている感覚、とでも言えばいいのかもしれない。


 私は、幼少期の頃からよく体を壊す子だった。友達と遊んでは風邪をひき、家族旅行に行っては熱を出し。熱冷ましシートを額に貼り、お母さんのすりおろしたりんごをもしゃもしゃ口に運ぶ。そんな私にとって発熱とはいつでもすぐそばにいる隣人のようなものだった。


 私は、実のところ熱を出すのが嫌いでは無かった。合法的に学校はサボれるし、勉強をしなくても怒られないし。夜早くに寝ても叱られないし。普段は厳しい両親も私を気遣ってくれるから。それに、熱を出してぼんやり滲む世界は、普段とは異なってみえたから。世界の輪郭は柔らかく不安定になり、お布団をかぶって見上げるオレンジ色の光は、普段よりずっと優しく見えた。それに熱を出していると、世界がずっと静かに聞こえる気がする。澱んだ空気をかき混ぜる換気扇の音、リビングで夕食の準備をするお母さんの音、書斎で唸る父さんのパソコンの音。世界はこんなにも音で満ちていたのかと驚きをも覚えたものだった。


 それは、大きくなって一人暮らしをしている今でも変わらない。熱を出しているから。この言い訳は便利だ。やるべきことから目を背けることに役に立つ。仕事のことも、転職のことも考えなくていい。ただ微睡みに身を任せ、すやすやと眠りこけることが許される。換気扇の音や、衣類乾燥機の音に包まれて。ぼんやりとオレンジ色に滲む光を見上げ、少し身体がマシになったと思えば短編集を手に取る。そんな生活が許される。思うようにならない人生から目を背けることができる。


 だから、昔も今も思うことは変わらない。ああ、熱なんて引かなかったらいいのに。ゆりかごの中の微睡みのように、こんな穏やかで静かな時間が永遠に続けばいいのにと。そんなことをオレンジ色に滲む光を眺めながらぼんやり思うのだ。

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私のまどろみ 間川 レイ @tsuyomasu0418

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