盗まれたプラネタリウム

いとうみこと

小金持ち

 梨々花と友だちになったのは小学五年生のときだ。初めて同じクラスになって話してみたら推しが同じで意気投合した。それからは登下校も休み時間も休日も、可能な限り一緒に過ごすようになった。

 そんなある日、梨々花に誘われて家に泊まりに行くことになった。梨々花の家はいわゆる小金持ちだった。父親は不動産関係の仕事をしているとかで、太い喜平のネックレスをつけていたし、母親はいつもフリルのついた服を着ていた。もちろん家は豪華な作りで、古いマンション暮らしだった私は、梨々花のピンク色の大きなベッドで一緒に寝られるのが嬉しかった。それに、梨々花の「いいもの見せてあげる」という言葉も楽しみのひとつだった。

 約束の金曜日の夜、夕食と入浴を済ませてから夜の八時くらいに母に車で送ってもらった。リュックを背負い、意気揚々と車から降りてインターホンを押したが、なかなか応答がない。もう一度インターホンを押そうとしたとき「はい」という父親の声がして、その後ろから泣きながら何かを訴えている梨々花の声が聞こえた。

 私と母が顔を見合わせていると、梨々花の母親が出てきた。

「ごめんなさいね、ちょっとトラブルがあって」

 すまなさそうに言う梨々花の母親に向かって「お取り込み中でしたら出直します」と母が言った直後、梨々花が飛び出して来た。

「だめ、帰っちゃだめ!」

 鼻をすすりながら駄々をこねる梨々花は、いつものすました雰囲気とは大分様子が違っていた。母親同士は顔を見合わせ、私にどうするか聞いてきたが、私の腕をがっちりと掴んで離さない梨々花を置いて帰るとは言えず、私は予定通り家にあげてもらった。

 梨々花は家に入るなり私を自室に引きずり込んだ。私をふかふかのラグに座らせてから自分もその隣に座り、まだ泣き足りないのか、ティッシュを抱えて鼻をグズグズさせた。

 梨々花の母親は気を利かせ、もしくは面倒に巻き込まれたくなくて、お茶の用意が済むとさっさと出て行った。私は梨々花が落ち着くのを待って声をかけた。

「大丈夫?」

 梨々花はこくんと頷くと、豪快に鼻をかんでティッシュを脇に避けた。

「ごめんね、大騒ぎして」

 梨々花が落ち着いたようだったので、私は事情を尋ねた。

「今日ね、いいもの見せてあげるって言ったでしょ?」

「うん」

「ほんとはね、一緒にプラネタリウムを観るのを楽しみにしてたの」

「プラネタリウム? あの星の?」

「そう、家庭用のプラネタリウムをこの間お父さんに買ってもらったの。それを今日見せてあげようと思ってたのに……」

 ここまで話してまたこみ上げるものがあったようで、梨々花の目から涙が溢れた。私は梨々花を刺激しないようそっと訊いた。

「壊れちゃったの?」

 梨々花が目をかっと見開いて叫んだ。

「違う! 盗まれたの!」

「盗まれた?」

 梨々花の話を要約すると、今日の昼間に父親の妹、梨々花からすると叔母さんが来て、めぼしいおもちゃをごっそり持って行ってしまったというのだ。ついさっき、梨々花がプラネタリウムを準備しようとしてそれに気づき、父親と口論になったということらしい。

「あの女、自分はシングルマザーでおもちゃを買ってやれない、少し譲ってほしいってママに言ったらしいの。ママは遠慮があるから嫌って言えなくて『少しなら』って答えたらしいんだけど、気づいたらいなくなってたって」

 梨々花は話しているうちに悲しみよりも怒りが増してきたようで、だんだん鼻息が荒くなってきた。

「前にも同じようなことがあって、その時は食器とか花瓶とかママのバッグとか無くなって、ママのママからもらった大事なバッグだから返してってママが言ったら『私は知らない』って、実はフリマサイトで売っちゃってた。だからうちには出禁になってたんだけど、パパがいない隙に無理やり入って来たの。それでママがパパに電話してる間に高そうなおもちゃだけ漁って消えたみたい」

 私はとんでもない話を聞かされている気がしたが、正直なところその時はあまりよくわかっていなかった。ただ、叔母さんが泥棒まがいのことをしていることは理解できた。

「パパはおもちゃくらいならまあいいだろうって言うの。前のことだって曖昧にしちゃったし。そんなの変でしょ?」

 変かどうかと言われたら変だとは思ったが、自分の意見を言えるほど私は大人ではなかった。梨々花はひとしきり怒りを撒き散らすと気が済んだのか、その後はすっかりいつもの梨々花に戻った。

 翌日、家に帰って母に事情を聞かれた際に、何だか詳しいことは話してはいけない気がして親子喧嘩だとごまかした。ただ、金持ちにも苦労があるとわかって、この古びた平和な我が家が少しだけマシに思えた。

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盗まれたプラネタリウム いとうみこと @Ito-Mikoto

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