第34話

【ある古びた研究日誌-1】

 知性とは猛毒である。退屈を燃料として次々と疑問を産み出し、それが満たされるまで我々を好き勝手に衝き動かし、収まってくれない。時にその疑問は、観念的かつ哲学的な物にまで及ぶから始末が悪い。

 我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々は何処へ行くのか?

 死とは何だ? 生命とは何だ?

 我々は生まれる前は一体どこに居て、死んだ後はどこに行くのだ?

 生命の答え。私は、それに憑りつかれてしまった。これを解明するまで、しばし私は私の知性に振り回される事になるだろう。長い旅路になりそうだ、せめて楽しんで行こう。










「……なるほどね。"焚書庫"……。中々そそるネタ持って来たじゃねえか」

「でしょう? 貴女、なんだかんだ言って【初代王】の伝説が好きらしいですから。きっと食いついてくれると思いました」


 どうも。賢い犬クライヒハール (原型無し)、クライヒハルトです。

 

 あの後、なんかメッセンジャーとしてマリー様の元へ行こうとして……頭脳明晰な俺の脳細胞が囁いたのだ。"これ、どうせこの後エリザ辺りが決めた方針をまたルキアに伝えに行くだけだな"と。"この伝言ゲーム、実は俺いる意味ないな"と。


 じゃあ直接話せば良くね??? と思い、すぐに引き返してルキアをマリー様達の元へ連れて行き (ルキアは滅茶苦茶戸惑っていた)……俺はいつも通り、向いていない頭脳労働を他人に丸投げする事が出来たのである。賢いぜ、俺。どうも。IQが乱高下する男、クライヒハルトです。


「さて。静観だ、譲歩を引き出す"待ち"だなんだと余裕こいてた貴女ですが……どうです? これで、私に付いてくれる気になりましたか?」

「んー……」

「ふふん、ぐうの音も出ませんか。だいたい、貴女のそういう『俺は全部計算通りですよ?』っていう態度が前から気に入らなかったんですよね。友達とかいます? 同士だけでしょう、貴女の周りに居るのは。力で惹きつけるだけで、他人に影響を与えられないから【英雄】は―――」

「―――【俗物的奇跡インスタントプレイ転送アポート】。へえ、成程。こんな本あったのか」

「――って、ちょっとぉ!!」

「え? 何だよ、"焚書庫"の実在をバラした時点で普通こうなるだろ。今までは焚書庫が存在するか分からなかったから出来なかっただけで。実現するための筋道が立ってねえと、俺の【異能】は使えねえからな」

「何開き直ってるんですか! 窃盗、剽窃、あと何か色々の犯罪です! 聖女権限で極刑にしますよ!!」

「分かってるよ……【俗物的奇跡インスタントプレイ返送アスポート】。ほら、これでいいだろ? 情報の裏を取っただけだ、そう怒るなって」

「ん。じゃあ、帝国わたしからも詳しい条件の話をさせてほしい―――」


 楽~~~~~~~~~~~~~~~~(人間の屑)。

 やっぱ……俺より頭の良い人に任せるのって、楽でいいよな……。人生の積み荷を下ろすと言うか、選択と決定というド級の責任から逃げられた安心感がある。被支配の快楽という物だ。全てを人に委ね、支配されるというのは、それはそれで気持ちいいものである。君もこっちに来ないか? クライヒハルトはいつでも仲間を募集中、ここはアットホームな職場です。


 商人であるエリザは勿論、帝国皇帝であるリラトゥも頭のキレはかなりの物である。以前、一瞬見ただけの魔族の呪文を暗記していたように、彼女は頭脳も怪物級なのだ。マリー様を除けば、彼女が最優の英雄だと俺は考えている。


 リラトゥとエリザが交渉を進めている様子を気楽に眺めていると、ふとマリー様がこちらに近寄って来た。頭脳派系に交渉を任せた方が良いと、マリー様もそう思ったのだろう。ソファでくつろぐ俺の横に座り、こそこそと話しかけて来る。


「……ちょっと、クライヒハルト……」

「あ、マリー様! ごめんなさい、結局なんでルキアが俺を先輩呼びしてるのかは分かんなかったです。先輩呼びの理由は? 調べてみましたが、分かりませんでした!! いかがでしたか?」

