最終幕 幸せの呼び聲

「それで? あれから一ヶ月以上が経ちましたけど、もう行方不明事件は起きてないんだ」

「あれ? マコちゃん調べてないの?」

 藁将村から生きて帰ってからもう一ヶ月以上の月日が流れた。今は文化祭に向けて学校中が大忙しになっている時期なんだけど、相変わらず私とマコちゃんは帰宅部だから薔薇色の青春に取り残されている感じかな。それを後悔するかしないかはこれからにかかっているのかもれない。

「冗談! もう勘弁してよ……あんなヘドロの中で空を見上げてるなんて惨めにもほどがあるっつーの……」

 そう言ったマコちゃんはイカパンの欠片を口に放り込んだ。

「はは……変わらないね、マコちゃん」

「ったりめーだっつーの。あたしらの大冒険も宇宙からしたら五分か一分のショートムービーなんだからさ、冒険が終わって、はい変わりました〜なんてありえないよ」

「でも……少しだけでも良い方に変わるのは良いことだよね?」

 私は携帯電話から機種変更した最新のスマホを取り出し、五分くらい前に届いたメッセージをマコちゃんに見せた。

「『今日の夕飯はカレーでよろしく。食材は買いに行くから気にせんといて』……ミホからのメールとは思えんなぁ。単純か」

 あの事件が終わり、藁将村にはもう人形も幽霊もいなくなった。私と空は絹さんと辰さんの成仏を見届けた後に白無垢の藁人形と大鎧で固めた藁人形を水面から流し、久流邸を後にした。

 みんなは戻って来れないのかと不安になったけど、二股鳥居の手前にみんながいた。気を失っている状態だったけど、マコちゃんも美穂も篠原さんも生きてここから出ることが出来た。

「何か思うことでもあったのかな。来年から高校に通うって由乃さんに話してたよ。それに篠原さんも……ギャンブルを止めたわけじゃないけど、その頻度が凄い減って仕事に集中するようになったみたいだよ」

「あの引きこもりとパチ狂いがねぇ……いつまで続くことやら」

 マコちゃんはガチャン、と黒いマスクを装備して完璧になった。

「メルも食べ終わった? 歯を磨きに行くよ」

 うん、と私は持って来ている歯磨きセットを連れてマコちゃんの背中に続いた。

 中庭を余すことなく見下ろせる廊下に出ると、文化祭に向けた練習の一環で演劇部櫻組の人たちが集まって披露していた歌声がドォン、と飛び込んで来た。しかも今は恵梨香ちゃんの独唱の部分だ。

「ちょっと待って」

 マコちゃんを呼び止め、私はいつかのように手摺から恵梨香ちゃんを見た。

「恵梨香ちゃん……相変わらず可愛いね」

「メル先生から視てまだ羨望の影はいらっしゃいますぅ〜?」

 そう言われて、私は恵梨香ちゃんの周りに目を細めてみた。だけど、前はうじゃうじゃいた黒い影がまったくと言っていいほど見当たらない。

「へぇ? それは意外だ」

「今……恵梨香ちゃんのオーラが凄いから近付けないんだと思うよ?」

 加えてここまで届く声量は堂々としていて、邪な気持ちを抱くような人たちの悪意なんて今の恵梨香ちゃんには暖簾に腕押しだろうし、逆にその邪な念が跳ね返されて自業自得になるだろう。

「たった一つのことであそこまで輝けるなら、エリカの前途は明るいだろうね」

 ほら行くよ、とマコちゃんは廊下の奥にある大きな洗面所に向かった。

「そういえばさ……メルとソラから全部聞いたけど、外部からの干渉ってなかったの?」

「由乃さんは教えてくれなかったけど、愛染さんからも援護みたいなのがあったみたいだよ」

 一番それを感じたのは、精神世界みたいなところで空と話していた時に、第三者から見て、みたいな空っぽくない台詞を聞いた時だ。ぼやけていたから顔もよく見えなかったこともあるから、おそらくあの場面なんだろう。

 それと、お守りも何も持っていなかった空と篠原さんが無事だったこともおかしい気がする。空なんて湖に引きずり込まれたのに、いつの間にか助かっていたと言うんだから、これこそ何らかの干渉だろう。それを篠原さんに言ったら、村へ行く前に愛染さんに電話して加護みたいな守りをもらっていたらしい。空はそんなこと知らなかったみたいだけどね。

「ふ〜ん? まぁ……あの事件にメルが関わらなきゃいけない、とか言って関与を促していたのも立派な干渉か。ところで、あの村の主は誰だったわけ? 絹って人がボス?」

「えっとね、愛染さんが言うには……時の流れと死形婚の所為で依り代みたいにされていたんだって。成仏出来ないまま湖に沈んでいた絹さんの所に次から次へと死形婚で沈んで来た人形とか、その人形と一緒に流れた余所者とかが垂れ流した負の念が溜まりに溜まって……怨霊になっちゃったらしいよ。だから絹さんと人形たちは一蓮托生……絹さんが成仏を望むきっかけがあったらもうその後は一気呵成で人形たちも幽霊たちも続いたみたい」

「ああいう霊能力者はほんと……必要なことを必要な時に言わないわなぁ……いい気なもんだよ」

「まぁまぁ……結果的には色々見えない援助をしてくれていたみたいだし、もう解決したんだからいいじゃん」

 やれやれとマコちゃんはかぶりをふって、歯磨きを終えた。私も歯磨きの成果を確認してから洗面所を出た。

「あっ……櫻組の練習が終わったんだ」

 中庭に恵梨香ちゃんたちの姿は無く、今度は吹奏楽部が演奏を披露している。それをBGMにしながら、私はマコちゃんに渡り廊下へ行こうと誘った。その意図をわかっているからか、マコちゃんは肩をすくめて一緒に来てくれた。

 その渡り廊下へ近付くごとに歓声が大きくなり、バレーボール部の鋭いサーブ音が響くたびに歓声が飛び、バスケットボール部では一部の部員が実力を発揮するたびに女子生徒たちからの黄色い歓声が飛んでいる。

「ソラが入部するとはね、何をやってたんだか」

 その言葉通り、見下ろせるバスケ部の3ON3の試合に空が出ている。しかも助っ人ではなく部員としてだ。プロみたいな動きで同級生と屈強な先輩たちを翻弄し、彼らがボールを奪いに来れば相手の股下へボールを通して仲間がパスを受け取り、反撃を受ければ力づくも含めたブロックでボールを奪い取ってゴールへ走る。そうして綺麗なシュートを決めると、あちこちから歓声と拍手が届く。何度も見る光景だけど、最近はその光景に変化が加わった。

「ソラくーん!」

 女子生徒たちの視線なんぞものともせず、恵梨香ちゃんが空のことを呼んでいる。前の空だったらきっと無関心だったかもしれないけど、今の空はそれに対して笑顔を返している。

「相手がメルなら顰蹙でエリカなら我慢、か。世の中はまだまだ酷だねぇ」

 恵梨香ちゃんはとにかく嬉しそうに空へ話しかけている。今日は空のお弁当を作っていないから、みんなが羨む恵梨香ちゃんの手作り弁当が待っている。

「空の人生は私のための人生じゃないから……自分のための人生を生きて……それを実行してくれてるのかな」

「メルもそうだよ。自分の人生なんだからさ」

「そうだね」

 仲良さそうに話している空と恵梨香ちゃんを見て、絹さんと辰さんの姿が重なった。

「絹さんと辰さん……あんなに想い合っていたのに……幽霊になったら全然お互いのことに気付けなかったんだね」

 絹さんは湖の底と白無垢の藁人形の中に、辰さんは大鎧の藁人形の中にいた。お互いに村の中にいたのに気付けないんだから、お互いに成仏なんて無理だっただろう。

「それが成仏出来ない理由なんでしょ? 供養してくれる人、泣いてくれる人、想ってくれる人のことなんて忘れて……自分のことばかりになるんだから、そりゃあお互いのことになんか気付かないよ。辰って人だってあんたが人形の中から解放してあげたから……絹って人を成仏に誘えたわけなんだからさ」

 マコちゃんはそう言うと手摺から離れた。

「ほら、もうあの村の話は終わりにしよ。とにもかくもあんたのおかげで村の連中は成仏が出来た。誰かのために動くのは終わり、あたしらもみんな自分の人生に帰って行く……それでいいんだよ」

「うん。じゃあ……自分の人生のために行動しないとね」

 藁将村での出来事が私に何を齎してくれたのかはわからないけど、少なくとも事件前の私のままだったら、マコちゃんからそう言われても内心で反発していたかもしれないし、私と空の関係がもっと歪んだ形になってしまったかもしれない。それを見越した上で由乃さんは私を促したんだろう。

 由乃さんがいつの間にか成長を促す親になっていた感じだ。 

「ほら、まずは自分の人生を謳歌するために『アクア・ランサー』で一晩キメようか」

「はは、そうだね。久しぶりにやろうか――」

「お〜い、メルちゃ〜ん! マコちゃ〜ん!」

 恵梨香ちゃんの気持ちの良い堂々とした声量が渡り廊下にまで届いた。その声に対して周りにいた生徒たちは私たちを見たけど、いつかみたいにその視線から逃げようとは思わなかった。

「お弁当作り過ぎちゃったの〜! 良ければみんなで食べよ〜♪」

「お〜お〜リア充様からのお誘いですか。もう昼飯なんて食べちゃったけどなぁ」

 行ってやる? と、マコちゃんは下へ顎を動かした。

「ふふ、マコちゃんも良い方に変わったと思うよ」

 きっと事件前のマコちゃんなら、パス、の一言で付き合うことはなかったと思うし、私も恵梨香ちゃんからの誘いに応じる度胸なんてなかったと思う。

 下から手を振ってくれている恵梨香ちゃんと笑みをくれる空に応え、私は前よりもずっと堂々としていられる自分を実感しながら、マコちゃんと一緒に渡り廊下を駆けた。




                    了

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Misty〜比翼の呼び聲〜 かごめ @reizensan

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