第4話

「うぐっ……!?」


 ――俊足で現場に向かうと、鉄アレイの腕を持つ怪人にお嬢様がぶん殴られて、吹き飛ばされているのが目に入った。


「おれはさいきょうだー!」


「あの怪人は……!」


 叫ぶ怪人を黙殺し、慌ててお嬢様を追いかけ、壁に打ち付けられる前に受け止める。


「お嬢!生きてるか!?」


「――」


「おい、お姉……お嬢!しっかりしろ!」


「うるさいし、遅いわよ……。まさか、本当に逃げたんじゃないでしょうね……?」


 ――よかった、生きていた。


「悪い。守れなくて。この怪人は、危険だ。ここは一旦――」


「逃げるなら一人で逃げなさい。私は戦うわよ」


 お嬢様はオレの腕から離れ、自分の足で立ち上がり、仮面のアメジストの瞳で、オレの瞳を真っ直ぐに見据えた。表情は、分からない。




 ――仮面バトラーになったお姉様は、オレを怪人から庇って、記憶を失った。


 今、目の前にいるあの鉄アレイの怪人から、オレを庇って。


 お嬢様は、本当は自分がバトラーであることも、オレが妹であることも知らない。



 ……逃げられるわけがない。ただでさえ、守りたい彼女に、守られるばかりなのに。こうして生かされているのに。


 また、守られるのか。彼女にすべてを押し付けて。逃げて。


「嫌だ……」


 お嬢様を守るために戦いたいという気持ちも、怪人が怖いから逃げたいという気持ちも、どちらも、本物だ。でも。


「逃げていいわよ。オムライスを作って屋敷で待ってなさい」


 ――オレが逃げていいのは、お嬢様を守るときだけだ。


「嫌でございます。逃げたら後が怖いですからね」


「よく分かってるじゃない」


 にやりと笑みを浮かべ、お嬢様は大きな銀皿をオレに手渡す。


「おっと――」


「あんたに返すわ」


「返す、とは?」


「なんとなく。だけど、思い出したの。あんたが、バトラーになれなかった、ってことをね」


 手渡された銀の皿。お嬢様は――否、お姉様はぺっと血を吐いて、カトラリーの三刀を出し、構える。


「お姉様――」


「使い方は分かるわね?」


「……皿は食いもんを載せるものだろ」


「ええそうよ。私の食事をここに載せるの。ただでさえ、朝早くに雑に叩き起こされて、ご飯も食べられなかったのよ?お腹が空いて力が出ないわ。――当然、手伝ってくれるわよね?」


 これがあれば、オレにも、戦えるかもしれない。そんな期待に、心が膨れて、胸がいっぱいになる。


「どうしようかな?」


「まったく、天邪鬼なバトラーね」


 鉄アレイの腕を振り回す怪人は、重い腕を振り回しながら、俊敏に動く。当たれば致命傷となりかねない重い腕を前にして、なかなか隙を見いだせない。


 それでも、隙を作ろうと、皿で一撃を受け止め、跳ね返す。が、すぐに立て直されてしまう。


「くそっ、どうする……」


「エスケープ。あんたの唯一の特技は何?」


「――唯一って言うなよ。しかも、道具に頼ってるだけだしな」


「日頃の鍛錬あってこそ、使いこなせるのよ。だって、変身してる私より速いのよ?普通、体が持たないわ」


「まあ、鍛錬はしてるけど……」


 怖い。オレはいつも逃げてばかりで、まともに戦ったことがないから。


「嫌なことを嫌とはっきり言うこと自体は、否定しないわ。――でもね。何かやり遂げたいことがあるなら、時には嫌なことをしなきゃならないものなのよ」


 お姉様も、戦いたくなかったのだろうか。


 ――いや、ずっとそう言っていたじゃないか。守られるべきはずの自分が、なぜ戦わなければならないのか、と。


「そうだったな。守られるのが嫌で、バトラーになったのに、オレは、逃げてばかりだった。――ごめん、お姉様。オレ、戦うよ」


 お姉様を抱え、逃げて、逃げて――一瞬の隙を突き、怪人に向かって、走る。


 怪人はお嬢様であるオレを狙う習性があるため、今回は、それを利用する。


「……ねえ、ずっと思ってたんだけど」


「なんだ?」


 迫りくる鉄アレイをかわして、俊足で懐に入る。そんなオレたちめがけて追いかけてくる鉄アレイを、かわし――皿で、頭を思い切り、殴る。


「あんたがお姉様って言うの、久々すぎて似合わなすぎて違和感すぎるわ」


「ぐほぇ」


 頭を殴られた一瞬、意識が飛んで重い鉄アレイの勢いを止めきれなかった怪人が、自分の胴体を思い切り殴り、自滅する。


「それを言うならブレックファストってなんだよ。普通に朝食って言えよ、何がディナーだよ!日本人だろ!」


「別に間違ったこと言ってないじゃない!」


 おねえ……お嬢様を雑に下ろし、倒れた重い怪人を皿に載せ、差し出す。


「ほら、皿に怪人載せてやったから、さっさと切って食え。これ朝メシな」


「ほんっとうに、可愛げのない妹ね!」


「マジでうるさいおねえさ……姉貴だな!」


 姉貴はカトラリーを振り下ろし、怪人にとどめを刺した。こうすることで怪人の味が分かるらしい。


「相変わらず変な味ね。まったく、この仮面も思い出したら鬱陶しくなってきたわ……」


 記憶を失ったとき、その衝撃で同時に変身を解くことができなくなり、それ以来ずっと、外すことのできない仮面を被り続けている。


 アメジストの瞳の、人間の顔ではない――戦い続けることを強要される、呪いの仮面を。


 自分の素顔の記憶がなく、鏡に映るのも仮面だけなのだから、オレと瓜二つだということに気づかなかったのも当然だ。



「この仮面もかわいいから気に入ってるんだけど、ずっとこのままってわけにもいかないわよね。――さ、早く、この戦いを終わらせましょう。そしたら仮面を外すための時間くらい作れるでしょ?」


「ああ。そしたらもっと美味しいものだって食べられる」


「もっと美味しいもの!?例えば!?」


 アメジストの瞳がキラキラ輝く。本当に、食欲旺盛なお嬢様だ。


「うーん、ハンバーガー、とか?仮面のままだとかぶりつけないから、出したことないんだよなあ」


「かぶり、つく……?昔食べたけれど、ハンバーガーなんて、ナイフとフォークで食べればいいじゃない」


「お嬢様って、大変なんだな……。バトラーになって正解だわ」


「私こそ、仕事だろうと人のお世話なんてできないわよ。お嬢様で正解ね」


「間違いない」


 リボンの色でオレたちの運命は引き裂かれてしまったけれど。


「バトラー。帰ったら、オムライスよ!とろとろふわふわのね!」


「――すべて、仰せのままに。我が最愛のお嬢様」


 今の暮らしは、そんなに嫌でもないかな。

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