「何、その役に立たなさそうな言い回し」

「それよりも……俺は気付いたんですよね。やっぱ、向いてない事は人に任せるのが一番だなって……。俺に向いているのは暴力!! それだけ!! それ以外は外注で済ますのが、賢い大人の時短テクというものですよ……」

「貴方、ほんと良い性格してるわよね。実際、上手くいってるから正解なんだけど」

 

 ワハハ! と高笑いする俺を見ながら、マリー様はため息を吐く。


「それで?」

「……それで? いや、もうこれ以上特に言う事は何もないですけど……。後はエリザとリラトゥが上手く話を進めてくれそうですし」

「そうじゃ無くて……ルキアに言い寄られて、またデレデレしてないかって事よ」


 そう言って、マリー様は俺の頬を軽くつまんだ。ワフン♡


「いい? あなたの事、前よりはずっと信用してるけど……誰にでもお腹を見せるアホ犬だってことも、前よりずっと分かってるんだからね。貴方のご主人様が誰なのか、しっかり覚えておく事。良いわね?」

「ワフッ、ワフッ……!」

「ふふ、そうそう……そうやってマゾらしく良い子にしてれば、ちゃんとご褒美はあげるから……。いいわね、マゾ犬?」

「ワン!!! ワン、ワワン!!!」

 

 イヌヌワン! (本家リスペクト)

 マリー様、『囁き』という戦術を手に入れてからまた一段とご主人様としてお強くなられたよな……。周囲で真面目な話が行われている中、俺だけ女王様になじられているという背徳感とスリルが快感を倍増させる。流石ですマリー様……。


 俺とマリー様がそうやってイチャイチャ (主観)することしばし。


「《b》あー!! ほんっと嫌いです!!《/b》」


 突然、バァン! と机を叩く音と共に、ルキアが立ち上がった。


「良いですよ、聖教側にでも何でも味方すれば良いじゃないですか!! 全部捻りつぶして見せますから! だいたい、協力を乞う立場はそっちも同じなのに、何でそんなにデカい態度出来るんですかね! あー、やだやだ!」

「あ、おい……! 待てって、」

「待ちません!! さようなら、貴方たちに紛い物の祝福がありますように!!」


 そう叫んだルキアは、つかつかと扉へ歩いていくと、「死ね!!!!!」と一声叫んでから出て行ってしまった。勢いよく閉められた扉の残響が消え、後には痛々しい沈黙だけが残る。


 ええ……? 何? 何が起こったの?


 さっきまで『リラトゥとエリザ、この二人に任せておけば問題無いやろ! ガハハ!』って思ってた俺が馬鹿みたいじゃん……。またIQが下がる気配がしてきたな。ポンド円より乱高下、まったくクライヒハルトIQの外国為替証拠金取引FXは殺人通貨だぜ。


「ど……どういうこと?」


 どしたん? 話聞こか? と思いながら恐る恐る問いかけると、エリザとリラトゥはいつもより少し小さな声で答えた。心なしか、いつもの覇気が陰っているようにも見える。


「……すまん。やりすぎた」

「ごめんね?」

「ええ……」


 話を聞いてみると、どうも交渉で色々吹っ掛けすぎたらしい。関税を下げろだとか、貿易を融通しろだとか……。実際、【英雄】4人が仲間 (マリー様含む)である俺たちの勢力は圧倒的だ。聖国内での争いも、好きな方に勝たせることが出来るだろう。キャスティングボードを握っているという優越感から、つい色々有利な条件を呑ませようとしてしまったようだ。エリザの強欲さというか、悪い所が出たと言えるだろう。


「いや……すまなかった。こっちが圧倒的に優位だっていう舐めた態度もあったが、元々俺とルキアは仲が悪いんだよな……。向こうも俺の事が嫌いだし、この際徹底的に"格付け"してやりてえと思ったら、ついやりすぎちまった……」

「私も止めなきゃいけなかったんだけど、エリザがどんどん吹っ掛けるから、帝国が不利にならないように便乗せざるを得なかった。ごめんなさい……、でも、大体エリザのせい……」

「は? 何だお前、人のせいにするつもりか?」

「……真実を述べているだけ。貴方が事の発端でしょ」

「え、【英雄】って全員仲が悪すぎない……?」

 

