聖鬼星

衛洲圭

第一話「鬼」

 ……いつからかは知らんが。俺は、「鬼」と呼ばれてるらしい。


 …


伝書鳩ハトがきた。黒い鳩だ。北海義軍ヴァキンドーレさ」


 "相棒"の呼びかけで、目が覚める。冷気とワラの臭いが鼻をつく。

「指令は」


「食っちまった」

 "相棒"はそう言って自慢げに蹄を鳴らした。お前を食ってやろうかと思った。

 人語を解せるヤギなんて、俺でもなけりゃ、とっくに見せ物小屋に売ってる。


 起き上がる。が、うまく立てない。右足の指が一本しかない。昨日は二本あったのに!

 もしかしなくても凍傷だ。"相棒"は手紙どころか、寝床のワラにまで口をつけていたらしい。つくづく恨めしい。


 森に棄ててあったのを、コムギ一粒ほどの小さな出来心で、拾ってしまったばかりに。母親アレを思い出して、他愛のない畜生の不幸を、ふと擬人化しちまったばかりに。

 ……捨てるに捨てれず20年の仲だった。


 ため息ひとつついて、朝飯を「探す」。

「あった」


 部屋の隅っこに落ちてたそれ……カチンコチンに凍ったネズミを、バリバリ頬張る。流石の"相棒"もこれは食えんだろう。ホコリの風味が強烈だが、悪くないと思えなければ、この仕事は務まるまい。


 "傭兵"の朝は早い。


 黒い鳩なら行き先は決まってる。武都ハロルドの西の港。赤い鳩ならキレてた。贖清教会バーサーカンは拠点をいちいち変えやがるから。白い鳩もまあ面倒臭い。貴族は清潔を重視するから。つくづく俺とは合わない。


「仕事だ」

 持ち物は斧一本。担いで、"相棒"に乗る。特に何か言うまでもなく、大ヤギは軽快に奔り出す。あの暴食の代償が、この足の指で、得るものがこのスピードなのだとしたら、悪くはないかもなとふと思うのだった。


 何せ、俺が住んでるここは、6000メッタの山の上なのだから。


 …


 ハロルドが見えてきた。5時間かかった。

 黒い煙が、たくさんのぼってる。


「「うひょっ」」


 俺も"相棒"も、考えることは同じだった。

 戦いが起きてる!


「そういや、今日の仕事は防衛戦だとかなんとか、書いてあったっけ」

「それをはやく言えよぉ〜! 」

 蹄のラップが加速する。早く速く疾く捷く!

 いそげいそげと檄を飛ばす。


「いーそーげよ! 」

「やってるって……痛っトゲ踏んだ! 」

「気にすんな薬なら後で買ったる! 飯も布団も服も、何でも手に入る! 」

「だって防衛戦は……報酬おだちん高いんだぜえッ! 」


 カカカカカカカカカカ……ビュワッ! !


 カワセミのように直線マッスグに、振る釣針のように高く。放物線を描いて、小高い木柵を跳び越えて、大ッッッ好きなかねの匂いを全身に感じて、一番近くにいた兵士の首を、全力で刎ねとばした。


「……間違えた」

 北海義軍みかたっちゃった。


 …


 ──乱戦は、坩堝に代わる。悲鳴の坩堝に。

 ──北海義軍の主要軍港であるハロルドを、漁協組合ギルドと南海帝國の連合軍が襲った。片や、港の利権を得るために。片や、北海征服の足がかりとするために。


 ──しかし、そんな込み入った、政治的な事情で始まった戦争は、ひとつの「災害」の出現で、喜劇へと変わり果てた。

 ──風呂敷を広げすぎて、収集がつかなくなった物語を、無理やり終わらせるために、機械仕掛けの神様を投入して「そのとき神様が現れて全部解決しましたとさ」と幕を引いてしまう手法がある。"それ"は、まさしくそんなものであった。


 ──傭兵「鬼のカロルドソン」。3メルテの巨体を誇り、神の化身かと見紛う金毛の大山羊を駆り、目に映る全ての敵を……たまに味方も、豪快に刎ねとばしていく様は、まさに文明を呑み込む大海嘯かいしょうの如くであった。

 ──三つ巴の思惑が交錯する、パッチワークのようであった戦場は、今、ひとつのベクトルに支配されつつあった。そう……迫り来る「災害」から我先にと逃げようとする、一直線の人の群れである。


「ひっ、ひっ、ふぅっ! 」

 左に薙いで、右に薙いで、左にたたく。

 二つの首が宙を舞い、一つの頭が卵みたいにぱっかり割れる。何のリズムかは知らねえが、俺はこの音頭が大好きだ。一番気持ちよく、一番豪快にブッ殺せる。


 ひっひっふぅっ!

 ひっひっふぅっ!

 ひっひっふうたらひっひっふぅッッ!

 ほい、死体1ダース。いっちょあがり。


 ヒュカ!

「おっ? 」


 肩に棘が刺さる。違う矢だ………………ここから先は、記憶がない。

 俺に、矢を放ったやつがいる。それを知覚した瞬間、もう、首の数を数える理性も吹き飛んだらしい。


 気付けば全てが終わっていた。


 積み重なる肉片の山の中に、俺と"相棒"だけがいた。刺さってた棘……いや矢は、最終的に4本だった。毒矢だったのだろうか、ちょっと酔っ払っている。

 斧は持っていなかった。代わりに、一人の兵士を握り潰したまま、膝の上に載せていた。その手には大弓が握られていた。


「……死んでも手離さなかったのか」

 こいつだな、と確信した。

 肉の山を跳び越えて、すぐ近くの小高い丘の麓に、それを安置した。適当な(それでも一番豪華な)剣を抱えさせ、適当に摘んできた(それでも一番綺麗な)花をそえる。"戦士"の弔い方だ。


「"戦士"には敬意を……"傭兵"の掟だ」

 あの戦場で、俺にとって、"戦士"はこいつだけだったらしい。

 祈りの呪言を唱えようと屈んだとき、ふと、そいつの胸の紋章マークが目に入る。


 ……ツノ付き兜と、聖杯と、交差する斧。


 ……北海義軍みかただ。


 またっちまった。

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