駅のホーム
酩酊状態で、ふらつきながら最終電車に乗っていた。転勤先での接待が続き、今日も酒が進んでしまった。時計を見ると、日付が変わり最終電車だ。やがてアナウンスが鳴り響き、電車は次の駅に到着する。
「終点だ……降りなきゃな……」
酔った頭で考えながら、彼は駅に降り立った。ホームには人気がない。酔いのせいか、頭がぼんやりしていたが、冷たい夜風が少し彼を目覚めさせた。
「静かだな……こんな時間だから、当たり前か……」
一人きりのホーム。普段は気にも留めないことが、どこか異様に感じられた。周りを見渡すが、改札口に続く階段が遠くにぼんやりと見えるだけで、他には何もない。電車は音もなく発車して、やがて完全に視界から消えていった。
「まあいいや……早く帰ろう」
足を重く引きずりながら、階段に向かおうとしたその時、ふと背後から何かの気配を感じた。振り返るが、誰もいない。妙な胸騒ぎがするが、気にせず進もうとしたその瞬間、足が動かなくなった。
「……え? 足が……動かない?」
彼は驚いて、自分の足元を見た。まるで見えない鎖に縛られているかのように、足がホームから離れない。全身に冷や汗が流れる。
「何だこれ……なんで……動けない……?」
力を込めても、踏ん張っても、体は微動だにしない。それどころか、背後から徐々に圧力のようなものが迫ってくるのを感じた。
「誰か……いるのか……?」
震える声で問いかけるが、返事はない。しかし、その気配は確実に近づいてきていた。耳元で囁くような声が聞こえた気がした。
「……帰れないよ……ここから……」
振り向こうとするが、首も動かない。気配は背中に触れるほど近くなり、耳元に冷たい息遣いを感じた。
「ここに……ずっと……いるんだ……」
声が鮮明に聞こえた瞬間、彼の視界が暗転した。
――翌朝、鉄道会社の職員が駅のホームを点検していた。最終電車で降りた乗客は一人もいなかったはずだが、ホームの片隅に、ぬれた靴が一足だけぽつんと残されていたという。
ホラー短編集 MKT @MKT321
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