第3話 響け

 私の最初の戦場は、サッカー部の観客席だった。

 サッカー部部長から聞いた話によると、相手は我が校と同じくらいの実力らしい。


 そういう場合こそ、応援の効果が出ると私は信じている。

 懸命に試合に臨み、心身ともに疲れた時に、今まで意識していなかった応援の声に力が湧き上がるのではないか。

 スポーツ漫画の読みすぎだと馬鹿にされるだろうが、そうだと信じて、今日も我々は全力で応援をする。


「頑張れー!!! 頑張れー!!! 黒沢!!!!!」


 喉から血が出る勢いで、懸命に声を出す。


 響け。

 勝ち負けのある世界で戦っている、我が校の者達に、少しでも良い。響け!


 その願いが通じたと考えるのはおこがましいだろうか。我が校は前半戦で2-1でリードしていた。

 ここで、15分のハーフタイムに入る。


 よし。のど飴チャンスだ。

 声帯は強くなってきているが、酷使している喉を少しは労わらなくてはいけない。お気に入りのレモン味を口の中に入れてコロコロ転がす。


「‥‥‥頑張ってますね」

「キョッッッッッッッッ!!!」


 突然、憧れている人に話しかけられて、飴が喉に詰まりそうになって奇妙な叫び声をあげてしまった。

 しかし、ギリギリのところで飴は口内に戻っていった。危ない危ない。


「申し訳ない。驚かせてしまいましたね」

「いえ! とんでもないです! お褒めの言葉を頂き光栄です!!」


 応援団に入ってから、こうして大袈裟な言い回しに慣れてきた。


「そっか。じゃあ良かったです」


 本当にほんの少しだけ笑ったような気がした。

 いつも、応援中意外は、今培養カプセルから出てきたばかりかのような無表情をしている新山先輩が、笑ってくれた。


 写真に収めたかったと、我ながらキモいことを考えてしまう。

 いかん。ちょっと頭を冷やさないと。


「と、トイレ行ってきます!」

「うん」


 小走りでトイレに向かう。


 恥ずかしい。でも、やっとお話できた! これからは、もっと仲良くなれるかもしれない。

 思わず、頬が緩みそうになる。


 しかし、良いことがあった後は嫌なことが待っているのが人生だ。


「あ! やっぱり国崎じゃん! その野太い声ですぐに分かったよ!」


 冷や汗が出る。気持ちいい汗ではない、精神的にダメージを受けた際特有の、不快な汗が背中に垂れる。


 振り返る。

 あぁ。やっぱり。

 こんなことなら、私もアリスみたいに東京の大学に行けばよかった。地元という、居心地は良いけど過去の知り合いに会いやすい環境に身を置いてしまったことで、こいつと再会してしまった。


「‥‥‥新庄くん」

「そうそう! 久しぶりだなー!」


 小学生の頃、私はこいつに一瞬恋をしていた。

 しかし、当時の私の男を見る目は節穴だったらしく、新庄は私の声を馬鹿にして‥‥‥。

 本格的なイジメを主導した。

\



 顔は良く、足も速い方だった新庄は、取り巻きを連れて執拗な嫌がらせをしてきた。

 全然似ていない私のモノマネなら可愛いものだが、こいつは度がすぎてきた。


「その声、女として終わってるよ! そうだ! 泥を飲み込んだら、少しは女らしい声になるんじゃねーか!?」


 そう言った新庄は、前日雨が降って濡れている砂場に私を連行して、取り巻きに羽交締めを命じて、動けない私に無理やり泥を食わせた。


「む、ムグッ」

「おい! 噛むなよ! そのまま飲み込め!!!」


 惨めだった。死にたかった。

 なんで、私ばっかり、こんな目にあわないといけないんだ。今、ここで舌を噛みちぎって死んでやろうか。


 そこまで考えて、可愛い声が響き渡る。


「コラー!!!」


 唯一の友達にして親友、中川アリスだった。


「ゲッ。面倒な奴がきた!」


 そう言って、新庄達は逃げていく。男子が複数人いればアリス1人、大した問題ではないと思うだろうが、これには理由がある。

 新庄は、アリスが好きなのだ。

 可愛くて、賢くて、オシャレなアリスが大好きで仕方ないのだ。しかし、新庄は信じられないほどにアホなので、アプローチ方法が分からずに、とりあえず変なことをして目を引こうとしていた。


