第1話

第三章 君は枯葉のように夢を見て舞い散る。


本が好きだった。

ジャンル関係なく、とにかく読み漁ってきた毎日。

山積みになった本を見上げると、どこか誇らしい気持ちになった。

そんなある日見つけた隠れ家で君と出会った。


***


「…わ、こんなところにお洒落な店なんてあったんだ。」

私、璃月 姫乃は思わずため息をついた。

赤茶色の煉瓦の建物に、何十年もあると言うのを見せつけるように、びっしりと建物を覆い尽くす蔦が生えていた。

茶色の木製のドアは、温かみを醸し出す雰囲気だった。

どこかの物語に出てきそうな、お洒落な建物。

まさに、姫乃が憧れていたものだった。

たまたま通った道で、出会った店。

ここで逃したら次は見つからないかもしれない。

そんな気がした。

その好奇心が足を動かし、姫乃はいつの間にかドアノブに手をかけ、開けていた。

「…わぁ…!!」

ドアを開け、姫乃は感嘆の声を上げる。

そこは、またしても姫乃が憧れていた風景そのものが表現されていた。

壁一面に所狭しと本で埋め尽くされ、真ん中にはゆったりとくつろげるロッキングチェアと丸いテーブル。

そこに飾られている一輪の花。

絵画。

温かみのある、チロチロと燃え上がる暖炉。

どこを見渡しても素敵な空間に、ため息しかでない。

感動していると、

「…ここはお店じゃないですよ。」

優しく諭すような声が後ろから聞こえ、驚きつつも、振り向く。

そこには、一人のおじいさんが立っていた。

混じりけのない銀一色の髪。

少し垂れ目の、優しそうな目。

金の縁の眼鏡は、灯りに反射してキラリと光った。

深緑のエプロンを着、銀色のジョウロを持っていたので、ガーデニングをしていたのだろうか。

手も土で汚れている。

「…ご、ごめんなさいっ…あまりに素敵な外観だったので、お店かと…」

顔が赤くなるのが分かる。

これ以上邪魔にならないよう、出ていこうと鞄を手に取る。

「…それはありがとうございます。それに、間違わられるのはこれが初めてじゃないので大丈夫ですよ。良くあるんです。」

それに、と話を続ける。

ジョウロを扉近くの棚に置いた。

「ここは見せじゃありませんと書いていない私にも非はありますから。本当に気にしないでください。」

本当にそう思っているのだろう。

柔らかな笑みを浮かべている。

「…で、でも、あまり長くいるのも悪いので、もう帰りますね。」

優しく言われても、やっぱり勝手に入った罪悪感は残る。

棚いっぱいにある本を見つめる。

この空間にずっといられないのは名残惜しいが、人の家だ。

長居してはいけない。

名残惜しそうに本棚を見つめる姫乃を、おじいさんは見、フッと笑った。

「…本、見ていきますか?」

「…えっ!?」

心の声を見透かされ、ドキッとする。

「お嬢さんはどうやら本が好きなようだったので。私も読むのですが、もう何度見たことか。…感想相手が欲しいのです。どれ、老人の相手をしてくれませんかね。」

優しい。

本を読みたい気持ちもあって、姫乃は返事した。

「…喜んで!」


***


それからというもの、姫乃はほとんど毎日、ここに足を運ぶようになった。

もちろん、おじいさんに許可を取っている。

本を読んでは、おじいさんと感想を言い合い、和やかな一時を過ごしていた。

お互いのことを、姫乃ちゃん、三橋さん、と呼ぶほどに。

もう完全に、おじいさんと孫の関係のようだった。

そんなある日、姫乃はとある一冊の本を見つけた。

それは、古い、題名のない本だった。

紅葉を思わせる色の表紙。

上部分には、タイトルを書く予定だったのか、金色の枠がある。

著者も何も書かれていない、不思議な本。

姫乃は見たことがなかった。

首を傾げる。

「…良い本を見つけたね、姫乃ちゃん。」

振り向くと、三橋さんは本を覗き込んでいた。

「三橋さん、この本、タイトルとかが何も書かれてないんですけど…」

これはこれでいい感じなものだが、やはり違和感が少しばかり残る。

消化しきれない気持ちが、残る。

「…あぁ良い物を見つけたね。これは私のお気に入りの物だよ。」

姫乃の手から本を受け取り、どこか懐かしそうに微笑む。

「お気に入り…」

「…そう。読んでみれば分かると思うよ。」

意味ありげに笑う。

そう言い、姫乃に本を差し出す。

姫乃は、この本の事が気になり、受け取ると、椅子に腰掛けた。

本を開く。

同時に、本が光出した。

「…えっ」

眩しくて思わず目を細める。

