僕はサンタクロース

 それなりの都会の小さなアパート。そこに、一人の青年が住んでいた。青年はごく平凡な風貌をしていて、ごく平凡な学力の大学に通っていて、ごく普通の生活をしていた。ただ、その正体は全く平凡ではなかった。彼はサンタクロースなのである。サンタクロースといえば、立派な白髭を蓄え、特徴的な白と赤の暖かそうな服を着た老夫を想像する人が多いだろう。しかし、残念ながらそれは、ステレオタイプである。サンタクロースは世界各地に存在する妖精で、普段は様々な人間の姿をして社会に紛れ、プレゼントを望むすべての人が「いい子かどうか」を判別し、クリスマスの夜にはそうして選ばれた人々にせっせとプレゼントを配る仕事をするのである。

 そんなサンタクロースの青年は、ある時アパートの隣の部屋に住む一人の女性に恋をした。しかし青年は妖精であって、人間ではない。人間と妖精の種族間を超えた恋愛や過度な関係を築くことは、妖精の間では固く禁じられている。それなのにも関わらず、青年は隣の部屋の女性に自分の正体を明かすこともせずアピールし続け、ついには交際を始めてしまった。

「伝えたいことがあるって、何?」

 十二月の初め、青年は彼女となった隣の部屋の女性を喫茶店へ呼び、自分がサンタクロースであることを打ち明けることにした。

「実は僕、サンタクロースなんだ」

 青年の彼女は弱い動揺の後、「面白い冗談ね」と笑みを溢した。青年は「本当だよ」と、自らの手のひらにカラフルな花束を出現させてみせた。

「それ、マジックじゃないの?」

「マジックじゃない。これは僕たちサンタクロースの能力。物を自分の近くへ送ることができるんだ」

 信じられない様子の彼女は、続けて窓の外に赤い鼻を持った大きなトナカイの姿を目撃すると、それがマジックではないことをようやく理解したようで、恐怖と驚嘆が混ざったような歪んだ顔を浮かべた。青年は続けてこう言った。

「ごめん、驚かせちゃって。でも、これは現実なんだ。そしてもう一つ、言わなくちゃいけないことがある。僕はサンタクロースとして、君とこのまま交際することはできないんだ」

 その言葉に、青年の彼女は怒った。

「それって、どういうこと? ずっと私を騙していたってこと?」

「違う。僕はサンタクロース、妖精なんだ。人と恋愛をすることは、許されていない。そういう掟なんだ。でも、僕は君のことが好きになってしまった」

「だから? だから貴方はどうするのよ! 私は貴方のことが大好きだわ。だから、掟なんてそのまま破ってしまいなさいよ」

 青年の彼女はテーブルを叩いた。青年は覚悟するように、彼女の目を見て言う。

「だから、僕は君のことを好きでいる為に、二人で一緒にいる為に、今年のクリスマス、僕は君に、僕と一生涯寄り添う人生をプレゼントしたいんだ。いい子にしていた全ての人々に必ずプレゼントを渡すことがサンタクロースの仕事なら、この約束も許されるはずだ。そしてこれは、サンタクロースとしての約束であると同時に、君の彼女としての約束でもある」

 青年の彼女は彼を見つめたまま、しばらくの沈黙の後、両手で自分の顔を覆って、静かにすすり泣いた。

「分かった。私、いい子でいるわ。貴方といられるなら、今年のクリスマスは、他に何もいらない」

 窓の外に雪が降り始めた。初雪だったらしい。

 そしてクリスマス当日。青年はサンタクロースの仕事をこなしていた。

「よし、これが最後の仕事だな。というより、約束かな」

 青年が彼女の部屋の前まで来ると、青年は突然、不思議な突風を感じた。

「わっ」

 驚くのも束の間、彼は森の中にひっそりと建つログハウスに飛ばされた。

「ここは?」

「フォフォ。ワシの家じゃよ」

 青年は、大サンタと呼ばれる妖精の能力でここに送られたらしい。

「残念じゃが、今お前さんが贈ろうとしていたプレゼントは、キャンセルじゃ」

「どうして、ですか」

 青年は困惑した。全てのサンタクロースを束ねる妖精の王である大サンタは、こう続けた。

「私はサンタクロースの王としてお前さんの仕事も管理していたが、一つ不備が見つかった。お前さんは確かに、いい子の娘の所へ、自分自身であるパートナーとの人生を贈ろうとしていた。そこまでは良かった」

「何処がいけなかったんですか?」

 青年が聞くと、大サンタは幅広のロッキングチェアに揺られながら、言った。

「お前さん自身も、彼女というプレゼントを望んでしまった。そしてお前は妖精の掟を破った。ルールを守れない悪い子には、プレゼントは渡せない。そういうことじゃな」

 微かに木の軋む音がした。今日は十年に一度の大雪らしい。

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