 謝罪しながら喧嘩するという器用な真似をする二人を見ながら、マリー様がそう言って頭を抑える。俺も同感である。ルキア、エリザ、リラトゥ。この三人、三者三様に仲が悪い。英雄ってやっぱりコミュニケーション能力に難ありだよな。


 エリザも多分、普通ならこんな失敗はしないだろう。だが彼女にとって、"同格の人間"など殆どいないため、つい加減を間違えてしまうのだ。


「えーっと……取り合えず、話を纏めるわよ。 二人とも喧嘩しないで! 分かってはいたけど、ルキアに味方するって方針で良いのよね?」

「……ああ。元々、旧聖教勢力に味方するルートは、よっぽどルキアが非協力的だった場合のみの予定だった。"焚書庫"を持ち出すほど向こうが状況を弁えてるなら、当然、唯一無二の【異能】を持つルキアに付くのが得策だ」

「よし! リラトゥも、それで大丈夫?」

「うーん……正直、ルキアの事はあんまり好きじゃないけど……また【魔人】が来たら、強くなった私はともかく、エリザは負けちゃうもんね。ルキアは万一の保険になるし、私もそれで良いと思うよ」

「コラ、挑発するような事を言わない! ……貴女、私に怒られたくてわざとやってない?」

「えへへ」


 そう言って、リラトゥは嬉しそうに笑う。コイツ……! マリー様に叱られるのは俺の役目だぞ!!


「あー……という訳だ、クライヒハルト卿。すまないが、もう一度ルキアの所に行ってやってくれないだろうか? 俺が行くとまた同じ事になりそうだ」

「これ、ちゃんと俺経由させる意味あったんだな……」


 ご主人様の縄張り争いナワバリバトルをしている俺に、エリザが申し訳なさそうな顔で話しかけて来る。クライヒハルトが仲介業者と化している。


「条件に関しても、まあ多少融通してくれるだけで構わねえよ。元々、無宗教を掲げる商国俺たち相手には、他国より厳しい関税が掛けられてたんだ。それを緩和してくれればいい」

「あ、そう? というか、マジで前々から国家間も仲が悪かったのか」

「そうそう。国教を聖教にした国だけ優遇してよー。この際、それがマシになるだけでも十分だ」


 エリザがバチン! と指を鳴らすと、火花とともに一瞬で細かく書き込まれた書類の束が出来上がる。【異能】で完成までの過程をスキップしたのか。【俗物的奇跡インスタントプレイ】、マジで現代社会だったら一番欲しい異能だな……。


「えーっと、この書類が他国との比較で……交易したい物品のリストも出しとくか」


 バチン! バチン! と、次々に書類が積まれていく。ほへーと思いながらそれを眺めていると、おずおずとマリー様が口を挟んだ。


「あの……一応聞いておきたいんだけど、聖教については良いのかしら?」

「あ?」

「えーと……ルキアは『自らが神だ』って、教典を変えようとしている訳じゃない? ずっと実利とか【異能】の話しかしてなかったけど、その辺りは良いのかなぁ、って……。私も今まで【異能】に気が取られてたから、すごく今更なんだけど……」


 そう言って、マリー様が悩まし気に腕を組む。可愛い~~~~~~~~~~!! マリー様レベルのバストで腕組みするのは反則ですぞ。


 しかし、正直俺も教典云々は頭から抜けかけてたな。だって、英雄って全員破綻者なのがデフォだし……。ルキアのヤバすぎる主張も『あ、そういう感じね』としか受け取って無かった。そこに気付くとは……やはり、マリー様は天才である。


「「…………?」」


 そんなマリー様の疑問に、しかしエリザとリラトゥは心底疑問そうに首をかしげる。


「……いや、どうでも良いな……。教典って、つまるところだろ? 熱心な読者が大勢いるのは把握してるが、俺は一部改訂の度に大騒ぎするほどファンじゃないんだよな」

「私、聖教徒じゃないから。パパとママが昔虐められたらしいし、聖教はどうなっても良いかも」


 【悲報】英雄、人倫が無い。

 

「……そ、そう……」


 あまりにもあまり過ぎる二人の回答に、マリー様が絶句する。こいつら頭が終わっておるのじゃ! さしものクライヒハルトくんもちょっと笑っちゃったぜ。やっぱ英雄って”本物”だよな。