「…少年に会ったら宜しくと伝えておいてください。」

三橋さんの声を耳で聴きながら、姫乃は目を閉じた。


***


「…ん…ここは…」

クラクラする頭を抑えながら、ゆっくりと目を開ける。

ボヤける視界に一番に写ったのはーー

「…きゃあぁぁぁ!?」

驚いて飛び上がる。

一気に目が覚めた。

私の視線の先には、一人の美少年が立っていた。

少しの癖もない、ストレートな銀髪。

サファイアのように青く輝く瞳。

透き通ったように綺麗な肌に、暑くも無く薄くもない唇。

完璧な王子様像だった。

服は、砂色のコートに、赤色のチェックのマフラーを巻いている。

秋から冬のコーデ、と言う感じだ。

でも、ここは秋だろう。

何故なら、辺り一面紅葉で彩られていたからだ。

どこを見ても銀杏や紅葉でいっぱいで、雪景色ならぬ紅葉景色だった。

(まるで秋だけを象徴してるみたい。)

本当にここなら秋だけでもありうりそうで、姫乃は戸惑った。

「…それで君は?」

「へ?」

突然の振りに変な声をあげる。

「君、ここの人じゃないでしょ?何で来たの?」

どうやって、と言うよりは、どうして、ここに来たのかを問われているようだった。

「…え、とおじいさん!三橋さんにオススメされたから来たの!」

慌てて答える。

少年は優しそうだけど、独特の雰囲気があって少し怖い。

「…三橋…」

その途端、目を見開き、その名を呟く。

知っている口ぶりだ。

「…三橋…さんはなんて言ってた?」

「え?」

「…いや、その…なんかここについて言ってなかったかなって。」

気まずそうに視線をずらす。

「…あ、たしか宜しくって言ってたかな?」

朧気で良く覚えてないが、そう言っていた気がする。

「…そっか。」

少年はどこか嬉しそうで、寂しそうな笑みを浮かべる。

その笑みには、二人の絆が見えた気がした。

「…君さ、せっかくここに来たんだから存分に見ていきなよ。僕が案内する。」

優しい口調で尋ねる。

手を差し伸べてきた。

「…うん!お願いします。」

話しながらも気になっていた世界。

その手を握り、立ち上がった。


「…凄かった!どこも紅葉でいっぱいで…!」

感動で胸がいっぱいになる。

紅葉の雨や、そこに住む妖精たち。

物語でしかない、登場人物や景色に、度々驚かされた。

そんな様子を少年は嬉しそうに微笑んだ。

「…それは良かった。けれど、もうお別れの時間だね。」

「…えっなんで!?」

驚きの声が上がる。

「それは君がここの住人じゃないからさ。ここにずっと居たら君、現実に戻れなくなっちゃうよ?」

「…そんな」

別にこの世界にずっといたいわけじゃない。

…少しは名残惜しいけど。

それよりも、彼との別れが辛いのだ。

泣きそうな私を優しくそっと抱きしめる。

「…大丈夫。会えなくてもずっと君のことを想ってるよ。」

その言葉で涙が溢れた。

「私も…」

足元から風が吹き、落ち葉が回転しながら私を包んでいく。

それはやがて、全身を包み込み、私を現実へ戻した。


「…ハッ…」

気づくと、うつ伏せになって寝ていた。

本を枕にするようにしている。

「…気がついたかな?姫乃ちゃん。」

「…三橋さん…私…」

泣きそうな私に三橋さんは何も言わず、ただ頷くだけだった。

そっと暖かい紅茶の入ったマグカップを差し出した。


「…そうか。少年に会ったか。」

こくり、と頷く。

しばらくたち、ようやく落ち着いた私は紅茶を一口飲んだ。

「…今日はもう帰りなさい。長い時間をかけてゆっくり整理して、そしたらまたここへ来るといい。」

「…三橋さん。」

優しい言葉。

「…それと、これ。」

「…!これ…」

三橋さんが渡してきたのは、少年と会ったあの本だった。

「…この本は君が持っていなさい。君が持つべきだ。その方が、本にとっても一番いい。」

「…ありがとうございます」

また涙が出そうになるのを堪えながら、ドアを開けた。

見上げると、紫、橙、桃色に染まった空が出迎えた。

ハラり

一枚の葉が舞い落ちる。

それはあそこで見た紅葉のようだった。

拾おうとして手を伸ばす。

掴んだ時、少年とすれ違った気がした。

優しく風が吹く。

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君は枯葉のように夢を見て舞い散る。 抹茶 餡子 @481762nomA

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