 その変なことの1つが、私へのイジメだった。


「杏! 大丈夫!? いや、大丈夫なわけないよね。保健室行こうか」

「‥‥‥ありがとう。ごめんね」

「全然! 謝るのはアイツらだよ! 女の子にこんな仕打ち‥‥‥アイツら、サイテーだよ!」


 こうなっている原因の1つであるアリスだったけど、私は大好きだった。だって、それ以上に優しいから。

\



「相手の応援団の声に聞き覚えがあるなぁと思ってきてみたら、ホントに国崎だったよ。ウケる! ってか、女なのに応援団やってんの!? 相変わらず変な奴だなー。あ、そうそう。そもそもこれを言いにきたんだった」


 嵐が過ぎ去るのを待つように、黙っていた私だったが、次のセリフに堪忍袋が切れた。


「お前ら、うるせーから後半から黙っててくれ。そんだけ! じゃ!」


 言うだけ言って去ろうとする新庄に、頭の血が昇る。

 まだ、あの頃のトラウマは克服できていない。でも‥‥‥。


「私のことは良いけど!! 先輩達のことを馬鹿にしないで!!!」


 言った。

 言ってしまった。

 また、こいつに虐げらる生活に戻る。でも、後悔はない。


「‥‥‥何、お前」


 新庄の右腕がこちらに向かう。

 殴られる。

 そう覚悟した瞬間だった。


「ウチの者が何か?」


 そう言うと同時に、新庄の腕を掴む長髪の大柄な男性。

 新山先輩だった。


「あ。いや、えっと、昔の同級生で‥‥‥あ、あの、痛いっス」


 明らかに自分より強そうな男の登場に、さっきまでの勢いは萎みむ新庄。


「そうですか。募る話もあるでしょうが、もうすぐ後半戦が始まるので、ご自分のチームに戻られた方が良いのでは?」

「そ、そうっスね‥‥‥えっと、離してくれます?」


 その場を離れようとする新庄の腕を、ガッチリと掴みんでいる新山先輩は、そう言われて初めて気付いたようだ。

 ゆっくりと手を離す。


「申し訳ありません。ずいぶんとウチの者を侮辱してらしたので、無駄な力が入ってしまいました」

「‥‥‥ッ! 失礼します!」


 逃げるように去っていく新庄。逃げるのだけは早いな。まるでゴキブリみたい。


「‥‥‥」


 その後ろ姿を睨んでいる新山先輩。


「あの、助けてくれて、ありがとうございました!」


 しかし、私がお礼を言うと、いつものクールな表情に戻った。


「全然。俺が腹立ったからやっただけだし」


 あぁ。やっぱり好きだ。


「あんなのの言うこと、気にしないでいいよ。‥‥‥俺は、国崎さんの声‥‥‥素敵だと思う」

「え?」


 顔を見ようとするが、先輩は猛スピードで走り去っていった。

 いつの間にか見えなくなり、私はひとりごとを呟く。


「‥‥‥どんな顔で言ってくれたんだろう」


 きっと、私の顔は真っ赤になっているだろう。

 胸に手を当てる。爆速で心臓が動いているのが分かる。

 この感情を吐き出したい!

 そのためには、やるべきことは?


「応援だ!」


 私もダッシュで観客席に戻り、この感情のままに全力でエールを送る。

 頑張れ。頑張れ。頑張れ。

 フィールドで戦っている選手達に伝わるように声を出す。


 ついでに、国崎杏。

 お前も、先輩に想いを伝えられるように頑張れ。

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