第二話「星」

 物心つく頃には、俺はもう森に棄てられていて。唯一、涙を流して俺を置いていく女の顔だけは、覚えていて。

 泣くくらいなら後悔してるなら棄てるんじゃねえよ、なんて、思ったりして。

 そして、生まれてはじめて聞いた「声」は……


「たっ……助けてくれ。命だけはぁぁ! 」


 自慢の鐡翼をもがれて、醜く地べたを這いずり、涙ながらに訴える暴帝龍ヴァスラギラゴンの命乞いだった。


 まあ殺したけど。


 …


ヌァニしとんねんおのれェ! 」

 夕焼け空に、甲高く耳をつんざく、北海なまりの怒号がこだまする。足元から聞こえる。見下す。見知った顔の小太りのおっさん。北海義軍ヴァキンドーレの提督殿だ。


「おのれのシバいたんはエイリークや! 義軍ウチの最強の戦士だったんやぞ! 」

「あー、弓矢のあいつ? 」

 生憎、身に覚えがあった。というか嬉しかった。やはりあいつは、弔うに値する戦士だったのだ。


「それはそれとして金くれ金。防衛戦は高報酬、だろ? 」

「…………263人」

「ん? 」

「…………263人の誤殺、余波で着底した軍艦6隻、全壊した兵舎3つ。ここまでされて金を出せと……? 」


 勝ったじゃん。

「勝ったじゃん」


「こんなん"勝ち"言えるかボケェっ! 」

「海戦中に嵐来て、敵も味方も全部沈んで、そんなんで勝鬨トキあげられるか! 」

「依頼書読んだんかおのれ? ! ハロルドは我が軍の最重要拠点! 兵舎にもフネにも傷一つ付けるなと、散々書いておいたやろがいッ! ! 」


 そんなん言われても仕方ないやろがいッ。気付いた時には、その依頼書とやらは"相棒"の腹の中だったんだから。


「いいから金くれよ金。タダ働きさせる気か? ぶっころすぞ」

「やれるもんならやってみろや。傭兵はの世界と違うんか? 依頼内容もロクに守れず、挙げ句の果てに逆ギレで依頼者を殺害……そんな傭兵を雇いたいと思うやつがどこにいる! ? 」


 確かに。一理ある。

「わかった。わかったけどよ。せめてワラくらいはくれよ。布団にも服にもなる。何より相棒コイツの主食なんだ」


「使い古した廃棄用ならアッチにある。勝手に持ってけボケナス」

 ……結局、ワラだけもらって帰路に着いた。


 ──去ってゆく、そのいわおのような巨体が、大山脈の彼方へと消え去るまで、北海義軍提督ニーベルングはいつまでも睨み続けた。

 ──部下たちは物陰に隠れて、その小さな背中をじっと見つめていた……憧憬どうけいの眼差し。あのバケモノに単身立ち向かい、論理を武器に口撃で追い払った。カロルドソンも怪物だが、自分たちの上司もまた、北海最強の艦隊を率いるに相応しい傑物であると思い知ったのである。


 …


「めでてぇな、食料ワラだ食料」

「おまえだけなー」

 帰るついでに狩りをしてみる。思った通り何も獲れない。「俺が来た」というだけで、全ての森は無人ならぬ無獣になる。鳥は空の果てへと飛び立ち、狼は谷底へ降り、虫は地中深くにもぐる。ネズミだけは、あいつらバカだからのこのこ来てくれるのだが。今日はそれすら、獲れない。


「別に、その辺の草でいいじゃん」

「俺はヤギてめえじゃねえぞ」

「山に生えるコケだけで半年耐えたことだってあったじゃないか」

「ああ、あれは辛かった」

 二度とやりたくない。


 ……仕方ないので、木なり草なりキノコなり、持ってけるものは全部持ってくことにした。


 ──北海南西部最大のトールの大神森は、この日まっさらな更地となった。


 …


「傭兵、辞めやらどうだ? 」

「俺に傭兵コレ以上の天職があるとは思えねえが」


「でも稼げてねえし、意味ねえじゃん。南海帝國みなみならよぉ、豊かだし、仕事だってたくさん……」

「嫌だね。

 元々生まれは南海だ。だが、暴れることしか取り柄のない俺には平和たいくつすぎた。だから乱世の北海に来たのだ。


「平和だからこそ、できる仕事もあるんじゃねえのか? 大道芸人とか、よぉ」

 俺に熊や虎と踊れってか? 締め落とすのではなく?


 議論は平行線のまま。日はどんどん暮れていき、朱く染まった坂をのぼる。見たことある景色が増えていき、旅路の終わりへと近付いていく。荷物が荷物なので、流石に時間はかかるが、それだけだ。

 この最高に時間を耐えられるのも、さんざんに浴びた鮮血の余熱が身体を火照らせてくれているからだった。やはり俺には、戦いが要るのだと実感する。


 …………と、そのときだった。


 ズボッッ! !


「うおっ」

 地面に穴が空いた! かなり深い。腰まではまった。が、痛くはない。真っ先に"相棒"の無事を確かめる。


「大丈夫だけどよ……こいつぁ、猟罠ってわけじゃなさそうだぜ」

「どういうこった?

 生憎俺の位置からじゃ、"相棒"と同じ目線には立てない。一度穴から抜け出し、"相棒"をすくい出してから、今度は俺だけ入る。


 すると……

「あ? 」


 穴は横にも伸びていて。その先に、ランプがひとつ灯っていた。見える。見たことない煌びやかな服に身を包んだ少女がひとり、そこで「眠っていた」。


 少女を、"相棒"に見せる。

「きれえな銀髪だ。こりゃ巨神ヨトゥンの血が流れてるぜ……ただ、見たことねえ格好だ。こんな服装の民族は、少なくとも北海にはいねぇ」

「じゃ南海か? 」

「そこまでは俺も……」


 話し合っていると、その声につられたのか少女が目を覚ました。銀色の瞼がじわっとにじみ、くしゃっと頬を歪めると、少しずつ空色の瞳が見えてきて……目が、合った。


「…………は? 」

「あ? 」


「………………………はぁ! ? 」

「あ゛ぁ! ? 」


「誰あんた! エッナンデ! ? ナンデ私! ? 」


 右見て左見て上下を見て、また左。忙しそうな少女に"相棒"が告げる。

「悪かったな起こしちまって。だがよ、こんな道の真ん中で穴掘って寝てたテメェにも非があんだろ? 」


「穴ぁ! ? 失礼な! ! あれは魔法よマ・ホ・オ! 」

「次元を歪めて空間を作る、超高等魔法なのよ! ? 」

「いや、まっ、見たことないんでしょうねえ? あんたら北海の蛮族なんて…………や、ヤギが喋った! ? 」

 表情の豊かなやつだ。


「でもどういうこと? 寝てたとはいえ、私の得意魔法おはこがこんなあっさり破られるなんて……あんたたち、何者? 」

「ただの"傭兵"だが。それが何か? 」


 …


 これが俺たちと、天才魔女、「星のラズール」との出逢いだった。

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聖鬼星 衛洲圭 @130808

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