第91話

「改めて問おう。

 嘘をついてまでして、あの人間の傍にいたいのか?

 お前は立派な幸福の神。

 まして、神に見習いなんてものはない。

 あんな偽の契約書まで作って、随分くどい事までしたな」


「……あたしが何をしようと、貴女には関係ないです。

 そろそろあたしの前に現れた理由を吐いてもらっていいですか?」


「さっきも言ったであろう、お前に逢いたかったからさ」


おちょこをテーブルに置いた月読命は立ち上がり、椿の右隣へ腰掛ける。


「あたしと付き合っている間に、どれだけの神や人間と関係を持っていたんですか?」


「さあて、1つ言える事は、片手では収まらんという事だな。

 お前の言葉を借りるなら、若さ故さ」


人間界に下り、無意味な戦や殺し合いをする人々を見て、涙を流していた日々。

辛さと苦しさが限界近くに達しかかっていた満月の夜、泣いていた椿の前に現れたのが月読命だった。


互いの事は知っていたが、関りは薄かった。

椿が戸惑っていると、月読命は何も言わずに隣に座る。


「人の為に涙を流すお前は、優しすぎるのであろうな」


流れていた涙を、そっと指先で拭う。


「人間は愚かな生き物。

 どんなに我々神が手を差し伸べても気付かず、同じ過ちを繰り返す哀れな種族。

 神であるお前が、泣く必要はない」


優しい声だった。

優しさが嬉しかった。

その肩に、そっと頭を預ける。


「辛いのなら、ワタシが傍にいてやろう。

 その美しい顔を、涙で濡らすのは勿体ない。

 お前が笑えば月も微笑む。

 笑えないのであれば、ワタシが道化を買って出よう」


肩を抱かれ、頬に風を受け、少しだけ心が軽くなる。


「…何であたしに優しくしてくれたのですか?」


「さて、お前があまりにも美しく、初めて出逢った時から気になっていてな。

 今宵、空を漂っていたら、お前が泣いているのが見えた。

 お前の涙を拭えるのは、ワタシしかいないと思ったんだ」


「ふふ、くさいセリフですね」


「お前が笑ってくれるなら、構わんさ」


程なくして、2人は付き合う事になる。


が、自由気ままな月読命は、あちらこちらで種を撒いていた。

椿だけが、恋人ではなかったのだった。

暫く経ってからそれに気付いた椿は憤慨し、ある時月読命をぶん殴って、あえなく破局した、いう過去を持つ。

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木漏れ日の中でキスをして。 あきら(ただいま休養中) @maruism0218

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