「あ、いやいや、沢山の信者がいる事は凄いと思ってるんだぞ!? 【英雄】であるルキアに対抗できるほどの篤い信仰心は、本当に素晴らしい。そういう意味で、俺は聖教を滅茶苦茶高く評価しているんだ。本当に。ただ、神とかそういうのを全部嘘っぱちフィクションだと思ってるだけで……」

「何のフォローにもなってないぞ」

 

 マリー様と俺がドン引きしたのに気づいてか、エリザがそう言い募るが、完全に逆効果である。そりゃルキアとも仲悪いわ。今まで戦争に発展してこなかったのが奇跡なんじゃないか?


「異常金銭愛好者……」

「私も熱心な聖教徒って訳じゃないけど、ここまで極端だとちょっとビビるわね……」

「うるせえ! ……とにかく! 今後の事を考えても、ルキアを勝たせた方が諸々都合が良い。あいつの【異能】はマジで唯一無二だからな。で、そのための方策だが…………」


 そう言って、エリザは滔々と今後の方針を語り始めたのだった。










 ルキア・イグナティウスは神である。

 理由はない。己が神であると決めたから、神なのだ。我が身は肉体ピュシスではなく言語ロゴスによって成る。今後千年にわたって民に語られる、神聖なる存在。それが私である。


「『聖武試合せいぶしあい』に出る」


 【英雄】、クライヒハルト卿先輩は開口一番にそう言った。相変わらず、惚れ惚れするような覇気だ。昔と変わらず、とてもではないが【英雄】とは思えないほどに神々しい。


 先輩は、聖教で曲がりなりにも司教にまで昇り詰めた男に『神が宿っている』とまで言わしめた意味を、本当に分かっているのだろうか? 謀略が渦巻き、僅かな失態が命取りになる権力闘争に打ち勝って来たものが、そんな失言をする訳が無いのだ。


 クライヒハルト卿こそ、神の現身。そう主張した彼は、狂ったとされて今はどこかの田舎で細々と暮らしているらしいが……この姿を見れば、それも無理はないだろうと思う。一般人と……いや、【英雄】としてさえ、格が違うと思えるこの威風を見てしまえば。


「聖武試合……ですか」

「ああ。【英雄ルキア】相手に抵抗できるほど覚悟が決まってる奴ら相手に、ただ諦めるように言っても効果は無いだろうからな。大聖祭の目玉イベント、各国の【異能者】や準英雄級さえ出場する武闘会、聖武試合。それに出場して、トロフィーである『聖者の冠』を手に入れる」


 何でもない事のように、先輩はそう語る。切れ長の目に、サラサラと流れる細い髪。世界が彼を愛している。一挙手一投足に、意識を掴んで離さない魅力が詰まっている。


 先輩、やっぱりカッコいいです……。そう内心で感嘆しながら、ルキアは冷静に思考を回す。


 ルキア・イグナティウスは、【英雄】としては部類に入る。【異能】こそ群を抜いて強力だが、その肉体強度自体はせいぜい準英雄級と同程度。武術の心得も薄く、試合形式のルール次第では【異能者】や精鋭騎士にすら負けうるだろう。この直接戦闘力の低さこそ、ルキアの政争が長引いている要因である。


「(……だからこそ聖武試合に出場して、私の力を証明する予定だったけど……大聖堂カテドラルの老人たちも馬鹿じゃない。何人も異能者や準英雄級を送り込んで、私の権威を失墜させようとしている)」


 大聖祭の目玉、聖神せいしんへ己の武を捧げる『聖武試合』。各国から武芸者が集まり、最も民の注目が集まるイベントだ。もちろんルキア自身も参加登録は済ませているし、カテドラル勢力が息の掛かった準英雄級を何人か送り込んでいる事も把握している。


 ルキアは己の力量を正しく把握している。今の自分では、恐らく優勝は五分五分……もしくはもっと低いだろう。そして、負けた場合のリスクは計り知れない。


 だが先輩が味方してくれるなら、聖教におけるルキアの優位は決定的な物になる。聖武試合で優勝するというインパクトの大きさも良い。先輩の力を見せつければ、カテドラルの老人も流石に心が折れるだろう。


