第18話 両親の訪問②

「…我が娘が、悪いと言いたいのか?」


父は、少し怒り気味でルイス様に問いかけた。


「っ、いえ、とんでもない……」


ルイス様は、その父の殺気を帯びた目にたじろぎ、思わず俯く。


「遅れてきたくせに、態度がなってないな。その乱れた服装と、焦りから、何をしていたかはあらかた予想がつく」

「……!」


その場にいる全ての人間が、息を呑んだ。

つまり、父が言いたいことはーー。


「…あなた、やめてください。アリーがいます」

「っ!ああ、すまない」


父がこの短時間で察するほど、そしてそれをしてもおかしくない人材だと、信頼がなってない証拠だとーー全てのことを教えてくれる事実に少し吐き気がした。


「…さて、ルイス侯爵様」

「…!お前は、アイリスの…!」


リアムが口を開き、ただでさえ焦りを感じさせていた夫の目がさらに焦燥感に駆られる。


「実は、今日私が来たのには理由があるんです」

「そ、そうだな!?ご両親が来ているにも関わらず、図々しく居座っているんだからな!」


ルイス様は、ここぞとばかりに強気に出る。

だけど、リアムはたじろぎもしない。にこやかに、座っているだけである。


「…本当に、失望しましたよ。まさか、幼馴染のアイリスが苦しむ原因が、ほぼ全てあなただとは」


ずっと貼り付けているその笑みは、逆に恐怖を感じさせる。


「…は?」

「まず、愛人の存在。そして、それ以外にも多くの女性と懇意になっては、手を出し、彼女たちの家族や婚約者、恋人からも非難されているとか?中にはーー」

「待って」


そんな話、聞いてない。

愛人がいることに加えて、他の人とも懇意になっていることくらいはわかるけど。

そして、先ほどの父の発言と夫の様子から、認めたくはないけれど、手を出していることも。


だけど、非難されている?


「…どういうこと?リアム、説明して。ーーいいえ、ルイス様、あなたから説明してください」


私は、今、嫉妬などしない。

そんなものは無意味だと、この二年間でよくわかったから。


だけどーー。


「…そ、それは…」

「言えないほどのことなの?私はそんなこと、知らなかったわ」

「…!」


侯爵家の主人であるルイス様が非難されるということは、侯爵家そのものの評判を下げていると言える。そして、それが私には許せない。


立派に侯爵領を治めてきた先代侯爵様、皆に慈しみ、愛情深い侯爵夫人。そして、心優しく温かい侯爵家で働く皆。

その全てが、否定されているようで。


それも、たった一人ーー夫のせいで。


「…リアム。続けて」

「え…ごめん。さっきは配慮が足りなかった。これ以上は、アイリスの精神がーー」

「大丈夫。私も、当事者の一人よ」


いつまでも、被害者面はできない。

私にだって、気づかなかったという責任がある。


「…中には、妊娠させられたものもいるらしい」

「え」


ルイス様はうなだれたまま。両親はルイス様を睨みつけ、レナは私の手を温かく握ってくれる。ルカ様は私に同情の眼差しを向けている。

リアムは、続ける。


「侯爵は、賠償金も払わずに次から次へと相手を変えている。そして、それのせいか仕事が遅れることも多々ありーー」

「そっ、それのせいではない!」


すると、リアムは冷ややかに答えた。


「…それのせいかどうかなんて、どうでもいいんです。ただ単に、あなたの能力が劣っている。それだけでは?」

「なっ……無礼な」

「はっ。無礼?どの口が」


ぐ、とルイス様は言葉を詰まらせる。


「それと、女性関係だけではないそうです。彼は、奴隷の競売所に行く姿が何度も目撃されている」

「え?」


奴隷制度は、随分と昔に違法とされている。

たまに、悪い輩が奴隷を買っている、というのは聞いているが、まさかそれを、夫がーー。


「…そして、彼はその奴隷にまで手を出している」

「待て。その情報は、いったいどこからーー」

「奴隷を買っていることは、認めるのですね?」


私は、もう我慢できずに口を出した。


「まさか、あなたが違法者だったなんて」


私はきっと、彼を一生許さない。


私は、リアムが持って、読み上げている書類を取った。


「まあ…何枚あるんでしょう、これ」


そこには、リアムがおこなっていた数々の悪事が全て記載されている。


それを、両親も覗きこんでは、父は怒りを露わにし、母は呆れたようにため息をついた。


「すまないが、ルイス君。私は、君とやってきたさまざまな事業契約を、全て打ち切ることにしたよ」


父はこう言い放った。


「なっ…契約を打ち切るなんて、それは君主がお認めにならないとーー」

「国王陛下はすでに、これをお認めになった」


父は書類を封を切って夫に見せつけた。

ルイス様は、あんぐりと口を開けている。


「全て我がミラージュ伯爵家のものにしてくださるそうだ」

「そんなことっ……」


ルイス様はどさ、と膝から崩れ落ちた。

そして、はっと何かに気づく。


「そ、そうだ、アイリス!お前はまだついてきてくれるよなっ?助けてくれるだろ?」

「…ルイス侯爵様」


急に呼び名を変えたからか、驚いた表情に変わる。


「よく、そんなことが言えますわ。なぜ、私に「どうでもいい」とおっしゃっていたのに、今更すがってくるんですの?」


女から願い出ることを、法律上では許されていないけれど、もう我慢できない。

私はこれ以上、彼と一緒にいたくはない。


「…離婚してください、侯爵様」



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私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜 月橋りら @rsummer

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