第17話 両親の訪問①
◇
「アイリス様!ご両親様がご到着なさいました」
レナが伝えにきたその知らせを聞き、私は思わず勢いよく立ち上がった。
紅茶をこぼしそうになり慌てて落ち着く。
「じゃあ、応接間にお願い」
「はい、かしこまりました」
およそ2年ほどの再会を、私はすごく楽しみにしていた。
だけど、事情を知られたくはなかった。
昔から愛情たっぷりに育ててくれていた両親のことだ。少しでも親孝行したいという思いもあってルイス様の婚約の申し込みを受けたのだから、今更心配などさせたくない。
「…お久しぶりです。お父様、お母様」
すると、私の姿を久しぶりに見た両親は嬉しそうの立ち上がった。
「アリー!元気にしていた?」
「お母様、私は上手くやっていますから、そう心配なさらないで?」
「……そう、それは良かったわ」
一瞬、迷ったような瞳を揺らがせたが、すぐににこやかなお母様に戻る。
「アイリスに、何かあったらどうしようかと思っていたんだ」
「お父様ったら。心配しすぎですわ」
ふふ、と笑いながらも、内心少し不安だった。
誰よりも私のことを知っているお父様とお母様だから、すぐに気づいてしまうのではないかって。
「ああ、そうだ。ルイス君は?」
「……もうすぐ参ると思いますわ」
そこで、こんこんと扉が叩かれる。
私はてっきりルイス様だと思って、「どうぞ」と軽く返事をしたのだが、開かれた扉の先に立っていたのは夫ではなかった。
「…リアム!?」
「ごめん。今日がご両親がいらっしゃる日だと知らなくて」
「そうなの。事前に知らせておいてくれれば良かったのに」
「本当、ごめん」
すぐに帰ろうとするリアムを、両親が引き止める。
「リアム君。久しぶりだね、元気だったか?」
「…!ご挨拶が申し遅れました。ミラージュ伯爵様、及び伯爵夫人様。お久しぶりでございます。私は元気にしております」
流石、社交界のモテ男だけあって、きちんとしたマナーがなっている。
「今日は、まさかいらっしゃるとは知らず、大変失礼いたしました。すぐに帰りますので……」
「いや、一緒にいればいい。リアム君も何か用があったのではないか?」
「はい、実は…そうなのです」
苦笑しながら彼は答える。
いつもは何もないのに、今日に限って用という用があるなど、偶然すぎるが、ラッキーでもある。
「それにしても来ないわね、ルイス様は。何かあったのかしら?」
お母様の言うことはもっともだ。
ルイス様は、当初はお父様にも色々とお世話になったと聞くから、流石に顔を出さないわけではないだろうけれど……。
「レナ」
こそっと名前を呼ぶ。
「はい、何でしょう」
「…ルイス様をお呼びしてきて」
「かしこまりました」
レナが席を外したところで、お母様は「先に思い出に花を咲かせましょうか」と口を開いて話し始めた。
「それにしても、アリーはよく成長したわ。昔なんて、呆れるほどのお転婆娘だったのだから」
「お、お母様!!」
といっても、この場にはそのことを知っている人がほとんどだ。唯一知らないとすれば、リアムの従者、ルカ様だろうか。
「それに、昔はもっとふくよかでーーそういえば、アリー。あなた、痩せた?」
「え……」
「ちゃんと食べてる?」
お母様は、鋭い。
確かに心を捨てているときは、沢山食べていたけれど、それ以外の時は、あまり食事が手につかなかった。
「は、はい。もちろんです」
「そう……」
彼女にしては珍しく、少し同情のような目を向けた。
そこで、再び扉がノックされる。
「…旦那様をお連れしました」
「どうぞ入って」
ルイス様は、急いで準備したかのような、少し乱れた服装で現れた。
なぜ、遅れてきたのだろう。このことについては、いつもよりもしっかりと伝えてあったはずなのに。
優秀なアークの手違いとは思えない。
おそらく、夫自身の失態だろう。
「遅れて申し訳ございません。伯爵、並びに伯爵夫人」
「大丈夫ですよ」
そのときお母様が、彼を少し睨みつけてからにこやかに返事をしたのに気づかなかった。
それからしばらく思い出話をしていた。
「ああ、そういえば、ルイス君。非常に申し訳ないのだが…」
「?はい」
「今回、君とする予定だった事業の話なんだが」
「ええと……鉱山のやつですね」
詳しいことは知らないが、簡単に言えば父が経営している鉱山で採れた鉄の加工をする事業をはじめる予定だとか。この侯爵家はお金があるし、加工業を生業としている頃もあったそうだから、資料は多く、また始めやすい。今は木造建築が多いが、そのうちこうやって金属も使われていくだろうと父は話していた。
「ああ。それなんだが、君に手を貸すのをやめようと思う」
「……!?それは、と、取引をしないって、ことですか……!?」
父はこくんと頷いた。
「なぜですか!」
「さあ、何でだろうね?考えてみてほしい」
「は……?」
父は、珍しく意地を張ったように、ルイス様に問いかける。
困惑した様子の夫を見て、でも私は助けようとか、そういうのを一切思わなかった。
「なぜ……」
「君のふしだらな行いのせいだろうね」
ルイス様は、何かに気づいたようで、顔を真っ青にする。
そして、私に咎めるような視線を送ってきた。
「…我が妻が、何か話したのですか?」
「は?」
「そういうのは、たとえ大事な愛娘の言うことでも、戯言だと思って聞き流してください。でないと困ります」
最後の言葉は、きっとおそらく私に言ったものなのだろう。
そして、お父様とお母様は、事情を知っているーー。
彼らに働きかけたのは、二人に絞られる。
どちらも、私を大事に思ってくれている。専属侍女レナか、あるいは幼馴染リアムかーー。
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