君の声が好き

ガビ

第1話 やりたいこと

「フレー!!! フレー!!! 黒沢!!!!!」


 公共の場で大声を出せる機会は、どれだけあるだろうか?

 カラオケという選択肢もあるはあるが、あまり度が過ぎると隣の部屋まで聞こえて迷惑をかけかねない。

 しかし、応援団に入ってしまえば、大声は迷惑どころか正義になる。


「フレ! フレ! 黒沢!!! フレ! フレ! 黒沢!!!」


 4年の小谷先輩の太鼓の音と仲間達が後に続いてくれることに、アドレナリンがドバドバ出る。


「あれ、女の子? ヤバいね」


 気持ちよく応援をしていたら、隠す気もない声量で馬鹿にするように言う男の声が聞こえる。


「ちょっと! そういう言い方やめなよ! 格好いいじゃん! 私、頑張ってる人を馬鹿にするの嫌い!」


 次は、私とは似ても似つかない可愛い声をした女性の声がした。声優と言われても納得するくらいの素敵な声だ。

 ついこの間まで、こういう声に憧れていた。


「ご、ごめん」


 素直に謝る男。

 雰囲気を見るに、付き合う直前といった感じ。

 女性からのポイントは結構下がっただろうが、まだ大丈夫だ。これから巻き返していけ。素直に謝れるなら、お前にも良いところもあるんだろう。気を引き締めていけ。


 いかん。野球部の応援に集中しなければならないのに、あの男にもエールを送ってしまった。


(集中、集中‥‥‥)


<お前、女なのに太い声だな。キモいよ>


 しかし、不意に小学4年生の頃、好きだった男子に言われたセリフが脳裏を駆け巡る。それを応援に専念することで振り払う。


「フレー!!!!! フレー!!!! 黒沢!!!!!」


 喉から血が出るのではないかというくらいの大声をあげる。これくらいしないと、戦っている人達には届かない。

 今現在、野球場で汗水垂らしている、我が校の野球部の方々の力になれているかは分からない。私達がどれだけエールを送っても、勝敗には関与しないのかもしれない。

 中には、うるさいだけだと感じている選手もいるだろう。

 しかし、それでも私達は大声で彼らを応援する。

 何故なら、頑張っている人を応援するのが大好きだからだ。


「頑張れー!!! 頑張れー!!! 黒沢!!!」


 年々暑くなっている夏。

 去年の私は、冷房の効いた自室で惰眠を貪っていたっけ。キンキンに冷えた中で寝たせいで、夏風邪を引いた記憶もある。

 あの、何も無い頃に比べたら少しはマシな人間になれているかもしれない。


 夏というのは不思議なもので、体力や気力を奪う代わりに人間にとって大切な何かを爆発させてくれる。

 その影響からだろうか。私は大学生になりたての春の腑抜けた自分を思い出していた。

\



 大学といえばサークル。


 テニスサークルに入って恋愛を楽しむも良し。

 漫画研究サークルに入って同士達と熱く議論を交わすのも良し。

 怪しげなサークルに入って裏社会を垣間見るのも良し‥‥‥ではないか。


 まあ、何が言いたいかというと、大学生活では何のサークルに入るかによって今後の指針が決まってくるということだ。

 しかし、私、国崎杏は4月の下旬になってもサークルを決められずにいた。


<え! まだサークル決めてないの? 早くしないとボッチになっちゃうよ!>

「それはヤダ〜」


 そんなある日、中学からの親友である中川アリスに電話で発破をかけられた。


 控えめな私と、活動的なアリス。正反対に見える2人だけど、不思議と会話のテンポが合って一緒にいると楽しかった。

 6年間、コンビと言っても差し支えないほどの時間を一緒にいたアリスは、地元の北海道を出て東京の大学に進学した。ファッションデザイナーになるために服飾系の大学に通っているのだ。


「アリスは良いよね。やりたいことが明確で」

<んー。でも、杏は最初の1歩さえ踏み出せたら、のめり込むタイプだと思うな。よく分かんないサークルでも、こう、ビビっときたところに入っちゃうのも手だと思うよ?>

「ビビっとねぇ」


 キラキラした物語でよく聞く表現だけど、私にはよく分からない。きっと人より感受性の低い私にはその感覚とは無縁なんだろう。

\



 そう思った1週間後。


「返事は!!!?」

「はい!!」

「聞こえないぞ!!」

「はい!!!」


 人生初のビビっときたサークルに、私は入ることになる。

 伝統のある、男だらけの応援団に。

 

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