第5話 会席料理の出張
「今回のお料理、『花菱』の会席料理を出張で届けて頂きました。」
オーナーの言葉に、流石の舞花も驚きを隠せなかった。
口をポカーンと開け、オーナーを見つめた。
料亭花菱は、この地域で一番の高級料亭だ。
会席料理は7000~30000万程の設定だ。
今回食べた料理が仮に7000円だとしても、追加で出張料が発生する。
いくら営業部長からの御厚志があろうと、簡単に予算がオーバーする。
「正直、せっかくの機会だし、恩返しとして今回の料金は頂かないようにハルちゃんには話したんですけど、根負けして受け取ってしまいました。」
オーナーは少し困った様な顔をする。
「…それで、何故こんな話をしたかといいますと…、ハルちゃんの『お人好し』具合が酷くて…つい…」
当人抜きで話をしているせいか、オーナーは気まずそうだ。
話を聞いていた舞花は、オーナーが感じている『恩』についても当然知らない。
そして花菱の料理を出張してもらった事も、春樹は舞花に話していないので、今初めて知った。
ただ春樹が『お人好し』だというのは知っている。
日常の春樹を知っているからだ。
街で困った人がいれば手を差し伸べ、会社でも人が嫌がる事を率先してする。
『誰かがやらなきゃいけないんですから、今回は俺の番なだけです』
そう言って笑ってみせる。
今回のクレーム対応の時もそうだった。
「…流石に…『会社の先輩』が花見に参加出来なくて悲しんでいたから…というレベルじゃないと思うんですけど、ハルちゃん…多分何も言わないんじゃないかなぁ…と。」
それでついお節介を焼いてしまうオーナーも、きっと『お人好し』なんだろう。
類は友を呼ぶと言うが、超がつくほどお人好しの春樹の側には、お人好しが集まるのかもしれない。
「…ありがとうございます。オーナーがわざわざ伝えてくれた意図を汲み取って、ちゃんと考えます。」
舞花は、笑顔でそう答えた。
それに満足したのだろう。オーナーは嬉しそうに笑った。
舞花と春樹が、会社のお花見に参加出来ないと分かったのは今日の夕方だ。
その短時間に、いくらツテがあるとは言え、タベルナのオーナーに事情を説明して場所を借り、料亭花菱の料理を出張する手筈まで整えた。
当日の夕方に、いきなり高級料亭の料理を出張してもらえるほどの『恩』を板前さんとオーナーは感じている。
だけど春樹は、超がつくほどの『お人好し』だ。
本当であれば、そんな相手に『恩返し』させようとは思わないはずだ。
なのにも拘わらず、舞花の為に自分の『主義』を曲げてまで無茶なお願いをしてくれたのだ。
それは簡単に『お人好し』だからと言う話では無いはずだ。
『舞花先輩』
自分をそう呼び、目を細めて笑う春樹を思い浮かべ、舞花は高まっていく鼓動を感じた。
支払ってくれた金額の事では無い。
舞花が喜ぶからと、この小さなお花見を計画してくれた春樹の『意図』を感じ取ったからだ。
「すみません、戻りました」
ドキドキしていた舞花の座るテーブルに、笑顔で春樹は戻ってきた。
「オーナー、今日はありがとうございました。素敵な『お花見』が出来ました」
「いや、これくらいの事、ハルちゃんの頼みならいくらでも。もっと『お願い』して欲しいくらいだよ」
オーナーの言葉に、春樹は笑う。
「また何かの時は、よろしくお願いします。でも『お返し』とかじゃなく、対等にお願いします。でないと『お願い』出来なくなります」
そんな春樹の言葉に、オーナーは「これだからハルちゃんは…」と笑って返す。
二人が二人して『お人好し』のようだ。
「…あ、そうそう。『花見酒』に良いかなぁと思って…」
そう言うと、オーナーはアイランドキッチンに向かい、トレイを手に戻ってきた。
そのトレイに載せていた物を、二人の座るテーブルに置いた。
それは硝子で造られた
徳利の底と盃に桜の花びらが描かれた物だ。
「うわぁ〜、綺麗…」
目の前に置かれた酒器に、舞花は思わず声を上げた。
「本当ですね。食事の事でお世話になったのに、こんなサービスまで…。ありがとうございます、有難く頂きます。」
「まだここは、ゆっくり使ってもらって構わないから。」
笑顔でそう言うと、オーナーは一礼してその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます