第33話
もっと大きなスケベを狙いませんか? 青少年の育成に悪影響であると判断されるようなスケベです (両手の指を合わせながら)。
どうも。マリー様の忠実なる信徒、クライヒハルトです。
「うおおお……サグラダファミリア……」
「何言ってるの???」
馬車に揺られ、橋や関所を超え……俺たちは、ついに聖国へと辿り着いた。上記のセリフは、聖国の街並みを見た俺の素直な感想である。
なんかこう……凄いのだ。歴史と神聖さを感じる。中央にはめっちゃくちゃデカい聖堂がドドンと佇み、碁盤目状の道には石畳が整然と敷き詰められている。行った事無いが、たぶん海外のデカい教会の周りってこんな感じだと思う。聖堂と教会の違いも分からない俺だが、それでもちょっと感動してしまうレベルである。
今が"大聖祭"という祭りの季節なのもあるだろう。頭上には色とりどりの旗やランタンが掲げられ、見ているだけでもカラフルで楽しい。
「はー、観光名所って感じだなあ。これは確かに、観光客が押し寄せてくるのも分かるな……」
「む。聞き捨てならない。私の帝都も、結構旅行客が来る」
「俺の国の街並みも先進的で評判良いぞ」
「あなたたち、どこで張り合ってるの?」
お祭り男である俺にとって、こういう祭りの空気はかなり好みである。海外とか行った事無かったしな。異国情緒あふれる街並みは、俺の中のミーハーな部分を大いに満足させてくれるものだった。
ちなみにこの馬車の窓は、光系統の魔術によって外からの視線を遮断している。じゃないとほら、今も周囲に群がっている人々に俺の間抜け面が見えちゃうからね。『クライヒハルト卿の馬車だ……!』『見ろよこの腕、遠くから見てるだけで鳥肌が止まらねえ……!』とか、今も色々言われてるから。
俺たちが乗る馬車の前後には大量の騎士や従士が連なり、王国、商国、帝国の国旗がはためく様子は殆どパレードと化している。最初はこんな大群じゃ無かったはずなんだが、関所で聖国の楽団がシレっと合流して来てから話がおかしくなった。他国の【英雄】が大聖祭に訪れる。聖教の威光はそれほどまでに凄いのだと、全力でプロパガンダに使われている気がする。
「やれやれ……クライヒハルト卿の寛容さは凄いな。俺は、さり気なく何度も迂回させられてるのが気になって仕方ねえよ。他国の英雄を箔付けに使えるのがよっぽど嬉しいらしいな」
「それに気付くのも大概凄いと思うよ」
「ま、いいさ。そろそろ着きそうだしな……。見えるか、クライヒハルト卿? あれが聖国の中枢、
「おおお……!」
街の中央にそびえ立つあのひときわ大きな建物は、
にしても、
「……なんか、またアホな事考えてそうね……」
「ん。そういう所も、クライヒハルトの魅力。ちょっと抜けてるところも可愛い」
「盲目過ぎない?」
とかなんとか言いながら、俺たちの馬車はカテドラルの中へ吸い込まれていったのだった。
聖国の【英雄】。聖教の大司教であり、通称は"聖女"。ルキア・イグナティウス。慈悲深く、民を愛する姿から、いつしか"聖女"と呼ばれるようになった『慈愛の英雄』。民衆からの評判はすこぶるよく、彼女か俺かが人気のトップ争いをしているらしい。話が通じる英雄ってのは、マジで稀だからな。転生者である俺を除けば、恐らく世界一(民衆にとっては)マトモな英雄だろう。
先祖代々聖教の敬虔な信徒であり、生まれた時から【英雄】だった、特異なる才覚の持ち主。彼女が聖国の【英雄】となって以来、どの国も――あの皇帝リラトゥでさえ、聖国へ武力行使を仕掛けた事は無い。その威光をもって聖国を守護する、慈悲の英雄……。
表立って周知されているプロフィールは、大体こんな感じだ。
【
ともかくそのように、聖教と壮大なドタバタ (ふんわり表現)を繰り広げている、正直に言って関わりたくない【英雄】No.1……。それが、聖女ルキアである。
「せーんぱい! ね、こっちで一緒にお茶しましょう! 聖徒の方が大聖祭で出すお茶を一足先に味見させてくれたんです!」
「あー……ね。うっす……」
いやー、ほんと……。無宗教かと思いきや意外と信心深い日本人としては、聖教の謀略には付き合いたくないって言うか……。ほら、俺、実家仏教だったし……。
「さ、こっちこっち! 座ってください! 素敵な場所でしょう? 結構お気に入りの庭なんです!」
「ハハ……へへへ……」
ルキア・イグナティウスだか何だか知らないけど、勝手にやってくれって言うか……。マリー様、エリザ、リラトゥと、俺より頭が良い人間が3人もいるのに、俺がしゃしゃり出るのも変な話って言うか……。
だから、ほら……あの……。
「ふふ……せんぱいの手、あったかいですね……?」
「オホホ……オホホホホ……」
助けてくれ。
人生はいつも、こんなはずじゃなかった事ばかりである。
馬車で聖国に入国した、あの後……。
聖女らしい慈悲の笑みを浮かべていたルキアが『……お久しぶりです、先輩♡』などと言い出してから、全てはおかしくなってしまった。予定されていた交渉は全て吹き飛び、俺は彼女にぐいぐい来られる日々が始まってしまったのだ。こんな展開、僕のデータには無いぞ……!
勢いに押し流されるまま、手を引かれて中庭のテーブルに座る。陽光が程よく注ぎこむ庭は丁寧に手入れされており、白い椅子とテーブルが良く映えるつくりになっていた。
「美味しいですか? えへへ……これ、結構高いんですよ? あ、焼き菓子もどうぞ! わたしの手作りです!」
「あー……美味い。美味いよ、ホントに……」
味の分からないお茶を飲みながら、俺は内心で苦虫を噛み潰していた。
ルキアの先輩呼び事件から、マリー様には『今度は何したの!?』って詰められるし、イザベラさんにはゴミを見るような目で見られるしで最悪なのだ。
まだ冷静な方だったエリザが、『クライヒハルト卿のスケールのデカさには驚かされるばかりだな。ま、交渉のあれこれはやっておく。しばらく聖女様の相手しておいてくれ』と何とか話を落ちつかせてくれたが、マジで針のむしろだった。
エリザ、いっぱいちゅき♡ 俺の好感度ポイントを溜めて、王権をゲットしよう! (ヤマ〇キ春のマゾ祭り) ま、彼女は要らないと断るだろうが。
「あ、あのさ……何で俺、"先輩"って呼ばれてんの? マジで覚えがないんだけど……」
「え!? 酷い!! 先輩、私を助けてくれた時のこと覚えてないんですか……!?」
「いや、それは覚えてる……というか、思い出したんだけど……」
ルキア・イグナティウス。彼女と俺は、以前に一度出会ったことがあった。
俺の二つ名、『魔人殺し』のクライヒハルト。その切っ掛けとなった事件だ。ザジ・シルバラインの事ではない。俺が王国に来る前……なんなら、公国に仕える前の事である。
転生してから暫く経ち、この世界の地理に全く詳しくない俺は『そろそろ木いちご以外が食べたいンゴねえ……』と、冬眠明けの熊のような事を考えながら彷徨っていた。普通もうちょっと人里に転生させない? 文明社会に会いてえよ……と願いながらひたすらに歩いていると、ふと喧噪が耳に入ったのだ。
やったぜ、人間だ!! と思って駆け寄ると、北大陸から偶然来ていたらしい【魔人】が、なんか宗教っぽい服を着た人たちを襲っていたのだ。
これも善行やねと思って魔人はブチブチにブチ殺したが、どうやらその時に居た少女がルキア・イグナティウスその人だったらしい。【英雄】だった彼女は何とか魔人に対抗しようとしたが、成すすべなく殺されかけていたのだと。
「あの時の先輩、本当に素敵でした……。だから、ずっと悔しく思っていたんですよ? 聖国に来て欲しかったのに、『いや~~~……なんか、神関係はちょっと……』とか言って、公国なんかに行っちゃいましたし!」
「あー……」
「その後もずっと、先輩の活躍は聞いてました。魔物を倒したり、【未開拓領域】を平定したり……。だから公国を出奔したと聞いた時は、すごく驚きました。チャンスだと思って、すぐにでも向かいたかったんですけど、その時は私も手が離せなくて……」
そう言って、ルキアは嬉しそうにほほ笑む。
「聖教を完全に掌握したら、胸を張って先輩を迎えに行こうと思ってたんですけど……まさか、先輩の方から来てくれるなんて! 嬉しいです!」
コワ~~~~~。キラキラした笑顔で怖い事言わないでくれよ……。貴女の掌握しようとしている聖教、結構何百年もの歴史があるらしいんですが……。
あと、結局先輩呼びの理由は何なんだ。
「……さっきのやつ、先輩呼びの理由にはなってなくない?」
「なってますよ! 先輩とのお話で、私はすっごく救われたんですから!」
「知らない功績だ……」
なんか過去の俺が物凄く良い事を言って、それが"先輩"呼びの理由らしいが……ほんとに覚えてないんだよな……。確かに助けた後に護衛を兼ねてしばらく同行したけど、基礎的な地理とか【異能】とかについて俺が教えてもらってばっかりだった気がする。
「ちょ……ちょっと、教えてもらっていい……? いや、俺の頭のスペックって結構低くってェ……メモリが貧弱っていうか……」
「えー……? んー、どうしよっかな……。いや、やっぱりダメです! 教えたら先輩、あの人たちに教えますよね? 先輩の格好いいところは私だけが知ってればいいので!」
「俺も知らないんだよなあ……」
くそっ。結構何回も手を変え品を変え聞き出そうとしてるんだが、ずっとこの調子でビクともしない。ずっと何を言ってるんだ? マリー様には『……貴方、本当にさかりのついた犬みたいね。今度は何処で女を引っかけてきたのかしら?』ってめっちゃ怒られるし、辛いんだよほんとに。
正直困り果てている。こんな時は困った時の最終奥義、"暴力"に頼りたいところだが……曲がりなりにも『先輩』と慕ってくれてる女の子を、力ずくでブチのめして口を割らせる【英雄】ってどう? なんかもう、人道的にカスじゃない? そういう評判の下げ方は求めてないっていうか……。
「じゃ、先輩! 今日もお話ししましょう! どうやったら世界が救われるのか、どうすればみんなが幸せになれるのか!!」
「へ、へへ……マジで賛成……。話すか、うん」
そう言って、ルキアはキラキラとした笑顔を俺に向ける。怖い。眼が星の様に煌めいている。
ルキア・イグナティウス。ここ数回のお茶会で、俺は彼女のパーソナリティを徐々に理解し始めていた。道徳的、倫理的、そして狂気的。俺としては嫌な思い出がよみがえるタイプである。
「まず、今までの話の纏めとしては、幸福は何階層かに分けられるという事ですよね! 何が無くとも、まずお腹が一杯で、明日も生きていける保証が無くちゃみんな幸せになれません―――まず生活の基盤があって、次に安全である事! これはいわば土台、幸せの為に必ず確保されなければならない最低条件ですよね! で、次の段階から私は枝分かれするんじゃないかと考えてて―――」
「分かる」
「―――つまり、人間の生きる究極的な目的、最高善とでも呼ぶべきそれを達成する事が―――」
「分かるなー」
「道徳、法制度および教育は全て人間の幸福のための活動であるべきで、であれば幸福とは快楽であるか、徳性であるかという問いに関しては答えは明白ですよね―――善は道徳に基づくものであり、究極の善とは究極の道徳によって生まれ―――」
「分かるなあ」
分かるなあ。すごく良く分かる。分かった。俺が分かったのが君にも分かっただろ? 俺はお前が俺を見たのを見たぞ。
クライヒハルト君に哲学の話をするなよ……。アリストテレスの後追いみてーな話しやがって。もっと別の話しようぜ……地面師とか面白いらしいよ、見てる?
「全ての物には役割があり、この役割を果たしている時、それは"よい物"だと言えます。であるに、神の被造物である人間の役割とは何でしょうか? それは人間の持つ特別な機能から類推する事が出来ます。そう、"理性"です! 人間には理性があり、道徳があります! 神から授けられたこの徳性に従う事、神の善き民として生きる事。これが人間が幸せになるための究極的な方法であり、聖職者は民へ善悪を説き、神の教えを伝える事で、民が道徳に従って生きられるようにするのが使命ですよね」
「恐るべきことに、言ってる事は分かるんだよな……。出力がバグってるだけで……」
言ってる事はまあ、乱暴に纏めれば『道徳的に生きようね!』の一言で済むんだよな。どうしてそこから"私は神です"みたいな主張に行きつくんですか???