「嬉しいです、先輩……! 先輩なら、絶対優勝できます!」

 

 胸の前で両手を組んで、敬愛する先輩へ詰め寄る。クライヒハルト卿の数々の逸話は聖国でも有名だ。龍を殺し、魔人すら殺した最強の英雄。彼が出れば、聖武試合の優勝は間違いないだろう。


 しかしクライヒハルト卿はポリポリと頬を掻き、何故か非常に申し訳なさそうな顔で続ける。


「いや……それなんだが、少し謝らないといけない事があって……」

「?」

「ほら、試合形式やルール次第では俺も反則負けする可能性があるだろ? それに、『せっかく力を見せつけるなら派手にやらねえと』って……。だから一応、エリザとリラトゥも出場したいって言っててな……」


 エリザ。リラトゥ。その名前を聞いた瞬間、ルキアの脳内がひどく冷える。

 商国と帝国の【英雄】。どちらも、先輩に分かりやすい色目を使っていた雌どもだ。


「ふーん……そうですか。」

 

 聖教の謀略に慣れたルキアには、強欲なエリザの狙いが手に取るようにわかる。

 彼女はつまり、聖武試合をに仕立て上げたいのだ。


 クライヒハルト卿は謙遜しているが、非の打ち所がない"完璧な英雄"である彼が、万一にも負けるわけが無い。つまり嘘。ならば重要なのは後者、『力を見せつける』方……。誰に見せつけるのか? それは当然ルキアとリラトゥであり、更に言えば試合を見た民衆たちにだ。

 先刻の交渉で行われていた<格付け>の続きだ。【英雄】とは、国家の象徴である。クライヒハルト卿を有する王国が1位なのは確定なのだからと、彼女は2位以下の序列をこの絶好の機会で決めようとしている。


 一手に複数の意味を持たせないと気が済まない。いかにも金の亡者であるエリザが考えそうな事だ。ルキアは彼女のそういう所を本当に軽蔑している。

 

「いやほんと、武芸者の方々かたがたには大会を怪獣大乱闘に変えてしまいそうで申し訳ないんだが……」

「……良いですよ」


 低い声でそう返事する。先輩の前では常に一番可愛い自分でいたかったが、下らない策略に巻き込まれた怒りがそれを上回った。


「登録締め切りにはまだまだ時間があります、問題なく参加できるでしょう。神に武を捧げる神前試合を【英雄】が行うのは、聖教的にも意義深い事ですし……。他の参加者たちも、【英雄】の戦いを間近で見れるのなら喜ぶでしょう」


 問題はない。ルキアは確かに【英雄】の中では弱く、場合によっては準英雄級にすら負け得るが……彼女が聖国の【英雄】となって以降、。戦争狂であった前帝国でさえ、聖国に対しては静観を貫いていた。その理由を思い知らせてやる。


「ねえ、先輩?」


 うるんだ瞳で、先輩の顔を見上げる。己が最も魅力的に映る角度、表情……そういう物を、ルキアはよく研究し尽くしている。


「先輩は、私を一番に応援してくれますよね……? 私、あんな意地悪な人たちに負けたくないです……」

「え? ええっと……(みんなを)応援してるよ」

「ありがとうございます! 嬉しい!」


 身体が触れるか触れないかの距離感まで近づき、先輩の手を優しく握る。あたたかい手だ。 

 ルキアは、自分の美貌を自覚している。私は可愛い。シスター服をアレンジしたこの服だって、自分の体型に合わせて特注した物だ。相手に与える心象イメージを少しでも良くするために、自分磨きを怠った事は無い。

 応援していると、先輩がそう言ってくれたのだ。つまり自分が神であり、民に崇拝されるに相応しい存在であると太鼓判を押してくれている。


「えへへ……先輩、安心してくださいね」


 鏡の前で何度も練習した笑顔で、ルキアはそう笑いかけた。


「聖武試合では、対戦相手の殺害は合法ですから」

「ヘヘ……エヘヘヘヘ……オホホホホ……」


 先輩の隣は私一人で良い。そういう想いを込めて、ルキアはにこやかに笑った。



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【書籍化】異世界転生したのでマゾ奴隷になる 成間饅頭 @berutoruto

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