第6話 小さな桜の木の下で

オーナーが階下に降りた後、春樹は桜の花びらが描かれた徳利を手にした。


そして舞花の目の前に置かれた盃を持つように促す。


「舞花先輩、ほら、飲みましょう」


促され、舞花は慌てて両手で盃を持つ。


徳利が傾けられ、盃に静かに日本酒が注がれる。


そして注がれている日本酒を見ると、何やらキラキラした金色が見えた。


「わっ…!!…金粉だぁ」


「おっ、本当ですね」


注ぎ終わった盃を覗くと、桜の花びらの上に金粉が舞っていた。


「桜の下ではないけど、素敵なお花見だね」


「オーナーのお陰ですね」


手酌で盃に注ごうとしている春樹の手に触れ、舞花は制止した。


春樹はその意図に気付き、徳利を舞花に手渡した。


「ありがとうございます」


嬉しそうにする春樹が手にした盃に、舞花も同様に日本酒を注いだ。


そして二人で盃に口をつけた。


「確かに桜の木の下ではないですけど、こんな花見も良いですね」


舞花の言葉に春樹が返す。


その言葉を聞いた時、舞花は閃いた。


「無理矢理、桜の下で飲む?」


「どういう事です?」


意味が分からない春樹は、舞花に聞き直す。


「潜り込んじゃうのだよ、ハルちゃん❤︎」


「…もう、『ハルちゃん』は止めてくださいよ」


春樹の言葉に、舞花は笑う。

そして春樹の答えを待たずに、舞花はテーブルに寝そべるように身をかがめ、テーブルの盆栽の下に潜り込む。


「ほら、桜の木の下。」


「ハハッ、舞花先輩は年齢の割に無邪気ですよね」


何気に失礼な発言をしながらも、春樹も舞花に従った。


すると、桜の下で二人の視線が交わった。


「…ハルちゃん❤︎」


「…からかいすぎですよ」


舞花が『ハルちゃん❤︎』と呼ぶ事に、春樹は少し顔を赤くしながら不貞腐れたような表情を見せた。


しかし舞花は構わずに言葉を続けた。


「『お花見』、凄く…感動した。…ありがとね。」


「…どういたしまして」


春樹が少し赤い顔のまま、笑顔を返した。


「…何だか、『愛』を感じたよ」


舞花も釣られるように顔を赤くしながらそう言った。


すると春樹は動揺したのか、「え?…は?」とアワアワしだし、身体を勢いよく起こした。


そんな春樹の身体は桜の盆栽にぶつかり、盆栽がグラリと倒れそうになる。


それを春樹は慌てて両手で抱え上げ、そのまま立ち上がった。


「…ビッ…クリ…した」


春樹の顔は真っ赤だ。


そんな様子の春樹に、舞花はクスリと笑った。


そしてテーブル越しに舞花も立ち上がった。


お人好しの後輩。


未だに、今日の『お花見』をする為に自分がした事は口にしない。


だけど舞花は、そんな春樹の『愛』を感じたのだ。


そんなの、堕ちるに決まってる。


身動きが取れない春樹に向かって、テーブルに身を乗り出し、舞花は春樹に近付いた。


そしてそのままアワアワしている、たった今、自分が恋に落ちたお人好しな後輩の唇に自分の唇を重ねた。


音の無い空間に、チュッと小さなリップ音が響いた。


「…間違ってないよね?」


自分のした事に、今更羞恥心が湧き上がり、舞花は顔を真っ赤にした。


「…間違って…ないです。…貴方の事が…大好きなので、…喜んで欲しかった…んです」


春樹は、手にした盆栽をテーブルに置いた。


そしてテーブルに両手をついた。


春樹も、舞花にゆっくり近付いた。


「…好きなんです」


二人の距離が無くなり、再び唇が重なった。


お互いの唇を食むようなキスをし、少しだけ離れた。


「ハルちゃん❤︎」


「…からかってばっかいると…仕返し…しますからね?」


照れ隠しで春樹を「ハルちゃん」と呼んだ舞花に、春樹は『仕返し』のキスをした。

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小さな桜の木の下で ヨル @kokoharuha

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