「それで……先輩には一つ、お願いがあって……」
語りたい事を語り終えたのか、ルキアがそう言ってもじもじと身体をくねらせる。頬を両手に当てて、まるで今から告白でもするのかといった感じだ。ごめん……俺、ご主人様がいるから……。
「……うん。何?」
「私が聖教を掌握するのに協力して欲しいんです」
「ウワッ眼こわっ」
ルキアの眼からは先ほどまで輝いていた星が消え、ハイライトの無い眼が俺をじっと見つめている。前振りからの落差が凄すぎる。一人でバンジージャンプやってんのか?
「まず。魔族に関する話については、全面的に賛成します。魔族の動きは確かに怪しいです。今後を見据え、国家間の連携を密にすることは非常に重要でしょう。聖国の【英雄】として、協力を約束します」
「え、ああ……ありがとう……?」
「ですが、その為には障害があります。今の聖国は内部分裂を起こしており、国体として纏まりが全く無いのです。ありとあらゆる妨害と暗闘が起こっており、互いの命令を打ち消し合うせいで指揮系統も混乱しています。この状況で魔族という外圧へ対抗する事は非常に難しいでしょう。なのでぜひ、聖国を纏めるために先輩のお力を貸して欲しいんです」
「……ちょっと言ってる事が都合よくないか? 」
「えへへ……」
バレちゃいましたか? と言わんばかりに舌を出して笑うルキアを、白い目で見つめる。別に俺たちが勝たせる勢力はどっちでもいいんだぞ。エリザがそう言ってた。
「でも、言ってる事は本当ですよ? 内部がごたついてるままでは、魔族へ十分に備える事は出来ません。先輩たちが静観したい気持ちも分かりますが、今助けてくれたらすっごく私に恩を売れますよ? 」
「……聖教側に味方してもそれは同じだろ。今の所、俺たちの方針としては"様子見"なんだよな」
「エリザ・ロン・ノットデッドに何か吹き込まれましたか? 私、あの人の事あんまり好きじゃないんですが……先輩が私に味方してくれるなら、ちゃんと彼女とも仲良くやります。ダメですか?」
「駄目というか……俺が決める話じゃないというか……」
「……むう。みんな、先輩が一言いえば従ってくれる人達ばかりだと思いますけど……。そういう謙虚な所も、先輩の魅力ですかね? 良いですよ。じゃあ、こう彼女に伝えてください……『私に味方してくれたら、"焚書庫"の鍵を開けてあげます』って」
俺に詰めよらんばかりに近づいていたルキアは、スッと身を引くとそう言って笑った。
「"焚書庫"……?」
「うふふ。噂話のような物です。聖教は弾圧した知識を、こっそりと何処かに蓄えてるって。禁忌とされた魔術理論、"
「………………」
「聖教側に味方しても、これは簡単に見せてもらえないと思いますよ? "焚書庫"の存在を明かしたのは、私なりの誠意という物です」
そう言ってニコニコと笑うルキア。
……顔を見ても、正直何も分からんな。俺に交渉とか知識とか、そういう物を一切求めるんじゃない。
「……それを言っても、エリザがルキア側に傾くって保証は無くないか?」
「え? いやいや、まさか。焚書庫には、【初代王】関連の書物も多数遺されています。知識を求める彼女が、これを断る訳がありません……無いですよね?」
「いや、俺に言われても……」
「えー!? そんな、お願いですよー! じゃないと私、ただ単に焚書庫の存在をバラしちゃっただけじゃないですかー! ね、お願いです。先輩からも、私に味方するよう言ってください♡」
そう言って、ルキアが俺の手を両手で包んでにっこりと笑う。チッ、色仕掛けか……? 卑劣な真似を……。誇らしき王国の剣、クライヒハルト卿がそんな手に引っ掛かると思っているのか? 人の事を馬鹿にするにも程があるぜ……。
「……まあ、言うだけなら……」
「わ、やったぁ! よろしくお願いしますね、先輩!」
まあそれはそれとして、メッセンジャーとしての役目はきっちり果たさせてもらうが……。俺を舐めない事だな……俺はお使いも出来る賢いタイプの犬だぜ……。
アホな人間なのではありません。賢い犬なのです。皆様にもそれを良く分かっておいていただきたい。ゴールデンレトリバーに匹敵する知能、クライヒハルトをどうぞよろしく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます