最終章 静寂の中で
事件の解決後、北村晴夫は深い静寂に包まれる。
由美の死を巡る複雑な真実を解明したものの、彼をメランコリーな気分にさせる。
真相を突き止めたことで正義は果たされ、由美の尊厳も守られた。
しかし、その過程で北村が感じた家族の愛情の脆さ、そしてそれがもたらす毒の影響に、彼自身が心を乱されてしまったのだ。
北村は一人、あの水森カフェで、由美が最後に高木と会っていたという席と同じ所に座る。
外の景色は穏やかで、陽だまりが漏れ、木々の葉が風に揺れる音が心地よく、和音のようだ。
しかし、彼の内心は冷たい。ブレンドのコーヒーに映る自分の姿を見つめ、彼は探偵としての自らの役割について深く考え、耽る。
"真実を知ることが、必ずしもすべての人を救うとは限らない"
彼の心にその思いがずっと残っていた。達成感とは裏腹に、母娘の関係が最終的に修復されることなく終わってしまったことに、何とも言えない無力感が募る。
特に、恵子の喪失感と後悔の念は、由美が生きていた時に、もっと早く母と向き合わせてあげられていたら、結果は変わっていたのだろうか。
北村は考え込むが、その問いに答えは見つからない。探偵として真実を追求することが自分の役割だと思っていた。
しかし、その先にある人々の心の傷まで癒すことは、自分には出来ないのだ。
数週間が経ち、由美の死後、ケーキ店の悪い風聞も街から消え去りつつあった。
恵子はその後、店を閉め、静かに街を去ったという。彼女がどこに行ったのか、何をしているのか、誰も知らない。
北村から真相を聞いた理沙もまた、由美の死を受け入れるために相当苦しんでいるようだったが、彼女は前を向いて歩もうとしている。
北村はそんな彼女の姿に一抹の安堵を感じながらも、どこか自分の心が置き去りにされているような感覚を覚える。
ただ、探偵としてこれからも真実を追求し続けるだろう。しかし、由美の事件を通して彼が学んだのは、真実の重みと、それがもたらす人々の感情の複雑さだった。
時には、知らないほうが良い真実もあるのかもしれない。そして、真実を知ったところで、全てが解決するわけではないと知ってしまったのだ。
そして、ふと由美の日記を思い出す。
彼女が残した日記の最後のページに書かれていた言葉が、彼の心に深く残っていた。
-愛は甘くて、そして時に後悔する程、苦い。でも、私はその愛を手放すことができなかった-
彼女の苦悩と孤独が詰まったその言葉を思い返しながら、探偵人生に最後の燃料を載せた。
真実を追い求めることが彼の使命であり、それがどんなに辛くとも、自分にはそれを果たす役割がある。
しかし同時に、彼は人々の心の奥底にある感情の繊細さを忘れず、より人間的な探偵として邁進しようと心に誓った。
カフェを後にした北村は、静かに歩き続ける。その背中には、今までにない新たな決意と、これからも続く道への覚悟が感じられる。
この世に多くの想いがある限り、彼の探求は永遠に終わらないのだ。
ショートケーキシンフォニア 翡翠 @hisui_may5
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