第2話 紅一点
最初は、女子だと思った。
キャンパスに簡易的なステージが設置されていたので、バンドでも出るのかと近づいてみたら、登場したのは学ランで統一した、謎の連中だった。
10人ほどの屈強な男達を後ろに控えさせて、長髪の人物が、センターに出て長い巻物をゆっくりと、しかし確実な熱を帯びた大声で読み上げる謎の儀式をしている。
なんじゃこりゃとマジマジと見ていると、センターの人物は髪の長い男性だと気づく。
手入れが難しそうなほどの長さ。憧れるけど黒髪ロングって、本当に可愛い子限定って感じで、自分がやるにはためらってしまう髪型をしている。
当時の1年の私は中途半端な茶髪のショートカット。
いや、これでも一応、大学デビューしようと頑張ったんだよ? 行ったことのないオシャレな美容室に行ってさ。
しかし、今だに野暮ったさは抜けていない。付け焼き刃のオシャレでは、内面のダサさを隠しきれていない。
「よって!!! 我々黒沢大学はいかなる困難も超えていけるのである!!!!!」
そんな私よりも、センターで巻物(仮)を読んでいる先輩の顔は地味だった。目は細く、デカいが、まん丸な体型はとても異性にモテるようには見えない。
しかし、何故だろう。
私は、この人に惹かれている。
「これからも!!! 我が応援団は!!! 誇り高い黒沢生にエールを送る所存である!!! 以上!!!」
あんなにダサいのに、大勢に囲まれている中で堂々とパフォーマンスをしている姿に感銘を受けてしまったのだ。
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「え!? 入部? 正気!!?」
「どうした? ‥‥‥って女の子だ!?」
「馬鹿。こんなところに女の子がくるわけ‥‥‥ホントだ!!!」
「どうしたの!? 何があったか知らないけど血迷っちゃダメだよ!!」
「‥‥‥何かあった? 俺で良かったら話聞くよ?」
昭和時代にタイムスリップしたのかと思うほどにボロい、応援団の本拠地であるアパートの1室に訪れた私に、先輩方は様々なリアクションをとってくれた。
驚愕・心配・果ては人生相談まで。
軽いパニックになっている彼らを見ていて、騒々しいなと思うのと同時に優しい人達なんだなと感じた。
「ただいまです」
そんな中、緩慢な声が聞こえてきた。
間違いない。昨日、センターで巻物を読んでいた人だ。
昨日の覇気が全く無いが、声質が全く一緒だ。
「あ! 新山!! 見てくれ!! 女の子の新入部員希望者だ! どうしよう!?」
「‥‥‥入れたら良いじゃないですか」
どうやら、新山というらしい彼はシンプルな反応を見せた。
「え? でも‥‥‥ん? 別に問題は無いのか?」
「はい。流石にこの寮に住ませるのは変な誤解を生む可能性があるので遠慮してもらいますが、一緒に活動するのは問題ないでしょう」
「‥‥‥そう。そうだな! せっかくの侵入部員だしな!」
どうやら、話はまとまったようだ。他の先輩方もパニック状態から脱しており、落ち着いた表情をしていた。
「大変、お見苦しいところをお見せして申し訳なかった! ようこそ! 黒沢大学応援団へ!」
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練習はキツかったが楽しかった。
「次! 国崎! 来い!」
「はい!」
部長の目の前に行き、90度に頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
その状態のまま、バケツいっぱいの氷水を頭から受ける。
言うまでもなく、冷たい。6月現在のジメジメした暑さなんぞ一瞬で消し去ってしまうほどの冷たさ。
「ありがとうございます!!!」
「おぉ!!!」
自分の立ち位置に戻る。
「次!! 発生練習!!」
「おぉぉぉ!!!」
それからは、声が枯れるまでひたすら大声練習。
1時間後、小休憩が挟まる。
「ふー」
疲れたけど、アドレナリンがドバドバ出ているのが分かり気持ちが良い。
行ったことないけど、サウナってこういう感じなのかな。暑い中大声出して、冷水を浴びて休憩してるし。もしかしたら、今私は整っているのかもしれない。
「いやー。いつもながら国崎にさんのストイックさには、俺達男連中もビビるよ」
そんなどうでもいいことを考えていたら、高橋部長が話しかけきてくれた。
「いえいえ。まだまだ先輩方の足元にも及びませんよ」
「頼もしいねぇ。やっぱり高校の時とか運動部だったの?」
「帰宅部でした」
「へぇ。意外。じゃあバイトとか趣味に打ち込んでたの?」
「何もしてませんでした」
「えー。なんかはしてたでしょう。漫画読んだりとかさ」
「学校では1人だけ友達がいましたが、放課後はその子忙しいので、家でただただ、ボーっとしてました」
「え!? 何の誇張もなく何もしてないの!?」
「はい」
「はぇ〜」
普段、この話はあまりしないようにしている。大体が引かれるか、勝手に不幸だと決めつけるからだ。
しかし、この応援団の人達には、そんな遠慮をすることはない。
「だから、今、やることがたくさんあって楽しいです」
「‥‥‥もしかしたら、国崎さんみたいな人が1番応援団に向いているのかもね」
「何故ですか?」
「んー‥‥‥なんとなく?」
イマイチ意味は分からなかったけど、褒められたみたいで嬉しい。
「これからもよろしくね」
「はい!」
\
それからも、私の生活は応援団中心で回っていた。
憧れの長髪の先輩、新山さんとはあまり話せないままなのが悔しいが、私の毎日は充実していた。
そして、私の初めての実践が始まる。
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